第12話 串間の思い
学校を出て誰も居ない路地裏に入るとボクはスマホを操作してイリーナに話しかける。
「起きろよ! お前のご主人様の命令だぞ!」
しかし、イリーナは僕の声に反応せず、後ろを向いて寝ころんだまま脇腹辺りをポリポリと掻いている。
起きているのにボクの言う事を聞かないなんてなんて我儘な魔女だ。その魔女って言うのもさっき知ったばかりだけど。
イリーナの態度に我慢できずスマホを操作して強引にこちらに向かせる。
「何だい? 面倒臭いねぇ。魔女だったのは聞かれなかったから答えなかっただけよ。面倒臭い」
イリーナがこんな態度だから花音なんかに馬鹿にされるんだ。折角、神前さんと良い感じだったのに。
「あれが良い感じだって? 面白くて面倒臭いねぇ」
本当にムカつく態度だな。何とかイリーナに言う事を聞かせられないかとスマホを操作するとアプリの中で売っているアイテムの一つに目が留まった。
ゲームの中の魔女の衣装を着せ変えられるアイテムと一緒の所に売られていたので、一瞬見逃しそうになってしまったが、ボクは見つけてしまった。
そのアイテムは一個千円もする高額な物だったが、僕は迷わず十個ほど購入し、早速使ってみる。
「イリーナ! 立ち上がってこっちを向くんだ!」
ボクが命令をするとイリーナは抵抗しようとしているが、抵抗できずぎこちない動きで立ち上がり、ボクの方を向いた。
その顔は明らかに意思に反して体が動いてしまったと言うような顔をしている。
なんて素晴らしいアイテムなんだ。こんなアイテムがあるならもっと早く購入しておくべきだった。僕が購入したのは『リガートゥル』と言う命令を強制的に聞かせるアイテムだ。
「何だい? これは? 私の意思に関係なく体が動くなんて。面倒臭い」
イリーナの悔しそうな顔が気持ち良い。有り得ないと思うが、偶然と言うのも考えられるので、ボクはもう一度アイテムを使って確認する。
「イリーナ! 土下座をして「おかえりなさいご主人様」と言うんだ!」
最初は拒否をしていたイリーナだったが、徐々に膝が曲がりその場に正座をすると頭を深々と下げ、
「面倒……おかえ……り……なさい……。臭い……ご主人……様」
途中でイリーナの言葉が混じってしまったため変な感じになってしまったが良しとしよう。ちゃんと命令は聞かせられるようだ。
「お前。魔女に対してこんな事をして無事でいられると思っているのかい? 面倒臭い」
なんとでも言えばいい。一個千円は痛いが、言う事を聞かせられるのなら安い物だ。
このアイテムがあれば花音にも対抗できる。そうすれば花音に脅されている神前さんもボクの所に来てくれるはずだ。
「おい! お前! さっきは良くもやってくれたな!」
ボクが神前さんをどうやって助け出そうか考えていると、さっきボクに絡んできた三人組が再び現れて絡んできた。こんな遅い時間にまで絡んでくるなんてよほど暇なのだろう。
さっきのはボクがやった訳ではないのだが、魔法と言うのを使ってみるにはいい機会だ。
「何ニヤついてるんだ! あの変な物を出す奴がいなくて頭でもおかしくなったか?」
フフフ。そんな馬鹿な。花音なんている必要がない。ボク一人でこいつらの相手をしてやる。
今までのボクならビビってしまって何もできなかったのだが、胸倉を掴まれた所で焦りの一つも浮かんでこない。
「イリーナ! 魔法を使ってこいつらを攻撃するんだ」
ボクが胸ぐらを掴んでいるピアス男に向けて手をかざすと男が手を離して後退りするが、何もされないと分かると更に強気に出てくる。
「さっきの奴の真似をしたって何にも起こらねぇじゃねぇか。焦らせやがって。おい! 痛い目を見る前に出す物だしな!!」
再びボクに接近し、胸倉を力を込めて絞り上げてくるが、イリーナはボクの言葉など一切無視している。
はぁ、仕方がないな。これも教育だと思い、我儘な魔女にもう一度アイテムを使って言う事を聞かせる事にする。
「イリーナ! 魔法を使ってこいつらを攻撃するんだ」
今度はアイテムを使用してイリーナに命令をする。
「クソッ! 何時までもこんな事で言う事を聞かせられると思うんじゃないわよ。面倒臭い」
『
ボクの中に何か流れ込んでくる感覚がすると周囲に暴風が発生し、胸倉を掴んでいる男の後ろにいた男たちも巻き込み、男たちを壁まで吹き飛ばした。
男たちは「ウゥ……」と声を上げると動かなくなってしまった。死んでしまったのか? それならそれで構わないが。
それにしても凄い。凄いぞ。これが魔法か。こんな事ができるならボクは誰にも負けないんじゃないか? ビクビクして生きていく必要はないんじゃないか?
世界が変わった感じがする。新しい世界が僕を祝福しているような感じがする。
ボクがピアスの男の前に立つとピアスの男は意識を取り戻したようだ。なんだ死んでなかったのか。今度はもっと威力の強い魔法を使うように命令しよう。
「ヒッ! 来るな! 来るな!!」
男が何を言っているのか分からない。だってボクが同じように言った時、男たちはボクの言葉を無視していたのだから。
ピアスの男に何度も足を下ろす。どんどん男の顔が腫れて行くが大して面白くもない。男たちは馬鹿笑いしながらやっていたがこれの何が面白いのかボクは理解ができない。
「止めてくれ! 謝るから! 謝るから止めてくれ!」
それもボクは何度も言ったな。それでも止めてくれなかったんだよな。だからボクは止めない。面白くなくとも男が嫌がっているのだから止める理由はない。
暫くすると男からは何の声も聞こえなくなった。顔中から血を流しているが死んではいないようだ。
本気で飽きてきた。これ以上、男たちに絡んでいてもボクの時間の無駄だ。残り二人に声を掛けて目の前の男を連れてここから立ち去るように言うと男たちは一目散に逃げて行った。
ふぅ。やっと行ってくれたか。本来ならボクに楯突いたんだから殺す所なのだが、今、ボクは機嫌が良いのだ。
この素晴らしい世界を満喫したい。スマホさえあればボクは誰にも負けないのだ。誰にもヘコヘコする必要はないのだ。
両手を広げてこの世界の空気を思いっきり吸い込む。今までに吸った事がないような清々しい空気がボクの体を駆け巡る。
さて、これからどうするか。神前を花音から取り戻すのも良いけど、それだけだと物足りないな。
うーん。良い案が思いつかない。でも、焦る事はない。魔女がいる限りボクが負ける事なんてないのだから。ゆっくり考えてやりたい事をやれば良いのだ。
思わずスキップをしそうになるほど心も体も軽くボクは家に戻って行った。
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