「700年シリーズ」

青谷因

「継承するもの」

「―それにしましても…閣下自らが星に降り立ってご視察頂けるとは…ご足労おかけいたします」

「…偶には、いいだろう。気にするな」

 その言葉に、直属配下の男は深く一礼すると、踵を返して退室していった。

―よもや“声に呼ばれてきた”等という非科学的な言い訳なぞ出来ぬからな…

 表向きの理由は、あくまでも視察。だが。

「・・・何者なのだろうな、君たちは」

―私に、何を、伝えようとしているのか・・・

 ここ最近、夢枕に現れていた、二人について、記憶をよみがえらせようと試みるも。

「―ふぅ・・・肝心なところが、見えないのだな」

 苦笑交じりに、ひとりごちると、船を下りる支度を始めるのだった。


 一方、惑星地上では。

 現星界隈を統治するトップの一人である彼を、迎え入れる準備が、進められていた。

 人人は、それぞれの思いを胸に、この歴史的な瞬間を、待ち構えている。

 

「―お婆様、あの方が、ついに、この地に足を踏み入れられるそうですよ」

 簡易に設えた祭壇に祈りを捧げていた少女が、感極まって涙を溢れさせる。

「生前、お婆様の予言どおり、やはり・・・」

 彼女は、ほんの数日前に亡くなった祖母の言葉を思い出し、かみ締める。

『・・・あのお方は、きっと、世界を変えてくださる・・・何故なら』

 彼のルーツは、この惑星の過去と、関わりがあるのだと言う。

『祖先が、この惑星の人なのかしら?』

『いいや。じゃが、この星の祖先たちとは、深い、しがらみがあるようなのじゃ』


 彼女たちもまた、この惑星の出身ではない。

 遙かなる昔、人人の幼き過ちの数々によって、非業の死を遂げた多くの魂を鎮めるために、巫女として使わされた一族の一人なのだ。

 うら若き少女もまた、その使命を引き継いで、鎮魂の祈りを捧げ続けている。

 彼女が、自らの宿命を確信したのは、つい最近のことだった。

『・・・あのね、お婆様・・・このところ、奇妙な夢をよく見るの』

 予知夢など、占呪祈祷を得意とする彼らにとっては、珍しいことではなかったが。

『・・・星に帰りたいって、言うの』

 見たことの無い、少年が、悲痛に訴えてくるのだと言う。

『・・・そうかね。ついに、お前さんにも、見えるようになったかね・・・』

 老婆は、喜びとも悲しみとも取れる表情を浮かべて、愛する孫を、力強く抱きしめた。

「・・・あれが、もしかしたら、継承した、ということだったのかしら」

 まだ、手応えの掴めないままに、この日を迎えるのだった。

―お婆様の遺志は、私が引き継ぎます。まだ、力不足のところはあるけれど・・・そして、出来ることなら・・・

 会いたいと、願った。

 星の、世界の、運命の鍵を握るであろう、彼の人に。

―私はまだ、星とのつながりが不完全です。

 だから、あの少年が、誰なのかは、今は分からない。

「・・・繋がることができれば、あの少年のことも、この星の未来も、ぜんぶ、知ることが出来るのかしら」

 継承には、具体的な手段は無い。勿論、口伝も、行われない。

 資格者が、自ら覚醒した時に初めて、それが唯一の証とされる。

 待ち望んだ後継者の発現そして、伝承の使者の来訪が確定したことに満足したのか。

 或いは。

 自身の役目の終わりを悟ったのか。

 運命の日を待たずに、彼女は静かに世界を去った。


 それは、彼女もまた、この星とひとつになったことをあらわす。

―お婆様・・・未熟な私をどうか、これからも、見守り、助けてください・・・


 一族の祈りが手繰り寄せた、ひとすじの糸が今ここに。

 未来を担うふたつの点と点とを、繋ごうとしていた。


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