壺の国

「ほら、見つけたよ。壺の国だ」

 吐き出した軸を折ることより先に、箱の中で笑った梅干しを棚に並べることを思いついた彼女は、悪魔の手を千切ってむしゃむしゃと食べた。自分で絶った笑顔に興奮して笑顔になる。

 順に並べられた梅干しの味は一つ一つ違う。憎かったり苦かったりまずかったり。食べたくもないのに箱を手にしている理由を考えてみる。理解したのは梅干しだけ。鍋のせいだ。仕方のないこと。食べたら染まるルール。厄介なのは、腐るだけということ。台所には、包丁はあってもまな板がない。鍋はあっても蓋はない。ストローにしゃぶりつくことさえ出来れば、ランチの時間。ディナーにはまだ早い。だから梅干しはランチ。そういうことにしておく。

 彼女は気づいた。無駄なことはやめよう、箱を捨てればいいだけの話。見栄えも悪いし、持っていても梅干しが増えていくだけ。そうだ、捨てよう。

 先ほど絶った笑顔に興奮する。もう少し見ていたい。息を吹き返すことを祈り、再び絶つことを想像して興奮する。捨てるのをやめて、梅干しを見栄えが良いものから順に並べ替える。爪楊枝でいいだろうか。もっと細いものがいいか、太いものがいいか。箸は怖い、割り箸はもっと。包丁が一番いいんだけどな……まな板がない。そう考えているうちに再び箱は梅干しで埋まる。

「手は残しておけばよかったかな」

 悪魔の手は苺の味。これが血の味だったらどんなに幸せなディナーだろう。苺の味なのだから仕方のないこと。

「頭を食べればよかったかな、そうしたら手と足は残って私の壺」

 焼け焦げた黒い指で唇を撫でる。その瞬間、彼女の全身は電源の入ったガムテープに縛られた。

「頭と手で苺の味、苺の味が血の味で最高のディナー。苺の味はランチにしかなり得ない」

「そんなことは言わないで。また見つけたよ、壺の国だ」

「あなたは誰」

「悪魔、そういうことにしておく」

 また悪魔か、彼女は悪魔の手を千切ってむしゃむしゃと食べた。前のより味が薄い。

「いつ天使は現れてくれるのかしら」

「あなたもワガママね、壺の国はすぐそこよ。早いうちに上陸しないと」

 また悪魔ね、慣れた手つきで手を千切って食べる。どんどん味は薄くなっていく。自分で絶った笑顔は、箱の中にぎっしりと並べられている。それを見て興奮する。興奮は冷めない。冷めるどころか大きくなっていく一方だ。興奮のまま血の味を飲むことが出来れば、それは不幸せなディナー。

 吐き出した軸を折ることより先に、箱の中で笑った梅干しを棚に並べることを思いついた彼女に、幸せなディナーを。それは無理な話。食べたら染まるルール。

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