第7話 変異
“ザッ!!”“ザッ!!”
「………………」
光の入らない地下の廃棄施設で、何が自分の下へ迫ってきているのか分からないし、分かろうという思いもない。
何でも良いから、早く自分を殺してほしいと94番の女は生きるのを諦めている。
“ザッ!!”
足音がどんどん迫ってきて、とうとう自分の側でその音は止まった。
いよいよこれで死ぬことができる。
出来れば一思いに殺してほしいところだ。
そう思って、94番の女は目を閉じて殺されるのを待った。
「………………?」
しかし、死を待っているのにいつまで経っても何も起こらない。
何か起きたのかと疑問に思っていると、
「…………生きてるか?」
「っ!?」
側にいる生物から、いきなり声がかけられたのだった。
まさか話しかけられると思ってもいなかったため、94番は咄嗟に小さく声を漏らし、音が飛んできた方角へ顔を向けた。
「おぉ、動いた。生きてるな?」
94番の目には闇しか映らず、声を出している者の姿は全く見えないが、相手の方は違うようだ。
顔を動かしたことに反応してような口ぶりをしている。
「話せるか?」
「………あ…………う…」
94番が生きていることを確認したその者は、とりあえず話しかけてみる。
しかし、94番は実験によってまともに話す事が出来なくなっているらしく、声というより空気が漏れているといったような音が出るだけだ。
「無理か? まぁ、いいや。これから独り言を言うから聞いててくれ」
“コクッ!”
94番が話せないということを確認した何者かは、一方的に話すことにしたようだ。
それに対し、94番の女の方も僅かな頷きで返すしかできなかった。
「俺がここに落とされたのは3年前だ。研究所の奴らに徹底的に使い潰されて、人間としての面影ない程めちゃくちゃな状態で落とされたが、何とか生き残った」
「………………」
94番の女は、その者の言葉に内心唖然とする。
3年もの間この闇の中を生きてきたと言うことにも驚きだが、そもそも、どうやって生き残ったのかが疑問だ。
ここには何も食べる物がない。
何の飲食もなしに生き残ったということなのだろうか。
「お前も酷いが、今の姿からは……って言っても見えねえか? ともかく、お前以上にぐちゃぐちゃだったんだよ」
実験の失敗によって、自分でも人の姿をしていないと理解しているが、自分以上となるとどれほどの実験に晒されて来たのだと94番は背筋が冷える。
「研究員の奴らや、ここに送るようにした親父たち一族への恨みだけで何とか生き延びることができた」
どうやら、この者も何者かによってこの研究所へ連れて来られた口らしい。
口調からいって男性のようだが、とんでもない精神力の持ち主だ。
「研究員の奴らは気に入らないが、1つだけ感謝している事がある」
「……っ!?」
94番はその者の言葉に驚愕する。
こんな研究所に感謝なんて、この闇の中で生きているうちに頭がおかしくなったのではないだろうか。
人を人とも思わないような研究員ばかりで、彼女はとてもではないが感謝なんて出来ない。
「色々な実験によって、どういう訳だか特殊な体になっていた。それもあって今まで生きて来られたんだ」
なるほど、ここで生き残っている理由は、その特殊な体が理由になっているのだろう。
そう言った意味での感謝というのは分からなくもないが、結局この者は何が言いたいのか分からない。
「そこでお前に質問だ」
これまで少し軽い感じの話し方だったが、ここで一気に声のトーンが変わった。
どうやら、ここからが本題のようだ。
「生きたいか? 死にたいか?」
「………………」
簡単な2択だ。
94番はさっきまで死を覚悟していたのだ。
このままジワジワと空腹によって死んでいくという選択しかない今、殺してもらえるなら死を選択する。
「さっきも言ったが、俺は特殊な体質に変化していた。それを使えば、とりあえず見た目を普通の人間にしてやれるぞ」
「っ!?」
人の姿へ戻れる。
その言葉に、94番は心にざわめきが生じる。
