第70話 撤退

「ガアァーー!!」


「くそっ!!」


 これまでの6本腕の魔物と似ていてるが、まるで変異種とでもいうような強力な魔物の出現に、敷島の者たちも手こずっていた。

 連携を取って攻撃しようにも、魔物の攻撃力を考えるとなかなか近付くことができない。

 時間をかければ、自陣の兵の指揮が下がり、帝国側が勢いづいてしまう。

 そうならないためにも、敷島の者たちの指揮を執る源斎は焦りを覚えていた。


「ハッ!!」


「ギャウ!!」


 変異種の他にも、先に姿を現した魔物を倒す必要がある。

 しかし、変異種を倒すにはかなりお人手を必要とするため、源斎はどちらを優先すべきか悩まされる。

 そんななか、奏太たち若い世代の者たちが動く。

 先に現れた魔物たちを、彼らが連携して倒したのだ。


「っ!! お前ら……」


「源斎殿! こちらは我らにお任せを!」


 変異種の相手をするほど自惚れていないが、先に出てきた魔物なら自分たち若い世代の者たちでも倒すことができるはずと考え、奏太たちは動いた。

 こちらの魔物を自分たちが倒せば、他の敷島の者たちが変異種の魔物の相手をすることができる。

 それを示すように魔斧を倒した奏太は、指揮官である源斎に変異種に集中することを求めた。


「……よし、頼んだぞ!」


 若い彼らは援護要員としての役割の強かった。

 しかし、そんな彼らもれっきとした敷島の人間。

 変異種はともかく、先に出てきた方の魔物を相手にする事はできる。

 有能な若い世代の奏太たちに任せ、源斎は変異種の相手をすることに決めた。


「接近は危険だ。魔法で攻撃しろ!」


「「「「「了解!」」」」」


 敷島の者は子供の頃から様々な武術を習う。

 その中には魔法の訓練も入っている。

 変異種の魔物の攻撃力を考えると近付くのは危険だ。

 そのため、源斎は離れた位置から攻撃することを指示し、敷島の者たちはそれに従い魔法攻撃へと移行した。


「ハッ!!」



 敷島の連中は、あくまでも武器などによる暗殺術がメインとなっていて、長距離からの狙撃という手段を用いる者もいるが、それが通用する相手は大抵たいしたことがない。

 それならば、接近して確実に仕留めるための技術を突き詰めるべきとして訓練を重ねている。

 だからといって魔法を疎かにしていない。

 今も、1人が変異種に向かって強力な水刃魔法を放った。


「ガッ!!」


「僅かだが効いている。続けて放て!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 変異種の魔物は、飛んできた魔法を躱そうとする。

 しかし、完全には避けきれず、僅かに腕に掠る。

 それを見た源斎は、危険な接近戦での勝利よりも、魔法による攻撃で倒すことを指示した。

 その指示により、敷島の者たちは魔法を連射し始めた。


「ガッ!! ガウッ!!」


「いいぞ! そのまま押し切れ!」


 飛んでくる魔法に対応できず、魔物はジワジワと弱り始める。

 それを見て、源斎は勝利する確信を得た。


「フフッ……」

 

