第121話 機会

 アデマス王国の貴族たちによる軍が、敵を砦ごと吹き飛ばしす前まで時間を戻す。

 敷島の一族を率いて建国を宣言し、敷斎王国国王を名乗る父へ復讐をするため、限たちはアデマス王国の貴族たちの軍勢に侵入していた。


「…………」


「…………」


 顎に手をやり思案する限。

 側に居るレラは、そんな限から結論が出るまで黙って待ち受ける。


「思ったんだが……」


「はい!」


 しばらく思案した後、限はレラに向かって話し始める。

 どうやら、何かに思い至ったようだ。

 そのため、レラは限の話を聞き逃すまいと、やや前のめりになりながら待ち受けた。


「あの薬、どれだけの効能があるんだろうな……」


「……え~と、それはちょっと……」


 限がふと呟く。

 薬とは、敷斎側の兵たちが使用している強化薬のことだろう。

 その呟きに対し、レラは首を傾げるしかない。

 限の疑問を解消したいところだが、薬の効能なんて分からないからだ。


「一般人がいきなり強力な力を手に入れられる。それがデメリットなしだと思うか?」


「っ!! ……それは難しいと思われます」


「だろ?」


 限の問いに、レラは目を見開き、少し間をおいてから返答する。

 実力を得たことで、レラは限が何を思っているのか理解した。

 強化薬の使用によって、敷斎側の兵たちの能力は高い。

 しかし、いくら薬を使用していると言っても、強くなりすぎている気がする。

 強力な力を、何の反動もなく手に入れられるわけがない。


「敷島の人間ならともかく、その反動は必ずあるはずだ」


「そうですね……」


 同じ人間でも、敷島の者ならば話が別だ。

 限から訓練を受けたからこそ、レラも同じ思いだ。

 小さい頃から様々な訓練を課せられ、それに耐え抜いた敷島の者の肉体は、普通の人間とは耐久力が違う。

 それは、オリアーナたち研究員から幾つもの人体実験を受け、限が耐えたことからも分かる。

 敷島の者なら、多少の毒程度何とも思わず飲むことが出来るだろう。


「強化された一般兵たちは、長期間その状態でいることに肉体が耐えられないと?」


「あぁ、あくまでも俺の予想だがな」


 敷斎側が利用しているのは、元々は王都周辺の領兵たち。

 領を奪い取った後に奴隷化し、拒否できなくしたうえで強化薬を飲ませたのだろう。

 いくら彼らが鍛えていると言っても、所詮は常識の範囲内でしかない。

 そんな人間が、急激に手に入れた力に耐えられるのかと考え、限が出した答えは否だった。


「あっちにはオリアーナがいる。だから人を使い潰すなんて何とも思わないだろう」


 もしも限の考えが正しければ、人権なんてものをとことん無視した所業と言える。

 そんな事をできるなんて、とてもまともな神経を持った人間ではない。

 だが、限とレラはそんな事をできる人間に心当たりがある。

 それがオリアーナだ。


「相変わらず、人を人と思わない女ですね」


「そんなの今更だろ」


「そうですね」


 限と同様、レラも研究所で人体実験を受けた経験がある。

 その時のことを考えれば、オリアーナの中に人権なんて言葉を持っていないことは嫌でも分かる。

 限に言われたことで、レラは改めてそのことを思いだした。






◆◆◆◆◆


「限様の仰ったとおりでしたね……」


「あぁ」


 限たちがアデマス貴族の軍側に侵入してから1か月経った。

 ジワジワと後退しつつも、アデマス側は必死に抵抗を続けていた。

 限たちは、こちらに潜入してくる敷島の人間を密かに始末しながら、目立たないように戦闘に参加していた。

 そんな中、ようやく異変が起きた。

 戦闘中に敷斎側の兵数人が、体の一部を破裂させて息絶えたのだ。

 そのすぐ後、敷斎側の攻勢が一時の間治まった。

 それを見て、レラは限の考えが正しかったと理解した。


「2ヶ月前後……と言ったところか」


 敷斎側とアデマス側が戦い始めて、大体2か月近く経っている。

 つまり、強化薬を投与され、肉体が耐えられた期間はその前後ということだ。


「今、奴らは兵の補充をおこなっているはず」


 敷斎側の攻勢が止んだのは、恐らく敵兵が強化薬の反動によって一斉死したため、その減った人数を新たな人間を使って補っているのだと予想できる。


「また2カ月前後ほど経てば、きっと同じ状況になる。つまり、アデマス側にも攻勢をかけるチャンスが生まれるということだ」


 今回のことで、強化薬が完全でないということが判明した。

 オリアーナが副作用のない薬を作ろうにも、その期間内に作れる可能性は難しいはず。

 もう一度来る敵の沈黙を利用すれば、付け入る隙ができる。


「親父やオリアーナを殺すにしても、敷島の者たちを引っ張り出して始末するのが優先だ。次の機会を利用させてもらう」


 昔、魔無しと蔑まれたことへの復讐。

 そんな事のために敷島の者たちを倒すのではない。

 敷島の民は、争いに身を置く一族だ。

 争いがなければ、存在する意味が無くなるに等しい。

 そうならないために、歴代の頭領たちはアデマス王国の王と共に争いを生み出してきた。

 争いが起これば、多くの人間が苦しみ、悲しむことになる。

 いつまでもそんな事をさせ続けるわけにはいかない。

 そう考え、限は父と共に敷島の人間も復讐対象とする事に決めたのだ。


「アデマス側に噂を流し、時間を稼いで次の機会を待つ」


「分かりました」


 今回、敵の攻勢が治まった理由を、アデマス側の上層部は気付いていないだろう。

 ならば、彼らに薬の反動のことを知らせ、時間稼ぎに利用させてもらう。


「悪いな。アルバ、ニール。もう少し大人しくしていてくれ」


““コクッ!””


 限はポケットに向かって話しかける。

 それに対し、ポケットに隠れているアルバとニールは頷きを返した。

 2匹は魔法により肉体を縮小化し、限のポケットの中に潜んでいた。

 ニールは元々縮小化の魔法を使えていたが、アルバも訓練によって使えるようになった。

 アデマス側に潜入するとなると、アルバたちは目立ってしまう。

 そうならないためには、限から離れた場所にいないといけなくなる。

 それが嫌だからという理由で、アルバは頑張ったのだ。

 これでポケットの中に隠れていれば、声を出さない限り他の者に気付かれることはないだろう。


『待っていろよ親父。俺が殺すまでせいぜい国王気取りでもしてるんだな』


 反撃の機会に目処が立ち、限は内心で重蔵を潰すことを再度決意していた。


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