第9話 副産物

「……小屋?」


 地下の廃棄場内の暗闇の中を、限が作り出した光の球を頼りに進んで行くと、そこには小さいながらも小屋のような物が建っているのがレラの目に映った。

 何を材料にしているのか疑問に思えるが、その中は人が住むには最低限の家具が置かれていた。


「食い物とか言っても、魔物の肉しかないんだけどな」


 テーブルと椅子が置かれている所を見ると、ここで食事をしているのだろう。

 椅子に座るように言われたレラは、言われた通りに座って待っていると、火をつけた竈に鍋をかけ始めながら限が話し始める。

 鍋には干した肉を入れて出汁を取っているようだ。


「……あの?」


 限が肉と言ったことを聞いて、レラはなんとなく嫌な予感がした。

 そのため、その疑問を解消すべく限に問いかけることにした。


「……そのお肉というのは、もしかして……」


「んっ? ここに廃棄された魔物の肉だが?」


「ですよね……」


 限の口から出た答えは、予想通りのものだった。

 この地下にある肉と言ったら、それ以外の物しか存在していないのだから当然だ。


「まぁ、たしかに気分良くはないかもしれないけどな……」


 この廃棄場に落とされた生物は、大体が実験によって朽ち果てたものばかり。

 恨み辛みのこもった死体の肉を食べると言うのは、なんとなく気分が良くない。

 限自身もその気持ちは分からなくもない。


「でも、ここにいるなら慣れた方が良いぞ?」


 この地下にあるものと言えば、朽ちた実験体の死肉以外食べる物は存在していない。

 限自身も肉以外の物を口にすることなくこの3年を生き抜いてきたのだから。


「俺なんて何の肉だか分からない死肉を生のまま食らって生き延びたんだからな」


「っ!? し、死肉!?」


 限の発言にレラは目を見開く。

 地面が見えないほどにうずたかく積まれた生物たちの死体。

 当然ながら、中には腐った肉も混じっている。

 そんなものを食べて生き延びるなんて、限の生きるための執念を垣間見た気分になる。

 それと同時に、何故それで限が平気なのか疑問もわいてきた。


「あぁ……そうだ。ここに落とされた時の事を教えるって言ったけ?」


 出来上がった肉スープをレラの前に出した時、何か疑問に思う所があるような表情を察した限は、約束通りこの地下での生活のことを説明することにした。





「落とされた時の俺は目も見えないうえに手足もなかったから這いずることしかできなかった」


 お腹が空いていたからなのか、限の話に興味があったからなのか、レラはあっという間にスープを飲み終わった。

 そのレラに、限は当時のことを懐かしそうに話し始めた。

 しかし、その表情とは裏腹に、初っ端からヘビーな内容の話だった。


「この研究所の人間と、そこに送り込んだ親父をはじめとする一族の連中に、何の仕返しもしないまま死ぬのは俺には我慢できなかった。だから絶対に生き延びることを決意したんだが、何も食わなければ餓死する。かと言って目もほとんど見えないから、片っ端っからそこら辺に転がっている物を食べることにしたんだ」


「……………」


 手足もなく、目もよく見えない。

 しかも、会った時の限の言葉から、醜い化け物のような姿をしていた状態でこの廃棄場に落とされたとの事。

 そんな状態では、たしかに死肉を食らう以外餓死を免れる方法は無いだろう。

 その苦境を想像したレラは、黙って聞くしかなかった。


「ここに落とされて来るのは人間、魔物、動物の死肉だけ。当然中には腐っている物もあった。しかも、実験失敗で肉体が変異させられたにもかかわらず、何故だか味覚が普通に残ってやがって、何を食ってもまずいことまずいこと」


 腐っているのも混じった生肉を食べるなんて、考えただけでも寒気がしてくる。

 魔物の肉と分かった上で、しかも、雑とは言っても調理された物を食べられるだけでも今のレラには厚遇なのかもしれない。


「しかし、実験によって内臓まで変異が起きていたのか、腹を壊さないで済んだのはありがたかった。ここにいれば食料に困ることは無いし、実験をされることもないから天国のようだよ」