こんな醜い姿で死を迎えることが一番悔いの残ることだったが、元に戻れるというのなら元に戻りたい。
「助かりたいか? 助かりたいなら手を伸ばせ!」
「………………!!」
本当に元に戻れるのだろうか。
もしかしたら、何かの罠かもしれない。
期待した所をどん底に落とす考えなのではないか。
そんな考えが浮かぶが、それで例えどうなろうと一度は諦めた命だ。
騙されたのなら、それはそれで仕方ないと諦めるしかない。
僅かな希望でも縋れるなら縋りたい。
これまでは希望なんてなかったのに、今では僅かでも希望があるのだから。
人の姿に戻るという希望に縋り、94番は言われた通りにひび割れた皮膚をした右腕をゆっくりと上げたのだった。
「よしっ! お前を助けてやろう!」
「…………あぁ……あ……」
94番が上げた手を、その者は握りしめる。
感触からいって普通の手だ。
その手から魔力が流れてくる。
すると、94番の体がビキビキと音をたて始めた。
それと共に、94番の体には痛みが走り、呻き声のような者が生まれる。
「あっ! 言い忘れたけど、ちょっと痛いから我慢してくれ」
「……がっ…………うっ……」
言うのが遅いと、94番は文句を言いたい。
しかし、痛みの方が勝り呻く事しか出来ない。
やはり、騙されたのかと怒りが湧いてくるが、それもすぐに治まっていった。
段々と痛みが引て来たのだ。
それと同時に、体がどんどんと軽くなっていくような気分になる。
「ゼェ、ゼェ……」
「………………」
94番の体の変化が完全に治まると、魔力を流していた者は相当な労力を消費したらしく、息を切らしたように呼吸を荒げる。
それに反して、94番は昔のように普通に立ち上がり、手足が自由に動くことに確認して驚いている。
「フゥ~……。どうだ? 元に戻ったろ?」
「えっ? あっ? 声が……元に戻ってる」
息を整えたその者の言葉に、94番は体の感触を確かめるのをやめて声がした方へ顔を向ける。
しかし、思わず出た声が元に戻っていることに気付き感動する。
「あぁ……、この闇の中じゃ何も見えないか?」
“ポッ!!”
その者の言う通り、この闇の中では体が完全に治ったかということは完全に確認はできない。
しかし、それを解決するように小さな光の球が上空に出現し、94番だけ真っ暗な闇から光に照らされる形になった。
「これで見れるだろ?」
たしかに、光の球に照らされている今なら、自分の姿が確認できる。
94番は、すぐに自分の体を見渡した。
「あっ……あぁ……」
醜く爛れた体中の皮膚が、昔のように普通の人間の皮膚へと戻っている。
それが目に入るたびに、94番の目からは大粒の涙が溢れ出てきた。
「どうやら大丈夫そうだな?」
その反応を見て、その者は安心したような言葉を漏らす。
そして、ゆっくりと94番に向かって近づいてきた。
闇の中から、少しずつその者の姿が94番を照らす光の下へと入ってくる。
そして、ボロボロと泣き崩れる94番の前に全貌が映し出された。
「…………神……様…………」
黒髪黒目、中肉中背、顔は多少童顔な感じで整ってはいるが、取り立てて特別な姿をしている様には見えない。
しかし、94番からしたら、回復薬や回復魔法でも治らないような醜い異形の姿から、普通の人間の姿に戻すという神のような行為を受けた。
元々、真面目に神へ仕える聖女を目指していた94番は、自分の肉体を変化させたこの者を神の使いだと錯覚してしまったようだ。
「神様? 俺はそんな高尚な者じゃねえよ」
神扱いされたことに戸惑いながら、その者は照れたように頭を掻く。
感謝されることを少しは期待していたが、さすがに神は言い過ぎだ。
「そう言えば名乗っていなかったな?」
その者は自分のことばかり話していたが、名乗るのを忘れていたことを思いだす。
「俺の名前は限だ」
そう、この地下で生き残っていた者とは限のことだった。
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