第17話 選挙法改正
闘技場に着くとすでにほとんどの生徒が集まっていた。中には昼食を慌てて切り上げて来たのか口元に何やらソースをつけた生徒もいる。
なんとなく数日前のイサベルの暴走で破損した箇所に目をやるとすでに修理が終わったのか元通りになっていた。錬金技術科の生徒たちが実習のついでに直したと聞いていたがどうやら本当だったようだ。
突然の呼び出しに何事かと生徒たちが騒めく中遺物科と魔術科の主だった教授陣もやってきて生徒たちの前に立つ。それに気づいた生徒たちは皆クラスごとに整列をして雑談をやめた。双魔とアッシュも自分のクラスの列に混ざる。
「双魔は魔術科で何か聞いてないの?」
「いや、特に何も聞いてないが……」
こそこそと二人が話していると生徒たちが入り口の方を見ながら再び騒めきだした。そちらを見ると杖を突いた小柄な老人、学園長が入ってくるところだった。後ろにはグングニルが控えていてしずしずと学園長に続いて歩いている。双魔は先日ティルフィングの件で会ったばかりだが普段滅多に姿を現さない学園長の登場に皆驚いているようだ。
「フォッフォッフォ!」
にこにこと笑顔で髭を撫でながらゆっくりと歩いて教授陣たちの中に混じる。
ハシーシュが一歩前に出て学園長に何かを確認するような仕草をすると学園長は手を軽く上げて返す。ハシーシュは頷くと置いてある台に乗った。
「あー、遺物科及び魔術科の諸君。まずは突然の呼び出しに応じてくれたことに感謝する。早速本題に入るが君たちを呼び出したのは直前に控えた恒例の選挙のルールを今回から大きく変更することとなったのでそのことについて説明を行うためだ」
ハシーシュの言葉を聞き生徒たちが三度騒めきはじめる。
「ルールの変更?」
「どういうかしら……」
「まあ、どうせ成績上位者しか参加できないんだから俺達には関係ないよな」
「確かに」
困惑する者や笑いながら自虐をする者たちが多い中、何人かの生徒たちは眉を寄せて訝しんだ。双魔とアッシュもその中に入っている。
「……アッシュ」
「うん、何だろう……そんな話全く聞いてない」
「ん……キナ臭いな……学園長まで出てくると一概には言い切れないけどな」
「……そうだね」
ふと、横に目をやると魔術科の列に並んでいるイサベルが目に入った。彼女も顎に手を当てて何やら考えているようだ。
「静粛にー、静粛にしろー!」
ハシーシュがやる気なさげにそう言うと徐々に場が静かになっていく。
「よし、静かになったな。それでは詳しい話は学園長がしてくださるそうなので、よろしくお願いします」
そう言ってハシーシュが台を降りると入れ替わって学園長が台の上に上がる。
台の上に上った学園長は生徒たちを一通り見回した。
「うむうむ、皆良い顔をしておるの」
そして満足そうに頷いた。
「さて、それではルール改変の趣旨と具体的な変更点について説明しようかの」
学園長の言葉にかすかに残っていた騒めきも止み静寂が場を満たした。
「今回、ルールの改正を行うのは知っている者もいるかもしれんがIMFが発布した魔導学園におけるカリキュラム改正の一環じゃ。カリキュラムの大まかな目的は多種多様な人材の発掘と育成、これからの世界を担っていく者たちを育てることじゃ。そしてこの目的と若手の人材発掘の第一級の場とも言える選挙も従来のルールではそぐわなくなった。故にルールを大きく変えることとした」
(なるほど……そういうことか)
双魔は得心した。
数日前にカリキュラム改正については新聞社が一面を割いていた。やや早いとも取れるがタイミングとしては妥当だ。
情報に敏いと見える生徒たちは一様に双魔と同じような反応を見せているがそれもほんの一握りでほとんどの生徒はまだよく分かっていないようだ。周囲の者たちと顔を合わせて首を傾げたりしている。
「ゴホン!」
学園長が咳払いをして少々散った注目を集め直す。
「まあ、趣旨なんてものよりどのようにルールが変更されるのかが気になるじゃろう、というわけで早速発表しよう」
従来の選挙のルールはまず冬季休暇前の筆記試験において成績上位二百人を選抜し、その中から遺物と契約している生徒が参加資格を有することとなっていた(筆記試験で二百番以内に入っていても遺物と契約していない場合は参加資格を満たさないため除外され、遺物と契約している生徒が繰り上げで参加資格が与えられる)。