「すごい中を生き延びたのですね……」


「……まあな」


 普通生肉を食べるだけでも、肉体に何かしらの影響が起きてもおかしくない。

 しかし、肉体が変異していた限には何の影響も起きず、味に我慢さえすれば餓死することは無いことが分かったのは運が良かった。

 廃棄されて来る実験体は毎日のように落ちてくる。

 つまり、限にとってここは食料の心配をすることなく自由に生きられる空間となったのだ。

 死肉の匂いが蔓延するこんな空間が天国なんて、信じられない気持ちで一杯だが、それでも這いずることしかできなかった限がここまで生き延びてきたことに、レラは感心した。

 自分は、限に会わなければ餓死をして死ぬのを待っていたかもしれない。

 レラの感心したような言葉を聞いた限の方は、苦労を少し褒められた気がしたのか、少し自慢げな表情で返事をした。


「元々は魔力のない魔無しだったからきつかったな……」


 食事問題は解決した限だったが、問題はまだあった。

 生まれながら限にとっての呪いのような障害。

 先天性の無魔力症。

 それが化け物になった限にまたも襲い掛かってきた。

 まずはここから脱出するの目標にしたことで生きる活力を得たのはいいが、魔力が無くてはただの肉塊でしかない限。

 このままでは、ただここで生きているだけの存在でしかない。

 その現実に、折角得た活力が萎えそうだった。


「魔無し……? 聞いたことあります。極々まれに魔力を持たない子供が生まれる事があると……」


 聖女見習いだったレラは、見識を広めるために色々な町へ尋ねる事があった。

 時には他国へも派遣されることもあったが、その中でまだ若い少年が肉体労働をさせられているのを見たことがあった。

 それを疑問に思って司教に尋ねると、その少年は魔力が生まれながらに乏しく、親にも捨てられたところを商人に拾われたのだそうだ。

 その商人に仕事を与えられ、何とか生きていられるとのことだった。

 でなければ、魔力無しの人間は抵抗する力もなく、他の人間に搾取されて殺されるのが通常なのだそうだ。


「しかし……」


 限も魔力が無い状態だったと言われても、レラは信じられなかった。

 何故なら、この廃棄場に落とされた時の自分を、元に人間の姿に戻してもらった時にたしかに限は魔力を使用していた。

 しかも、かなり膨大な魔力だったことを考えると、限が魔無しだったというのはいまいちピンとこない。


「あぁ……、今は魔力を使っているって言いたいんだろ?」


「はい……」


 レラを回復した時もそうだが、現在も限は魔法で作った光の球を出したままでいる。

 それがあるので、レラも何とか限たちの姿を見ていられるが、それがなければ暗闇で何も見えない状態に戻るだろう。

 つまりは、魔力をずっと光の球へ補充しているということになる。

 光量からいって、そんなに魔力を使っているという訳ではないが、それでも魔無しにできる芸当ではない。

 それを言いたいレラに、限はその疑問を先んじて話始めた。


「答えは簡単だ。研究所の人体実験に耐えたことで、俺の肉体が変異していたってことだ」


「人体実験による副産物……ですか?」


「その通り! それによって、俺は人外染みた魔力を手に入れる事が出来たんだ」


 正常なのは味覚だけ。

 それ以外は実験によって体中が変異を起こした。

 目も耳も、手も足も、何もかも人としてのものとは違うものに変わり、ただの肉塊でしかないと思われた限の肉体だったが、元々とは違うということは魔力を扱う器官も変異を起こしているということだった。

 幼少期から無駄とは分りつつも、習慣として魔力を増幅させるための訓練である座禅は続けてきた。

 全身が醜くなっても、それをしないことには一日が始まらない気がして、座った体勢というわけではないが限はこの地下でもその訓練を続けていた。

 すると、自分の肉体の魔力が次第に増えてきていることが分かり、歓喜した。

 醜い姿と引き換えに、呪いだった魔無しの症状が無くなっていたからだ。

 レラの言う通り、副産物と言ってもいい。

 そして、レラの言葉に気を良くした限は、右手に膨大な魔力を集めて見せたのだった。


「あっ!? 悪い……」


 その魔力を見たレラは、あまりの魔力に当てられ、顔を青くして全身から冷や汗が噴き出た。

 従魔のアルバも、限の膨大な魔力に怯え、尻尾と体を丸めて蹲った。

 1人と1匹の反応を見て、こんな至近距離で見せるような魔力量ではなかったと反省した限は、すぐに魔力を抑えて謝ったのだった。


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