第44話 決戦前の一幕

 双魔が控室に降りていくと既に第五ブロックの候補者たちのほとんどが遺物を手に舞台へと出ていく最中だった。皆、闘志を漲らせている。


 ここまで双魔は特に何も考えていなかったが選挙を目前にしていつもの病気が再発してきた。


 (……冷静に考えれば面倒なことになってるな)


 ここ数日はアッシュやハシーシュ、左文に励まされた上にティルフィングの力を目にして高揚していたが選挙など面倒なことこの上ない。騒がしいところは嫌いだ。それにもし、万が一勝ち残って役員に選ばれた日には学園に拘束される時間が増える。


 「…………はあ」


 深いため息をついた。どうにか棄権できないものかという思考がネットリと全身を包み込む。


 「ソーマ!ソーマ!我らも早く行くぞ!」


 しかし、そんな負の思考は隣に立つ自分の契約遺物の明るい声に吹き飛ばされた。ここ最近の自分はどうにかしているに違いない。ティルフィングに出会ってから全ては彼女中心だ。


 ティルフィングのしたいようにさせてやりたい。無邪気な笑顔を絶やさせてはいけない。悲しませてはいけない。不思議なことにそんな思いが心の奥底から止めどなく溢れてくるのだ。


 「ん、そうだな。俺を勝たせてくれるんだよな?」

 「ふふん!我に万事任せておけ!」


 胸を張って見せるティルフィングの頭を優しく撫でる。


 「じゃあ、行くか」

 「うむ!」


 ティルフィングに向かって紅の聖呪印が刻まれた右手をかざす。


 「汝が名は”ティルフィング”!盟約に従い真なる姿を我に示せ!」


 詠唱に応じてティルフィングが紅の輝きを帯びる。そして美しい黒剣が双魔の右手に収まる。


 柄をしっかりと握る。聖呪印を通して大量の魔力がティルフィングに吸われていく。代わりにティルフィングの剣気が双魔の全身を包み込む。呼吸を整えて舞台への通路へと一歩踏み出した。


 「!?」


 その瞬間、背後から強烈な殺気を感じて思わず振り返った。整えたはずの呼吸が乱れる。双魔の視線の先にあの男が立っていた。


 サリヴェン=ベーオウルフ。先日、双魔とティルフィングに打倒された男。咄嗟に身構える。奴は何をしてくるか分からない。しかし、その心配は杞憂に終わった。サリヴェンはフルンティングを手にスタスタと双魔を追い越して舞台へと出ていたのだ。


 (あやつ……どうしたのだ?)


 ティルフィングが疑念の声を上げる。双魔も同感だ。先日の荒々しい雰囲気は鳴りを潜め、恐ろしいほど静かだった。かなり恨まれていると思っていたが双魔を一瞥するだけで横を通り抜けていった。良くも悪くも肩透かしを食らった気分だ。


 「まあ、いい。警戒しておくに越したことはないだろ」

 (うむ、そうだな。それでは今度こそ行くぞ!)


 一人と一振りは決戦の場へと赴いた。


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