その後、教授陣と学園長によって五十人ずつの四グループに分かれてバトルロワイヤル方式で各グループ五人に絞り込み、勝ち残った二十人でそれぞれに与えられた宝玉を破壊し合う形式のバトルロワイヤルをもう一度行い最後まで残った五人が評議会のメンバーとなり、それぞれが守り抜いた宝玉の示した役職に就くというルールだった。
やや複雑だが確実に有能な生徒を選抜できるもので特に問題点もなさそうなものであったが学園長は変更するのがよいと判断したからには見えない問題点があったのだろう。
皆が興味津々といった風に学園長の言葉を待つ。
「それでは変更点を簡潔に言うとしよう。最後まで静かに聞くように。一つ、参加人数の上限を三百人まで増やすこととする。一つ、戦闘は一度のみとし、五グループに分けてバトルロワイヤルを行い最後に立っていた一人に評議会の席を与えることとする。一つ席を得た五人は話し合いによって役職を決めることとする。最後に……」
つらつらと変更点を上げて行った学園長だったが目を細めて溜めを作った。
今まで挙げられた変更点は候補者の間口を広げること、戦闘を短期決戦とすること、勝ち残った者たちが自らの意思で役職を選べるということの三点だ。
学力が足りずに歯がゆい思いをしていたと見られる層は意気揚々と言った風だがそれに及ばない生徒たちは自分たちには縁のない話だと感じているのか欠伸をしている者もいる。
「ここまでは大したことないな」
「そうだね……」
「まあ、アッシュは今回も余裕だな」
「そんなこと言って……双魔、自分だって無関係じゃないでしょ?」
「ん?何のことだ」
「もう……気づかないと思った?」
アッシュは頬を膨らませて拗ねて見せる。
「だから何だよ」
「双魔、遺物と契約したでしょ」
「…………」
「黙ってないで何か言ってよ」
「そのうち言おうとは思ってたんだが……バレたか」
「気づくに決まってるでしょ。今度紹介してね、アイも会いたいって言ってたよ?」
「ん、分かった」
“アイ”とはアッシュが契約を結んでいる遺物のことだ。双魔もたまに会っている。
「あ、学園長が言うみたいだよ」
学園長の方へと眼を向けると細めた目を見開いて最後の変更点とやらを言うところのようだ。
「最後の変更点は学力選抜を廃止し、クジによって参加資格の是非を問うこととする!」
学園長が言い放った後数瞬の静寂のあと堰を切ったかのように生徒たちが騒ぎ出した。
自分にも一発逆転のチャンスが巡ってきたと歓喜する者や不満を露にする者、理解が追い付いていないものと反応は様々だ。
「……これは捲けそうだな」
「どうしてさ!きっと僕も双魔も当たるよ、当たったらきっと勝ち残れるから一緒に評議委員になろうよ!」
「面倒なのは御免だ……それに知っての通りだが幸いなことに俺はクジ運が悪い」
そう言ってニヤリと笑う。
「……フフフ……双魔、甘いよ」
「ん?」
「確かに双魔は昔からクジ運が悪いけどそれは双魔が自分で”当てたい”と思ってる時だよ」
「……何が言いたいんだ?」
「つまり!双魔が”ハズレを引きたい”と思ってるってことは”当たる”ってことだよ!」
アッシュがムフーっと鼻息を荒くして興奮気味に言い切った。
「……嫌なこと言うなよ」
そんなことを言い合っていると学園長が手を叩いて生徒たちの注目を集めつつ場を静寂へ導いた。
「さて、それでは先に行う予定の遺物科の出場者をこの場で決定することにしよう。一応宣言しておくがこれは平等なクジ引きじゃ。イカサマは無い、とヴォーダン=ケントリスの名において誓おう。まあ、文句がある者は学園長室まで来なさい。話を聞いてあげよう。フォッフォッフォ!」
学園長が笑っている間に遺物科の教授陣が簡易の銀幕を組み立て、魔術科の教授陣が結界魔術を行使して闘技場の内部を暗くする。
「学園長、よろしいですか?」
「うむ」
学園長が頷いたのを確認しハシーシュが滅多に見せない覇気を纏って宣言する。
「それではこれより今回の選挙の出場者を抽選する!まずは第一ブロックからだ……始め!」
