第33話 呼び出された怠惰講師
「お待たせいたしました」
「おお、ご苦労」
暫くするとエッグベネディクトを載せた皿を持ってグングニルがキッチンから出てきた。
目の前に置かれた皿からエッグベネディクトを手に取ると大きな口を開けて頬張る。トロトロとした卵とハムの塩気、オランデーズソースとサクサクのマフィンが口の中でハーモニーを奏でる。
隣ではグングニルが紅茶を淹れなおしている。
一つ目のエッグベネディクトを食べ終わり紅茶を飲んでいると扉がノックされた。
「開いておる。入りなさい」
そう言うと扉が開く。そこにはハシーシュが安綱を連れて、いや、安綱がハシーシュを背負って立っていた。
「おはようございます」
安綱が口元に笑みを浮かべて挨拶をする。
「うむ、わざわざ来てもらって悪いのう……毎回のことじゃがハシーシュ君はどうしたんじゃ?」
ハシーシュは安綱の腕の中で如何にも具合が悪そうな様子だ。顔色は悪く、モノクルの奥からは灰色の瞳が視線を迷わせている。
「……うるせえ、クソ爺……人が朝弱いの知ってるくせに呼び出すんじゃない」
「主、目上の方にクソ爺は不味いですよ」
安綱が真顔で笑みを浮かべたまま主の暴言を注意する。そして、ヴォーダンの向かいに座らせるとハシーシュの後ろに控えた。
「で?なんだよ。用件は」
糸の切れた操り人形のようなだらしない恰好でハシーシュは用件を聞いた。
「何、そんなに難しいことを頼むわけではない。今日のことじゃ。有事の際には君はそちらを優先してもらいたい。いちいち儂が指示して出遅れては元も子もないからのう。君には自由に動いてもらうと伝えておきたかっただけじゃ」
その言葉にハシーシュはジトーっと湿った視線を送った。
「……まさか、それだけか?」
「うむ、それだけじゃ」
ヴォーダンは真顔で返事をすると二つ目のエッグベネディクトに手を出した。
「……来て損した」
ハシーシュはガクリとうな垂れた。
「せっかく来たんじゃから君も朝食を食べていくのがよかろう」
ヴォーダンの誘いにハシーシュは思いっきり嫌そうな顔をした。
「いい。私は朝は食べないんだ」
「まあまあ、主、せっかくのお誘いですからそう言わずに」
安綱がハシーシュを宥める一瞬の隙にグングニルがハシーシュの分のプレートと紅茶を用意してしまった。流石にここまでされて断るのは悪いと思ったのか、ぶすっとむくれた表情のままハシーシュは出された料理に手を付ける。
「もぐもぐ……ごくん、怪しい輩の情報も入ってきておる。今回はもしもがあるかもしれん」
「……さっき、出ていった魔術師か?」
自分が来る前に魔術師らしき気配がこの部屋から離れていったことにハシーシュは気づいていた。
「うむ」
「……わかった」
ハシーシュは気を引き締めた。ヴォーダンの話なら決して油断しない方がいいだろう。珍しく朝食を食べる羽目になったが、今日は食べておいた方がいいかもしれない。一枚目のトーストを食べきり二枚目に手を伸ばす。
「ところで、ジョージは元気かのう?近くにいるのに最近会っておらん」
真剣な表情はヴォーダンの一言で一気に崩れ去った。嫌な話題を持ってこられたものだ。
”ジョージ”とはハシーシュの兄だ。悪い兄ではないが口うるさいのだ。
「……知らん」
ヴォーダンはハシーシュの顔を見て笑い声をあげた。奇妙な朝食の時間は差し込む朝日に包まれながら穏やかに過ぎていった。
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