第117話 安堵の笑み
「ギャア!!」
「フフッ!」
近衛兵の1人を斬り殺した天祐は、血の付いた自身の刀を見て笑みを浮かべる。
まるで、人を殺すことを楽しんでいるかのようだ。
「こ、こいつ……」
その笑みを見るだけで、まともな思考をしている者ではないことがうかがえる。
そのため、アデマス王国の王であるジョセフは、恐怖で顔を青くするしかなかった。
「王を守る近衛兵っていうからどれほどの強さなのかと思っていたけど、敷島の協力がないとただの木偶なんだな……」
「くっ! おのれ……」
敷島がいるのに近衛を置いている理由。
数の少ない敷島の者たちを、出来る限り前線で使用したい。
建前ではそういうことにしていたが、裏の考えはこういった時のためでもあった。
敷島が反旗を翻す。
歴代の王はその思いがあったために、近衛兵を置いていた。
しかし、天祐の実力を目の当たり、意味がなかったことを悟っていた。
『……しかし、彼らのためにもまだ諦めん』
天祐は先程殺したと言っていたが、王妃や息子たちの安否を確認するまではそれが本当なのか分からない。
近衛兵たちも必死に自分を守ろうと戦ってくれている。
殺された彼らのためにも、何とかしてこの場から逃げ出す。
その決意を胸に、ジョセフは残った近衛兵たちと共に密かに行動を起こしていた。
「今だ!!」「ハァ!!」「セイッ!!」
「っと!」
ジョセフを守りつつ、ジワジワと後退する4人の近衛兵達。
天祐はゆっくり歩き、彼らを追い詰めて行く。
出入り口の扉付近から、とうとう玉座のある場所まで戻て来てしまった。
そこで近衛兵たちが動き出す。
1人をジョセフの護衛に残し、一斉に天祐へと襲い掛かった。
しかし、纏う魔力を増やして身体強化した天祐には、彼らの攻撃は通用しない。
天祐は手に持つ刀で、近衛兵たちの攻撃を難なく防いだ。
「3人がかりでこの程度なんて怠け過ぎだよ。バカなんじゃないか?」
「フッ! バカは貴様だ……」
「……?」
防がれようと、攻め続ける3人の近衛兵たち。
無駄な攻撃をしてくるその態度に、王を守る近衛兵でありながら訓練不足を感じた天祐は、嘆息しつつ彼らをバカにする。
しかし、無駄と分かっていながら攻め続けるのは、近衛兵の彼らにも考えがあっての行動だった。
何か企んでいるかのような彼らの態度に、天祐は首を傾げた。
「陛下!!」
「あぁ! 玉座の後ろにある通路ならちゃんと対策していますよ!」
「「っっっ!? そんな!!」」
天祐が3人の近衛兵を相手にしているのを見て、ジョセフは護衛に残った1人と共に玉座の後ろへと向かって走り出した。
その行動を見て、天祐はジョセフと近衛兵たちが何を企んでいたのかを察する。
そして、玉座の後ろから逃走を計ろうとしたジョセフたちに、企みは無駄だということを告げた。
天祐の言葉を信じていないのか、ジョセフたちは玉座の後ろに隠された通路の扉に手をかけて開けようとするが、何かで固められたかのように開かないことに絶望した。
「がっ!!」「ぐえっ!!」「ぎゃっ!!」
「言ったでしょ? 諦めた方が良いって……」
ジョセフたちが扉を開けられず顔を青くしている間に、天祐は時間稼ぎをしていた3人の近衛兵を斬り殺す。
そして、笑みを浮かべながら、ゆっくりとジョセフたちに近付いて行った。
「あっちも終わりみたいだな……」
ジョセフに近付きながら、天祐は刀を振って付いた血を飛ばしつつ、父の重蔵の方にチラリと目を向ける。
その視界には血まみれの良照が目に入り、計画の完了が近いことを理解した。
「くそっ!!」
「フッ!」
「っっっ!!」
最期まで王を守る。
近衛兵としてのプライドなのか、護衛に残っていた1人がジョセフの前に立ち、天祐に向けて剣を構える。
そんな覚悟を嘲笑うかのように、一瞬で距離を詰めた天祐は彼の腹を斬り裂いた。
「陛下、お覚悟を……」
「……おのれ! おのれ!!」
近衛兵が全員やられ、逃げ道も全部防がれている。
この状況ではもう諦めるしかないジョセフは、呪うかのように言葉を吐きつつ、天祐に首を刎ねられた。
「ハァ、ハァ、あちらは終わったようだな……」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
攻防を続けていた重蔵と良照は、息を切らしつつジョセフが天祐に殺されたのを確認する。
それを見て重蔵は笑みを浮かべ、良照は表情を暗くした。
「……お前が国を手に入れても、他の貴族が黙っていないぞ」
「生憎、王都周辺の貴族も、いつでも始末できる準備をしてある」
「……何だと? そこまで手を回していたか……」
自分に隠れて、王都を征服する計画を練っていた手際は見事と言ってもいい。
しかし、王族だけを始末した所で、この国を支配できるわけではない。
そのことを指摘する良照に、重蔵はそのことにも手を打っていることを告げた。
それを受け、良照は構えていた刀を下した。
「……どうやら止められそうにないな。もう貴様の好きにするがいい」
「最後まで抵抗すると思ったが、諦めが良いな……」
「年は取りたくないな……」
年老いた今の自分ではもう重蔵を止めることができないと、良照は悟ったようだ。
主人として仰いできたジョセフをはじめとする、王族を殺されたことも追い打ちになったのだろう。
その潔さに、重蔵は逆に疑いたくなる。
しかし、良照が刀まで捨てたことで、本当に諦めたのだと理解した。
「生憎だが、あんたを始末する役は他に譲っている」
「……何?」
“バンッ!!”
武器を手放し、もういつでも殺される覚悟のできた良照。
そんな良照に重蔵は、止めを刺そうとしない。
そのことを良照が訝し気に思っていると、天祐が玉座の間の扉を勢いよく開き、何者かをこの場へ招き入れた。
「……久しぶりね? 敷島良照……」
「貴様は……オリアーナ……」
「覚えてくれたようね」
入ってきたのはオリアーナ。
研究所は破壊され、彼女は帝国へ逃れたはず。
帝国の生物兵器を作り上げた彼女を見た良照は、何故この場にいるのか戸惑うように名前を呟いた。
良照に名前を呼ばれたオリアーナは、若干嬉しそうに微笑んだ。
「父と母を殺したあなたを殺すために研究者になり、ずっと研究を重ねてきた。そしてようやく機会を得られたわ」
数十年前、アデマス王国が領土拡大を図るために、1つの町を攻め滅ぼした。
その町には、病から人々を救うために組織された研究所が存在していた。
そこの研究員の中に、オリアーナの両親も存在していた。
その研究所の壊滅を指揮したのが、頭領の良照だった。
運よく生き残ったオリアーナは、ずっとそのことを忘れずに生きてきた。
そして、治療ではなく生物兵器の研究へとシフトチェンジしたのも、両親の仇を討つためだ。
「……まさか、重蔵や天祐が強いのは……」
「いいえ、彼らはまだ使用していないわ。単純に、あなたが老いただけよ。身体も、頭もね」
「……フッ! そうか……」
重蔵と天祐が思っていた以上に強かった。
自分が年老いただけだと思っていたが、オリアーナの登場で何か薬物を使用しているのではないかと疑った。
そんな良照に、オリアーナは冷徹に勘違いだと告げる。
身体だけでなく頭脳まで老いたと言われ、良照は自分がこうなったことの理由が分かった気がする。
今更ながら、菱山家や五十嵐家を失い、王のジョセフを死に追いやったのが、自分の老いによる選択ミスによって起こったのだと考えるようになった。
そう考えると、完全に心を打ちのめされたのか、良照はその場へと座り込んでしまった。
「さようなら……」
「グフッ!」
心を折られ座り込んだ良照を見下ろし、良照が落とした刀を拾ったオリアーナは、別れの言葉をかけると躊躇なく良照の腹へ刀を突き刺した。
刺された良照はその場に倒れ、大量の血液が床へと流れる。
そして、そのまま良照は物言わぬ骸へと変わった。
「……長年の復讐が成功した感想はどうだ?」
「……何だか、重かった肩の荷が下りた気がするわ」
「そいつは良かった」
良照の死体を前に、オリアーナは無言で立ち尽くす。
そんなオリアーナに、重蔵は復讐を果たした感想を求めた。
その問いにオリアーナはほっとしたように答え笑みを浮かべる。
重浦も、それにつられるように笑みを浮かべた。
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