ハシーシュの言葉が終わるとともに銀幕に光が当てられ画面が映し出される。紙切れが端の方からちりちりと焦がされ灰になる陳腐とも思える演出の後に六十名の候補者の名前が映し出される。演出は恐らく学園長の趣味なのだろう。
映し出された名前を見ていくと普段双魔とは関わりのない人物たちの名ばかりだ。噂に聞く強者から聞いたこともないような輩まで玉石混淆と言ったところだ。
「取り敢えず回避だな」
「まだあと四ブロックもあるんだからね!」
なんだかとても嬉しそうに言う双魔にアッシュは再び頬を膨らませて拗ねて見せる。
「……あ!」
しかしそんな表情をすぐに変えて画面の一点を指差す。
「ん、どうした?」
「議長の名前があるよ」
アッシュの指の先を見ると確かに現遺物科議長の名前が見られる。
参加が決定し歓喜していた生徒たちもそれに気づくと意気消沈と言った風に俯く者や、目が死んだ者が続出する。
遺物科現議長は滅多に姿を現さないので学年が三年であることと学園生にも関わらず既に”聖騎士”の称号を保持する神話級遺物契約者であり他者を圧倒する力を振るうということはほとんどの生徒が知っているがそれ以上のことはあまり知られていない学園でも謎の多い人物だ。もちろんこの場にも姿を現していない。
以前アッシュにどんな人物なのかを聞いてみたことがあったがその際アッシュには
『うーん……きっと双魔もその内会うことがあると思うからその時までのお楽しみかな』
とはぐらかされてしまった。
そんな回想に浸りながら周りを見渡すと中には妥当現議長を掲げて燃えに燃える奇特な者もいるようだ。とは言え余程のことがない限り第一ブロックは現会長の勝利で間違いないだろう。
「続いて第二ブロック!」
今度はハシーシュと変わって違う遺物科の教授の声と共に六十名の名前が映し出される。
第一ブロックと同じように玉石混淆と言ったところだが見慣れた名前が目に入る。
「あ!僕の名前があるよ!やったー!」
隣でアッシュがぴょんぴょん飛び跳ねる。そして先程と同じように意気消沈する候補者たち。打って変わって一部の女子たちから上がる黄色い声。アッシュのファンの女子生徒たちだろう。
「……今年の評議員も去年とさして変わらないんじゃないか?」
「そうかな?僕だって絶対に勝てるってわけじゃないし……」
「ま、頑張れよ……って何笑ってるんだ?」
「んふふ~、これで後は双魔が当たれば万事OKだね!そうしたら僕のやる気も満タン満タン!」
「安心しろ、俺は絶対選ばれないからな」
双魔は苦虫を嚙み潰したような顔でにこにこ顔のアッシュに悪態をつく。そうこうしているうちに第三、第四ブロックの候補者が発表されていったが双魔の名前はどちらにも無かった。
「ん、これはもうないな。悪いな、アッシュ」
「最後まで分からないじゃない!絶対双魔は当たるよ!」
「それはないな、というわけで今年も評議員になれるよう頑張れよ。俺は仕事が残ってるからじゃあな」
双魔は踵を返してさっさと立ち去ろうとしたがグイっとローブを引っ張られてよろける。
「っ!とと!」
振り返ると案の定というかアッシュがローブの裾を引っ張っている。アッシュは双魔より小柄で細身だが遺物との契約によりかなりの膂力を有しているため双魔は一歩も動けない。
「双魔……最後までいなきゃダメだよ。ね?」
笑顔で凄まれた上に一歩も前に進めないとあっては最早最後までこの場に残っているほかない。
「……わかったよ」
渋々アッシュの隣、元いた場所に戻る。面倒なことにこの場をされなくなってしまった双魔とは逆に他の生徒たちのボルテージは最高潮に達していた。今まで光を浴びることのなかった者たちが一発逆転のチャンスを手にしているのだ当然といえよう。遺物科だけでなく魔術科の生徒たちも同じような有様だ。
「たかが出場者発表してるだけなのに騒ぎすぎだろ……」
「あはは……確かにそうかもね」
呆れる双魔と流石に顔を引きつらせるアッシュ。しかし次の瞬間さらにその場の熱量が増した。
「それでは最後に第五ブロック!」
講師の言葉に膨れ上がった熱気は収まり、そのままに水を打ったような静寂がその場を支配した。
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