第五話 初戦果を挙げてみた。


 私がVRMMORPG『エイス大陸クロニクル』を開始してから三日が経った。VRの使用時間は法律で十時間と決められており、強制的にログアウトさせられるためそれ以上はいられない。

 このゲームは現実の十時間で二日間の時が流れるため、三日(三十時間)×2で六日がゲーム内で経過したことになる。


 ゲーム内で六日。そしてその間にどこまで進んだかというと――なんと最初の場所から未だに動けていなかった。

 チュートリアルがなかなか終わらないのだ。こんなことってある?


「もしかして、なんかおかしいんじゃないの?」


 カマキリとじゃれあった結果、本日五回目の死に戻りを経験した私はリスポーン地点で呟いた。最近思い始めたことだ。

 私は何か、変なバグに巻き込まれていないだろうか。


 今の時代、VRゲームでシステム上の不具合と言うのはあまりない。あるとすればそれこそVRMMORPGが多いようだが、それでも昔よりは減っていると聞く。だから、そんな事はないと思うのだけれど、どうも私が考えていた出だしとは違うのだ。


 私が想像していたRPGの始まりは、のんびり穏やかな場所で武器の使い方を学んで、なんかスライムみたいな弱いモンスターが出てくる草原でレベルを上げる――そんな出だしなのだ。

 決して、決してあんな怪物みたいなカマキリが闊歩するエリアに降り立っていいものではない。そう思う。そう思うのだが、ネットなどを見て確かめる気にもなれない。


 それは「ゲームの攻略はなるべく自分の力で行うべし」なんて決意を掲げているからではない。単に嫌なのだ。

 仮にこの状況が通常のチュートリアルで、他のプレイヤーたちがあっさりとクリアしているのだと知ってしまったら、きっと私は立ち直れない。

 もちろん、自分がゲーム内最強だなんて思い上がったりはしないけれど、さりとてチュートリアルもクリアできないド下手だとも思いたくないのだ。怖いのだ。


「……大丈夫。私は強い。私は行ける。あのカマキリを倒せる。もう少し、もう少し」


 呪文のように呟いて、私は私を元気付ける。格闘ゲームで馴らしてきたという自負がある。こんなところで終われない。


 セーフティエリアを離れ、もう何度目かも数えていないカマキリとの死闘を開始する。いつものように気配を殺し、先制攻撃をお見舞いする。


『ギ?』


 カマキリは首を傾げた後、無造作に鎌を振るった。それをぎりぎりで躱してから、再びカマキリの足へと木の棒を叩きつけた。


『ギ?』


 カマキリはもう一度首を傾げ、今度は両方の鎌を交互に振るう。裂ける右鎌を、割ける左鎌を、何とか潜り抜けて避ける。


『ギギっ!』


 少し苛ついたようにやたらめったら鎌を振り回してくるカマキリ。危ないっ! 死ぬ、死ぬって。


 さすがにゲーム内で六日間戦い続けただけあって、カマキリの攻撃の軌道は分かってきたし、良く見えるようになってきた。けれど相変わらずの私の防御力では、掠めただけで即死だ。ヒットアンドアウェイを繰り返すほかない。

 このカマキリは外殻も硬いので、本当に木の棒の攻撃が通っているのかは疑問だけれども……。


「よいしょっ」


 分かりやすい軌道に振るわれた右の鎌に飛び乗って、その鎌がカマキリの頭上に引き戻された時を見計らう――今だ。


「やぁっ!」

「ガっ?」


 飛び降りながらカマキリの頭に木の棒を叩きつける。

 少し首を振ったところを見るに、きっとクリティカルヒットだったに違いない。よし、効いてる、効いてる。何度も試したけれど、この攻撃が一番手応えありそうだ。


 それから何度も死にそうな目に遭いながらも、ちびちびと木の棒で攻撃を繰り返し続けた。そしてゲーム内で何時間経っただろう? 何百回、私はカマキリの鎌を避け続け、木の棒を振るい続けただろう。


「とやっ!」

『ぎ、ギィ……」


 カマキリの頭に勢いよく木の棒を叩きつけた瞬間、赤い両目が点滅しやがて色が消える。するとカマキリは糸が切れたように身体を投げ出し、地面へと倒れ伏した。

 苦節六日間。なんと私は、デカいカマキリに勝利したのだ。


――【ジャイアント・マンティス】を討伐しました。経験値8645を獲得しました。

――経験値が基準に達しました。LVが1から18に上がりました。クラスLVが1から10に上がりました。

――スキルポイント369を獲得しました。

――称号『下剋上』を獲得しました。


 なんだ、なんだ? いきなり情報が流れ込んできたぞ。どうやら、経験値が手に入ってレベルが上がったみたいだ。


 最近見ていなかったけれど、改めて自分のステータスを確認しておこう。



名前:アンズ  LV.18/100 

種族:ヒューマン

クラス:魔剣士 LV.10

スキルポイント:369




HP 105/120

MP 110/110

 攻撃力 80(+5)

 防御力 75(+10)

 敏捷性 70

 命中力 65

 魔法耐性 56

 賢さ 48


一般スキル

 『鑑定LV.3』『気配察知LV.7』『忍び足LV.6』『採取LV.1』『使役LV.1』

 『暗視LV.2』


技・魔法スキル

 『火魔法LV.1』『水魔法LV1』『土魔法LV.1』『風魔法LV.1』『回復魔法LV.1』

 

称号  オプション効果を表示する ▽

 『二兎を追う者』

 『下剋上』


武器・装備 説明欄を表示する ▽

武器

 『木の棒』レア度:E 品質:―― 耐久値:―― 効果:攻撃力+5 

装備

 『布の服』レア度:E 品質:―― 耐久値:―― 効果:防御力+5

   『布のズボン』レア度:E 品質:―― 耐久値:―― 効果:防御力+5




 おお、レベルが1だった時に比べて、格段にステータスが上昇してる。一般スキルの『気配察知』や『忍び足』はレベルと関係なしに上がるから、カマキリ相手に戦っているうちに上がったみたいだ。ずっと暗闇にいたせいか、『夜目』が『暗視』に変わってるし。

『鑑定』も色々見て回ったからちょっと上がってる。


 しかし、カマキリを倒すまでとんでもなく長かった。一つの戦いに、こんなに神経を擦り減らして長時間戦ったのは初めてだ。だけれどそれ故に、達成感が半端じゃない。もう、このゲーム辞めてもいいんじゃないかってぐらい、私は満足してる。

 とにかくひたすら、目の前で倒れ伏しているカマキリは強敵だった。


「……あ、そう言えば素材とかってとれるんだっけ?」


 目の前で横たわるカマキリをひとしきり眺めた後、思い立って傍に寄る。


 今にも動きだしそうな恐怖感はあるけれど、現実と違ってこの世界はゲームだ。システムで死亡判定されたモンスターが襲い掛かってくることはないだろう。


『素材を回収するとモンスターの死体は消えます。素材を回収しますか? YES/NO』


 カマキリに触れてみるとそんな表示が出たので、特に考えることもなくYESを選択した。



――【巨大蟷螂の外殻】×3を入手しました。

――【白銀の鎌】×2を入手しました。

――【巨大な触角】を入手しました。

――【巨虫の柔肉】×2を入手しました。

――入手したアイテムをインベントリにしまいました。


 

 そんな音声が流れると、目の前のカマキリの死体は消えていく。なるほど、こういう仕組みになっているんだ。


「よし、何はともあれ初討伐っ! この調子でどんどんモンスターを狩っていくぞっ!」


 プレイ開始から六日目、ようやく私のVRMMORPGが本格的に始まろうとしていた。

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