第38話 女帝の一撃

 候補者たちはアメリアの言葉が終わるのを待たず、一斉に動きはじめた。近くにいる相手と剣を交える。


 遺物使いたちのスピードは常人とは比べ物にならない程だ。開戦直後にも関わらず各所で凄まじい剣戟が繰り広げられている。


 特に舞台中央で十数人に囲まれたロザリンの周囲はいくつもの遺物が放つそれぞれの剣気が混じり合い異様な雰囲気が漂っていた。ロザリンを囲む一人ひとりが既に一撃を放つ準備を終えている。この人数の攻撃を喰らっては退場は逃れられないだろう。


 「ぐあああああ!」

 「ぎゃあああーーー!」


 中央の膠着が続く中、端の方ではチラホラと脱落者が出てきている。場外に吹き飛ばされた生徒や、戦闘不能と判断されて簡易的な転移魔術で舞台外に救出された生徒たちが担架で運ばれたり、錬金技術科の生徒たちに手当てを受けたりしている。


 「…………うーん」


 ロザリン=デヒティネ=キュクレインは剣と剣、槍と斧、はたまた剣気による攻撃が起こす轟音の中、ボーっと空を見上げながら考えた。


 「どうして、私は囲まれているのかな?」


 自分の周り見ると何人もの候補者が剣呑な雰囲気で手にした遺物を構えて立っている。自分は特に何かした覚えなどないのにどうしてだろう。


 (オイオイ!ロザリン!何、呆けてるんだよ。サッサとやっちまおうぜ!)


 手にした槍が急かしてきた。


 「…………そうだね、起きてから何も食べてないから……お腹が空いた」


 そう言って槍をくるりと回した時、ついに戦況は動いた。


 「ふん!」

 「おりゃあ!」

 「えーい!」


 ロザリンを囲っていた候補者たちの中の数人が果敢にも一歩踏み出したのだ。それに呼応して残りの候補者たちもロザリンに向けて攻撃を開始する。


 観客席からはその一斉攻撃がロザリンを襲ったかのように見え、各所から悲鳴が上がった。状況がよく見えず身を乗り出す者もいる。


 「うぎゃああーー!」

 「きゃあああああ!」


 そんな中舞台から上がったのはロザリンの悲鳴ではなく攻勢を仕掛けた生徒たちだった。


 ロザリンが立っていた場所に彼女はおらず、囲っていた候補者たちの何人かは同士討ちで退場してしまった。


 「どこだ!?どこに行った!」

 「クソ!」


 標的を見失った候補者たちは狼狽する。その様子をロザリンは上からどうでも良さそうに見ていた。


 候補者たちが一斉に動き出した瞬間、ロザリンは凄まじいスピードで垂直に跳躍したのだ。多くの剣気が混じっていたことにより空間が微かに歪んで他の候補者たちはロザリンの動きを察知できなかったのだ。


 「じゃあ、これで終わりにしようかな」


 (ヒッヒッヒ!ちゃんと手加減はしてやれよ!)


 ロザリンは槍を真下に向かって投擲する構えをとる。同時に槍は深碧の剣気を纏って淡く輝きだした。


 「……上だ!」


 誰かが叫び、舞台の上候補者たち、観客席の人間たちの視線がロザリンに集まった。


 「ゲイボルグ”必中拡散柳スプレッドウィロウ”!」


 その隙を見逃さないとばかりにロザリンは契約遺物、ケルトの大英雄クーフーリンが影の国の女王スカアハから授けられた必中の魔槍ゲイボルグを舞台へと擲ち解技を放った。


 契約者の手を離れた魔槍はその穂先に纏った剣気を優に五十は超える数に分散させた。そして、無数の穂先は同時に舞台の上に立っていた候補者全員を捉えた。


 ロザリンに意識を向けていなかった候補者たちは訳も分からず魔槍の一撃に倒れた。攻撃に気付き回避を試みた者もいたがゲイボルグは風に揺れる柳の枝の如く不可思議な軌道で候補者に突き刺さった。


 「……ふむ、終わりかな」


 スタッと軽やかにロザリンは舞台の上に着地した。そこに立っているのは彼女唯一人だった。


 余りに呆気ない決着とロザリンの圧倒的な実力を目にしたことによって闘技場内は一瞬静寂に包まれた。


 『だ、第一ブロックの覇者は前評議会議長、ロザリン=デヒティネ=キュクレインさんに決定っス!』


 その静寂を破ったのはアメリアのアナウンスだ。


 う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 一拍遅れて闘技場の中に歓声が鳴り響いた。


 「やっぱりロザリンさんは凄いよ!ね?双魔」

 「ん、ありゃあ化け物だな」


 双魔は舞台の中央に立っているロザリンを見た。歓声に応えて手を振るでもなくただ立っている。すると救護班が倒れた生徒たちを目指して舞台に上がってくる。それに気付いたのかロザリンは舞台を降りるとゲイボルグをクルクル回しながらスタスタと控室に姿を消した。


 『えーと、救護班の人たちが舞台の上の人たちの介抱を終え次第、第二ブロックを開始するので、第二ブロックのみなさんは準備してくださいっス!』


 そのアナウンスを聞いて足を組んで座っていたアイギスがゆっくりと立ち上がった。


 「アッシュ、私たちも行きましょう」

 「うん、じゃあ、双魔行ってくるね!」

 「ん、頑張れよ」

 「アッシュ、アイギス、健闘を祈るぞ!」


 双魔とティルフィングの応援を背に二人は手を振って舞台へと降りていった。


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