第21話 故国からの来客
双魔はアメリアを寮へと送った後、アパートへの道を足早に歩いていた。酒で温まっていた身体は完全に冷え切っていて寒さで耳が痛い。
念のためアメリアを部屋の前まで送った際にルームメイトの愛元に
『おやおやー、珍しいお客様ですなー。お茶でもいかがでありますか?』
と聞かれた時にはかなり心が揺れたが、ティルフィングの様子が気になって仕方なかったので断って家路を急ぐことにしたのだ。
「……うう……寒い寒い」
両腕で身体を抱いて独り言ちる。アパートはもう目の前だ。
その時、無風だった通りに一陣の風が吹いた。落ち葉がカサカサと音を立ててコンクリートで舗装された歩道の上を這って行く。双魔は立ち止まり、上を向いて一つため息をついた。
「……はー」
吐き出された息は夜闇を白く染め、すぐに消えた。
「何か俺に用か?今日はもう疲れてるんだ。出来れば出直して欲しいな……」
風と共に自分の背後に現れた何者かにそう声を掛ける。
「おや、お疲れかい。どうやらタイミングが悪かったようだね」
「なんてこった!」と言いたげに軽い口調で答える。振り返るとグレーのスーツにトレンチコートを着込み、これまた灰色の中折れ帽をかぶった長身痩躯の男が立っていた。
歳は二十代半ばだろうか。目は細く開いているのか瞑っているのか分からない。胸元にはど派手な孔雀柄のネクタイが異彩を放っている。
「こんばんは。久しぶりだね」
帽子を脱ぎながら男はにこやかにそう言った。
双魔はそれを心底煩わしいと言った風に見てから目を瞑ってこめかみをグリグリとする。
「なんだ……大日本皇国法務省公安調査庁対魔導課の次席様がロンドンに何の用だ?
「まあ、ちょっといろいろあってね」
カラカラと笑って見せるこの男、名を
魔術協会の定める序列は現在五十三位、”枢機卿”の称号を有している。
その立場上様々な要因から剣兎はホイホイと国を離れることができない。余程の事情があるのだろう。
「お前がわざわざ出張ってきたんだ……どうせまた面倒な話でも持ってきたんだろ?」
「アハハハ……まあ、お察しの通りだよ」
そう言って剣兎は帽子を被りなおした。
「まあ、いいや。ここじゃ冷えるからな。家で話そう」
双魔はぶっきらぼうに親指でアパートを指す。
「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」
玄関前の段差を上がりインターホンのベルを鳴らす。
『はい、どちら様でしょうか?』
「左文、ただいま。開けてくれ」
「坊ちゃまですか。かしこまりました。少しお待ちください」
そう言うと左文は通話を切った。そして通話の切れる「プツン」という音が途切れるのと同時に鍵の開く音がした。
双魔はそれを見て口元に笑みを浮かべた。そしてドアノブに手を掛ける。
「ただいま……おぶっ!」
「ソーマ!遅いではないか!」
扉を開けた瞬間ティルフィングが勢いよく双魔の腹目掛けて突っ込んできた。双魔はよろけながらも何とかティルフィングを受け止める。
「悪かったな……いい子にしてたか?」
「うむ!」
「あらあら、ティルフィングさんそういきなり飛びついては坊ちゃまも驚いてしまいますよ」
そう言いながら左文が一足遅れてパタパタと出迎えにやってくる。
「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「ん、ただいま」
「ソーマ、ソーマ」
双魔に抱き着いたままのティルフィングがローブを引っ張る。
「どうした?」
「後ろにいるそやつは何者だ?」
ティルフィングは双魔の目を見ながら首を傾げる。ティルフィングの言葉に左文も双魔の後ろに目を遣った。
「これはこれは風歌様、ご無沙汰しております」
左文は剣兎に向かって深々と頭を下げる。
「ああ、いいんですいいんです。左文字殿。此方こそこんな夜更けに突然申し訳ない」
剣兎は申し訳なさそうにそう言うと左文はすぐに頭を上げた。
「それではお茶などご用意させていただきますね」
パタパタとキッチンに向かう左文を見ながら剣兎は扉を閉める。
「ソーマ!そやつは何者だといっているのだ!」
「ああ、ごめんごめん。こいつは俺の友達だ」
「そうか、双魔の友達か。我が名はティルフィング。以後よろしく頼むぞ」
ティルフィングは双魔から離れて剣兎を見ながら「えへん!」と言いたげに腰に手を当てて、胸を張って名乗った。
(この子が……)
一瞬の沈黙の後剣兎は帽子を脱いで笑顔で名乗り返す。
「これはこれは、ご丁寧に。僕の名前は風歌剣兎。紹介の通り双魔の友人だ。好きなように呼んでくれて構わない。これからよろしく頼むよ、ティルフィング殿」
「うむ!よろしく頼むぞ、ハヤト!」
剣兎の挨拶を聞いてティルフィングは満足げに頷いた。
「じゃあ、取り敢えず上がってくれ」
双魔はローブを脱いでハンガーに掛けると剣兎にもハンガーを差し出した。
「うん、お邪魔するよ」
剣兎もコートと帽子を脱いで双魔とティルフィングに続いてリビングに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます