第107話 山動く
「な、何だ? 魔力が……」
限の魔力が膨れ上がったことに、後方から戦いを眺めていた光蔵は、目を見開きつつ呟く。
息を切らし、体力的にも限界に近いと思っていただけに、限の変化は完全に予想外だ。
「限、お前何を……」
驚いたのは奏太も同じだ。
父の光蔵と同じ表情で、限の変化に戸惑っている。
「何だ?」「どういうことだ?」
慌てているのは、戦っている五十嵐家の人間たちも同様だ。
戦いが始まって、かなりの多くの仲間が物言わぬ骸になり果てえいる。
菱山家のことも合わせ、仇を討つために戦い、あと少しで仕留めることができると思っていただけに、この変化は理解しがたいのだろう。
「気にするな。少し本気を出すことにしただけだ」
目の前で慌てている者たちに対し、限は笑みを浮かべて話す。
見た目は変わっていないが、魔力のみが膨れ上がっている状況。
これは、限が少し本気を出しただけだ。
「何!? これまで本気じゃなかったって事か?」
「……まぁ、その通りだな」
兵の1人の呟きに、限は少し間をおいて返答する。
本気といっても、全力を出すという意味ではないからだ。
「嘘を吐くな!」「この野郎!」
これだけの人数を相手にして、本気ではなかったという限。
そんな事が信じられず、敷島兵たちはまたも限へと攻めかかっていった。
「ハッ!!」
「ガッ!!」「ゴッ!!」
2人同時に襲い掛かった敷島兵の首が、限の振った刀によって斬り飛ばされる。
「バカな! 速い……」
「速度もだが、パワーまで上がっているぞ!」
あっさりと殺られた仲間を見て、敷島兵の者はまたも慌てる。
先程限に襲い掛かった2人は決して弱くない。
その証拠に、速度の上がった限の刀にちゃんと反応して、刀で受けようとしていた。
しかし、驚くことに、限はその刀ごと2人の首を刎ねたのだ。
防御が意味を成さなかったことを見せられ、彼らは限に近付くのを躊躇った。
「臆するな! 一撃に込める魔力が増えただけだ!」
「お、おうっ!」
防御が通用しないとなるとたしかに脅威だ。
しかし、それだけ限が攻撃に魔力を多く使用しているということだ。
体力が回復したわけではないのだから、これまでと同様の戦い方を続ければそのうち力尽きるはずだ。
その光蔵の指示を受け、敷島の兵たちは決死の覚悟を持ってまた限へと襲い掛かっていった。
『確かにそう思うだろうな。
光蔵が出した指示は、限の耳にも届いている。
その指示に、限は内心笑みを浮かべる。
何故なら、光蔵が自分の思った通りの反応をしてくれたからだ。
何も知らない光蔵が、そう考えたのは間違っていないだろう。
限の見た目が変わっていないのだから。
たしかに見た目は変わっていないが、実は現の肉体は変わっている
もちろん、それをわざわざ教えるようなことはせず、限は襲い掛かってくる敷島兵を迎え撃った。
「ハッ!!」
「ギャッ!!」「ぐわっ!!」
限との距離を詰めた敵たちは、刀を振り下ろし斬りかかる。
しかし、限はまるで豆腐を切るかのように、刀と敵を斬り裂いた。
「ハハッ!! 消耗戦が望みのようだが、残った人数で俺を倒すことができるかな?」
「…………っ!!」
返り血で全身を真っ赤に染めながら、限は三日月のように口の両端を釣り上げる。
その表情に、敷島の兵たちは唾を飲み込む。
体力は残り僅かのはずなのに、限はまだまだ余力があるような物言いだ。
今回の戦いで死を覚悟している。
しかし、それは敵を確実に仕留めるためのものだ。
そこまでしているというのに、段々と全滅という最悪の二文字が頭に浮かんできたため、このまま戦い続けて良いものかと、僅かに躊躇いが生まれてきたのだ。
「……俺が行く」
「えっ!? 父さん」
光蔵の目に、限へと襲い掛かる兵たちの動きが僅かに鈍ったように映る。
兵の半分を使用して体力を削り切ったと思ったところで、限の強さが更に増した。
このままでは、全滅するかもしれないと考えたからだろう。
その気持ちは分からなくはないが、全滅など決してあってはならない。
彼らの気持ちをもう一度奮い立たせるために、光蔵は自らが動くことを決断した。
父のその発言に、奏太が反応する。
限の強さを考えたら、要となる自分たちは少しでも弱らせてから動きべきだ。
それなのに、もう動く決断をした父の意図が理解できなかった。
「奴は強い。あれが元魔無しだというのだから、この世はおかしなものだな……」
「父さん……?」
腰に差した刀の鍔に手をかけ、光蔵は独り言のように呟く。
その呟きが、奏太には何故だか末期の言葉のように聞こえた。
「奏太。もしもの時は俺ごと殺せ!」
「なっ! そんなことできるわけ……」
「年寄り連中には、この戦いが始まる前に俺の考えは伝えてあるし、賛同も得ている。俺が死んだらお前が次の五十嵐家当主だ。当主には非情にならなければならないこともある」
奏太が感じた通りだったようだ。
光蔵は、相手の強さ次第では自分の命も捨てるつもりだったようだ。
それを聞いて、息子の奏太は受け入れられるわけがない。
驚きと共に反応する奏太の言葉を遮るように、光蔵は言葉を続けた。
「でも……」
「この場で奴を倒さなければ、死んでいった仲間に申し訳が立たん!」
言っていることは正しいが、それでも受け入れることができない。
そのため、奏太は尚も反論しようとするが、光蔵は息子に覚悟を決めさせるようにまたもそれを遮った。
最悪なのは自分たちが全滅すること。
菱山家と共に、ここで殺された者たちの仇を討つためには、確実に限を仕留めなければならない。
そのためには、光蔵は自分の命を懸ける決意をしたのだ。
「奴を倒しさえすれば、今回のことで斎藤家は外せる。そうなれば、お前は次期頭領になれる。頭領は素早い決断が必要だ。お前も覚悟を決めろ」
捨てられたと言っても、限は元々斎藤家。
斎藤家の人間によって、菱山家と多くの敷島の者たちが命を落としたのだ。
斎藤家はその責任を取るべきだ。
そうなれば、斎藤家の頭領候補の話は無しになり、残った五十嵐家が頭領の座を受け継ぐことになるはずだ。
厳しく見ても、奏太は敷島の中で最高の才能を持っている。
自分以上に頭領になるべき存在だ。
頭領になるのなら、そのための決断力を付けなければならない。
それがいまだと、光蔵は奏太に教えようとした。
「…………分かったよ。父さん……」
少し考え込み。奏太は光蔵の考えを理解したのか、父の指示を受け入れることにした。
その目は、決意と共に憂いを含んでいるように見える。
「行くぞ!」
「あぁ……」
息子が決断してくれたことを内心喜びつつも表情に出すことなく、光蔵は限に向かって動き出した。
もしもの時のことを考え、奏太もその後を追った。
「おぉ! ようやくお出ましか……」
大群を倒すには、その頭となる人間を仕留めればいい。
敷島の人間が、頭を潰されたからと言って止まるようなことはないとは思うが、少なからず動揺を与えることはできる。
そのため、限は光蔵たちの参戦を喜ぶように笑みを浮かべた。
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