第54話 奪還作戦
どうしてこんな所にリリーさんが? 不思議に思う僕にリリーさんも僕に気付いたようだ。
「あれ? 紅凛君? どうしてこんな所に?」
それは僕のセリフだ。どうしてこんな所にリリーさんがいるんだろう。
「それは勿論、教団の関係者がここに居るからよ。いろいろ探していたらここに居るって分かったのよ」
と言う事はやっぱり犯人は教団の関係者か。リリーさんには悪いけど、この倉庫に入らないようにしてもらいたい。
「どうして? 私は執行者としてここに来ている訳で、紅凛君にどうこう言われる筋合いはないわよ」
あまり人に言いふらしたい物ではないが、僕は妹の状況をリリーさんに教え、手を引いてくれるようにお願いする。
「そう。そんな事が……。でもお断りするわ。私は私の仕事をするだけで他の事情は関係ないもの」
なっ!? こんな融通の利かない人だとは思わなかった。大変な状況なんだから今は手を引いてくれても良い物を。
だけどリリーさんを説得している時間がない。もう好きにして貰おう。僕は僕の出来る事をやるだけだ。
僕たちが倉庫に入ると男が立って待っており、その横には柱に縛り付けられた千景がいた。
「うんうー! うんうー!」
多分僕の事を呼んでいるんだろうが、猿ぐつわをされているため本当に僕の名前を呼んでいるのかは分からない。
待っていろ。今助けてやるからな。
「君がこの子のお兄さんかい? どうやら魔女を持っているようだけど、その魔女を渡してもらおうか」
そう言われても「はい、どうぞ」と言って渡せるようなものじゃない。
それにこう言うのは渡したら千景も連れてどこかに行ってしまうのが相場になっている。
「ちょっと待って。そんな話より私の方が先よ。あなたハリン教の教祖でしょ?」
いきなり僕たちの話にリリーさんが入ってきた。私の方が先ってどう考えてもこっちの方が先だろ。
「ん? 誰だ君は? 修道服を着ている所を見るとどこかの宗教関係者か?」
「私は真教の執行者をしているリリー。ハリン、あなたを粛正に来たわ」
粛清とただならぬ言葉を聞いたハリンだがその表情が分かる事はない。
それどころか少し笑っているようにも見える。
「そうか。ご苦労な事だな。君の相手は後だ。まずはそちらに居る少年から魔女を受け取らないとな」
どうやらハリンは僕の方を優先してくれるらしい。僕としても早く千景を返して貰いたいからこっちの方がありがたい。
「ふざけないで! 私の方が先に来たのよ。それに教団の一人を殺ったのも私よ!」
いい加減大人しくしていてくれないかな。千景とスマホさえ取り返せれば自由にして良いから。
「あぁ、確かフタミが戻って来ないとか教徒が言っていたな。あれは君がやったのか」
そう言うとハリンはいきなり魔術を使ってきた。
ハリンの手から放たれた炎の塊はリリーさんに直撃すると周囲を炎が覆う。
近くに居た僕は慌てて飛び退いたおかげで奇跡的に無傷だけど、リリーさんは大丈夫なのだろうか。
「さて、これで煩いのも居なくなった。魔女を渡してもらおうか」
何事もなかったように話を進めようとするハリンだが、今の魔術の攻撃を見ただけでもフタミより強いのが分かる。
神前は良くこんな相手から無事に逃げられたな。
「こんな攻撃で私を殺したって思ってるんじゃないでしょうね? こんな攻撃何ともないわ」
確かにリリーさんの体に傷があるようには見えないが、修道服は所々焦げてしまっている。言うほど余裕なようにはとても見えない。
「うむ。フタミを殺ったと言うのは強ち嘘でもなさそうだな」
もうこうなったらリリーさんとハリンが戦って貰った方が良いかもしれない。
そうすれば戦っている隙に千景も助けられるし、上手く行けばスマホも回収できるかもしれない。
だが、そんな希望も次の瞬間に砕かれてしまった。
「な、何だこれは? 体が……体が動かない」
ハリンが何かをしたのだろうか。リリーさんは体を動かそうとするが、一向に動けないようだ。
「これは宗教家だけに利く体を拘束する魔術だ。君みたいに無宗教の人間に利かないのが難点だがな」
失礼な。僕はちゃんとクリスマスにはケーキを食べるし、正月には初詣にもいく。そして困った時にはちゃんと神頼みもするんだ。
「これだから日本人って奴は。一体何をよりどころに生きているんだか」
よりどころだと? そんなのは決まっている。僕は女性のパンツを見るのをよりどころに生きているんだ。
「さて、邪魔物が大人しくなった所で魔女を渡してもらおうか」
おい、待て。僕のよりどころの話はどうした?
恥を忍んで妹の前で言ったんだ。何か反応が有っても良いだろ。おかげで千景の方を見れないじゃないか。
「性的趣向は人それぞれだ。私が導くようなものではない」
どうやら僕はハリンとは仲良くなれそうにない。まあ、妹を誘拐するような奴と仲良くする気もないが。
「何度目か忘れてしまったが、そろそろ魔女を渡してもらおうか」
ハリンは僕にフォルテュナを渡すように言ってくる。
リリーさんの方を見るが、本当に動けないようで体を動かそうとしているが動ける感じはしない。
少しだけ漁夫の利的な物を期待したけど、もう期待できる状況じゃない。
「大丈夫よ。妹さんを取り返すまでは大人しく言う事を聞いていた方が良いわ」
敢えてなのか本心なのか分からないがフォルテュナは笑っている。
その笑顔に僕は少しだけ心が軽くなったような気がした。
僕はそっと床にスマホを置くと、フォルテュナは何かを忙しそうにやっている。
多分、メッセージアプリで神前たちと連絡を取り合っているのだろう。
僕は床に置いたスマホをハリンの方に向けて蹴とばすと、スマホはガガガっと床と擦れる音を立てながらハリンの方に滑って行った。
スマホは僕とハリンの真ん中を少し超えたあたりで止まった。少しでも時間を稼げればと思って力加減をしたのだ。
「妹を人質に取られていると素直だな。だが、それで正解だ。無事に魔女を回収できれば妹を返してやる」
そうしてくれるとありがたいのだけど、誘拐犯の言う事を真に受けるほど僕もお人好しではない。
ジャリッ!
ハリンがスマホを拾うために一歩前に進む。床の砂を踏むと倉庫に足音が響く。
神前たちが動くような気配はない。ここでは動かないのか、僕の言う事を守ってハリンが逃げる時に備えているのか僕からでは分からない。
だが、僕にも分かる事はある。それは時間がないと言う事だ。後数歩、ハリンがスマホに近づけばスマホを拾われてしまう。それまでに何とかしなければ。
高速で頭を回転させるが、良い案などそうそう浮かんでくるものではない。
焦りが僕の心を覆ってくる。
何か、何か良い案はないのかと思うたびに焦りは暗く重い闇で心を侵食していく。
ハリンがスマホの前まで来て立ち止まると、腰を折ってスマホを拾い上げようとしている。
神前たちは動かない。それは正解なのだが、何かしてほしかったと言うのも少しはある。
こんな時に神前のせいにするなんて僕は最低だ。神前は危険を犯してまで手伝ってくれているのに僕は一体何を考えているんだろう。
自分で自分が嫌になる。だが、その時、僕の中に黒く、ドロッとしたものが流れたような感覚がした。
この感覚は記憶がある。フォルテュナが最初に魔法を使った時に流れてきた感覚だ。
もしかして……と思い、僕はハリンに向けて手をかざした。
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