 自分たちが作り出した変異種の魔物がやられそうになっているというのに、オリアーナは余裕の笑みを浮かべていた。


たった・・・1体に頑張ってるわね……」


 強力な魔物兵器を求めて作り出した変異種の魔物。

 その1体に対し、敷島の者たちが大勢で戦わなくてはならなくなっている。

 この状況が、を兼ねているということも知らず。


「どうやら成功のようだな?」


「えぇ、あの魔物ならアデマス王国の右腕と呼ばれた敷島の者たちにも通用するようです」


 ラクト帝国の伯爵であるクラレンスも、笑みを浮かべつつオリアーナへ話しかける。

 この状況に、満足しているようだ。

 それもそのはず、長年の脅威であったアデマス王国への対抗手段を手に入れたのだから。

 この生物兵器を完成させるまでに、多くの資金をつぎ込んできた甲斐があるというものだ。


「では、彼らにはこれまでの付けとして苦しんでもらいましょう」


「あぁ、そうしてくれ」


 これまで敷島の人間は、多くの人間に恐怖を与え、命を奪ってきた。

 それをいつまでも続けさせるわけにはいかない。

 自分たちも同じ目に遭う番だと分からせるために、オリアーナは他の研究員に合図を送った。






「グウゥ……」


「くそっ! しぶとい奴め!!」


 度重なる敷島の者たちからの魔法により、変異種の魔物は傷だらけになっていた。

 それでもなかなか倒れないことに、魔法を放つ敷島の者たちも辟易していた。

 他にもラクト帝国の兵を相手にしなければなないため、ここで余計な魔力を使い疲労している場合ではない。


「くらえ!!」


「ガッ!! ウゥ……」


 しぶとい変異種の魔物に対し、源斎も加わることにした。

 他の者たちのよりも、一段上の威力の魔法が魔物へと迫る。

 弱っていた魔物はその魔法を躱すことができず、胴体に直撃してバッサリと深い傷を負って前のめりに倒れていった。


「フゥ……、これで……」


 変異種のまものが倒れたのを確認して、源斎は一息を吐く。

 他の敷島の者たちにも、一瞬ほっとしたような雰囲気が流れた。


「「「「「ガアァーー!!」」」」」


「っっっ!!」


 敷島の者たちに流れた一瞬の安堵を全て払拭するように、戦場に大きな呻き声が響く。

 その声のした方へと目を向け、敷島の者たちはすぐに焦りの表情へと変わった。


「そんな……」


 目を向けた先から、先程倒した変異種と同様の魔物が数体こちらへ向かって来ていた。

 1体でも手こずったというのにそれ、それと同じものをこれほどまでに用意しているとは思わなかった。


「い、一時撤退!! 撤退しろ!!」


「「「「「了解!!」」」」」


 無謀な戦いは控えるのも指揮官の務め。

 あの魔物を、あの数相手にするには、一時撤退、そして敷島から援軍を呼び寄せる必要がある。

 そう判断した源斎は、敷島の者と共にアデマス兵にも撤退するように指示を出した。

 多くの者が一旦躊躇う素振りを見せたが、すぐにその指示に従い撤退を開始した。






「ハハッ! 敷島の者が逃げてるよ!」


 アデマス軍の撤退に、離れた場所で観戦していた限は思わず笑ってしまう。

 これまで限の中では、敷島の者たちの強さはもっと上にあると思っていた。

 しかし、人造兵器を相手に撤退を余儀なくされている。

 自分の中でいつの間にか過大評価していたのかもしれない。


「……戦いが終わってしまったようですが?」


「大丈夫だ。敷島の者がただ逃げ帰るわけがない。恐らく援軍を呼び寄せるはずだ。むしろ始末する人間が増えて良かったかもしれないな」


「そうですか」


 アデマス王国は、ある意味敷島の一族に頼っている部分がある。

 このまま逃げるようなことになれば、アデマス王国が負けることになる。

 そうなれば、敷島の者たちの地位も落ちるというもの。

 そうならないためにも、今回は一時撤退し援軍を呼び寄せるはずだ。

 オリアーナたちが作り出した人造兵器が思った以上に強いという意外性はあったが、敷島の者たちを始末するのが目的の一つである限にとって、むしろ好都合と言ったところだ。


「あんなのを作るために実験を繰り返していたのか……」


 もう1つの復讐相手であるオリアーナたち研究員。

 敷島の者を撤退させるだけの実力は脅威だが、そのために様々な生物を使って実験を繰り返してきたことは許せない。


「次に両軍がぶつかる時、俺たちも動くぞ」


「はい」


 次は多くの敷島の者たちと、人造兵器がぶつかり合うことだろう。

 その時に、参戦することにして、限たちはその場から移動したのだった。


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