第62話 新兵器

「アデマス王国とラクト帝国が戦争を?」


「あぁ」


 冒険者ギルドを出た限は、レラたちのいる宿屋へと戻った。

 ダンジョンを利用しての数日の訓練により、レラは疲労が溜まっている状態。

 その疲労を少しでも早く取るために、限が一人でギルドへ行って素材の換金に行ってきたのだ。

 借りている部屋に戻った限は、ギルドの職員から聞いた情報をレラへと話した。

 その情報を聞いたレラは、驚きの表情と共に問いかけてきた。


「では、北へと向かうのですね?」


 限の話を聞いた限りだと、戦争によって標的である研究員と敷島の連中が集まることになる。

 お互いが潰し合ってくれるなら、限の手間も省けるというもの。

 その情報が本当なら、戦争が始まる前に戦場付近へと向かい、機会を窺うのだとレラは考えた。


「……いや、違う」


「えっ?」


 てっきり戦場となる北へと向かうのかと思っていたが、限の返事にレラは困惑した。

 この機会を逃す手はないと思ったのだが、どういうことなのだろうか。


「小人のじいちゃんの言う通り、西へと向かう」


「西へですか?」


「あぁ」


 小人のじいちゃんというのは、研究所内で知り合った小人族のゼータの祖父のことだ。

 ゼータを故郷に送ったことによって、限たちの復讐の標的である研究員たちの居所を占ってくれた。

 それがここから西に行ったジグランデ地方だ。


「理由を窺っても良いですか?」


 限が西へ向かうというのなら、レラとしては反対するつもりはない。

 しかし、西へ向かう理由が知りたいため、レラは理由を問いかけた。


「ギルド職員が聞いた話だと、何らかの研究が完成したという話だった。恐らくはオリアーナたち研究員の人造生物の研究のことだろう」


「えぇ……」


 ギルドの職員やこの国の人間ですら知らないことだが、限やレラからすると敷島の連中を相手にできるような新兵器と言われて思いつくのは、オリアーナたちがおこなっていた研究のことしか思いつかない。


「しかし、もしかしたら新兵器って奴がオリアーナたち研究ではなく、他の兵器という可能性もある」


「……たしかにそうですね」


 ラクト帝国がアデマス王国を相手にするとなると、敷島の人間が問題になってくる。

 それをどうにかするために、もしかしたら人造生物以外の兵器を以前から開発していたという可能性もある。


「先に西へ向かって研究員の情報を得てからでも遅くないだろ?」


「なるほど……」


 もしも別の兵器なのだとしたら、北へ向かって戦争に介入して敷島を相手にした後、またこちらへと戻って来なければならなくなる。

 それでも構わないが、時間の無駄になる。

 戦争もすぐさま始まる訳でもないし、始まったとしても早々に勝敗が決着するわけでもない。

 なので、予定通り西へ向かって、研究員たちの情報を得て、それから北へ向かっても間に合うはずだ。


「もしかしたら、オリアーナたち研究員はまだ生物実験を繰り返しているという可能性もあるし、もしもその新兵器が人造生物だとしたら、研究結果はまだ研究所に残っているかもしれない。まずそれを叩き潰す」


「分かりました」


 可能性として、今回の戦争に使われるという新兵器がオリアーナたちの研究による人造生物だった場合、オリアーナたちなどの研究員の中でも上層部の人間は兵器と共に戦場へと向かっているだろう。

 もしも新兵器がオリアーナたちの研究していた人造生物出なかった場合、オリアーナたちは西にある可能性の高い研究所にまだいて、生物実験を続けているかもしれない。

 どちらであったとしても、研究所にはこれまでの実験結果が残っている可能性が高い。

 人に限らず、ありとあらゆる生物を物のように扱う実験なんて許容できるものではない。

 資料も実験をおこなってきた者たちも、根こそぎ始末してしまうことがこの世のためになる。

 そのため、限は研究所の破壊を目的として、西へと向かうことを提案したのだ。

 その理由が聞けたレラは、頷きをもって賛成した。


「てなわけで、西へ向かうぞ」


「了解しました!」


「ワウ!」「キュー!」


 研究員、それと研究資料に研究施設の破壊。

 それを果たすため、限は西へ行くことを決定した。

 その考えに、レラと限の従魔であるアルバとニールは賛成の声を上げたのだった。






◆◆◆◆◆


「ウフフ……」


「うっ……、うぅ……」


 アデマス王国とラクト帝国を分かつ国境地帯。

 その近くに陣取ったラクト軍の砦の一室に、オリアーナの姿があった。

 そして、その部屋にはオリアーナ以外にも3人の男が存在していた。

 男たちは全員虫の息で、1人が辛うじて声を漏らしている。

 ボロボロな3人を見て、オリアーナは愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。


「敷島の連中も嗅ぎ回っていたようだけど、下っ端のようね」


 オリアーナたち研究員上層部が新兵器と共に砦へと辿り着くと、アデマス王国の間者が嗅ぎ回り始めていた。

 それに気が付いたラクト帝国軍は、新兵器の実験代わりにオリアーナたちに間者を捕まえるように指示を出した。

 完成しての実戦は今回が初であるため、オリアーナたちはその指示を受け入れた。

 そして、実戦投入された新兵器によって、3人の間者が捕縛された。

 その捕縛した3人は、見た目や服装、持っている武器から敷島の人間だとすぐに判明した。

 間者とは言え、敷島の人間を相手にしても苦も無く捕縛したことに、ラクト軍の兵たちは喜びの声を上げた。

 オリアーナたちからすると、実験のつもりで動かした新兵器で敷島の人間を捕まえられたことに歓喜していた。

 新兵器を作り上げた研究員たちの共通目的が、敷島の人間の始末だったからだ。


「グルル……」


「あら? お腹が空いているの? 食事は少し前にあげたはずだけど……」


 ボロボロな敷島の人間を見て笑みを浮かべているオリアーナの側には、1体の生物が立っていた。

 外見だけだとゴブリンのようだが、ゴブリンとは全く違う肉体をしている。

 普通人間の子供くらいの身長のゴブリンとは違い、2mの身長で丸太のような足をしている。

 背中には魔法陣が刻み込まれており、従魔契約をされているようだ。

 どうやら3人を食料として見ているようで、その化け物は、敷島の3人を見て涎を垂らしている。


「仕方ないわね……」


 敷島の3人を見て、腹が空いたのかもしれない。

 あまり決めた時間外にを与えるのは良くないため、オリアーナは困ったように眉尻を下げた。


「……食べていいわよ」


「グルアッ!」


 この3人を捕まえたのは、この化け物の力によるものだ。

 時間外に食事を与えるのは控えたいところだが、指示を聞いた褒美として、オリアーナは特別に許可を出した。

 許可を得た化け物は、転がっている3人に向かって歩き始めた。


「グッ! グアァ……!!」


“バリッ! ボリッ!”


 食事は好きにさせようと、化け物に許可を出したオリアーナは部屋から出る。

 すると、部屋の中から悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 そして、その悲鳴が聞こえた後、何やら硬い物を噛み砕く音が聞こえてきた。


「この戦争で、敷島の者たちを何人殺せるかしら……」


 間者役の下っ端とは言え、苦も無く捕縛できた。

 実験結果は成功と言って良い。

 これで敷島の人間に目に物言わせることができる。

 そう考えると、笑みを我慢することができないオリアーナだった。


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