第3話 味方
「…………母さん」
祭壇が組み上がり、多くの花が周囲を飾られている中央に、いつもの笑顔をした母である葵の遺影が飾られている。
その前に置かれた棺の中に、綺麗な顔をした母が横になっている。
とてももう動かないとは思えないほどだ。
だからだろうか、悲しいのに何故か涙が出てこない。
頭では分かっていても、心が付いてきていないのかもしれない。
祭壇は立派だが、参列者は少ない。
それもそのはず、母は父の
つまり、限は頭領筆頭の斎藤家とは言っても妾の子だ。
父の才蔵は、自分の子だというのに限のことは何とも思っていない。
妾との間にできた子供が、何の役にも立たない魔無しだったためだ。
しかし、母である葵のことは愛していたらしく、祭壇が組まれた前で肩を落として遺影を眺めている。
12歳の誕生日が迫る数週間前に、限に起きた出来事だった。
「えっ?」
「聞こえなかったか? 耳まで使えん奴だな……」
母の葬式が終わり、初七日が過ぎていない時期に、限は珍しく父である重蔵に呼び出された。
斎藤の本宅へと向かうと、重蔵は限に向かって島から出て行く用意をするように言ってきた。
てっきりこれからは本宅で引き取られると思っていた限は、当てが外れて重蔵に聞き返す。
一度で理解しないことが気に入らないのか、重蔵は不愉快そうに限を睨みつけた。
「王国内に魔無しのお前を欲しがるもの好きがいた。頭領も了承したことだ。お前に拒否権はない」
「……かしこまりました」
その言葉に、限は少しだけ嬉しい気持ちになる。
追い出されるのは、当然のようにとても悲しい。
しかし、魔無しの自分が王国の役に立てるなんて、とても信じられない。
母の葵が生前言っていたように、本当に道が開けた気分だ。
父としても厄介払い先が見つかり、安堵しているように見える。
「……出て行くって、どこへですか?」
島民が島の外に出るのは、大体王家からの依頼があった時だけだ。
その場合、依頼に応じて向かう人間を編成するのだが、それ以外で島から出ることは認められていない。
そう言った者たちは、この島のエリートたちだ。
島から出れることに、限は自分も同じになれたようで、内心では嬉しい気持ちがする。
しかし、どこに行くのか分からないため、聞いてみることにした。
「明日の朝迎えにくる。それまでに荷物の整理をしておけ!」
「……わ、わかりました」
限の質問には答えるつもりがないらしく、重蔵は言いたい事だけを告げ、限が返事をするとすぐに部屋から出て行ってしまった。
どこへ行かされるのか分からないが、衣食住は用意されるらしい。
とりあえず誰もいない家へと帰った限は、持って行く荷物ををバッグに詰め始めた。
「奏多? 奈美子?」
翌日家を出て斎藤家の本宅へと向かう途中、奏太と奈美子が限の前に現れた。
「島から出て行くそうだな?」
「うん……、まぁね」
どうやら見送りに来てくれたようだ。
2人とは同い年で、小さい時ころは仲が良かった。
それがいつの間にか立場が全然変わってしまった。
限がいなくなって困る者もいないだろうし、まさか見送りに来てくれる者がいるなんて思わなかったので、素直に嬉しい。
「昨日父から聞いたわ。頭領の決めたことだから我慢してたけど、これで貴方との許嫁の関係も終わりね?」
「えっ?」
奏太はともかく、奈美子の方は見送りに来たと言う感じではなかった。
何だかすっきりしたような表情で、限との関係の解消のことを話してきた。
昨日重蔵からは何も言われていなかったので、いつか戻ってきた時に結婚させてもらえるのだろうかと思っていたのだが、どうやら考えが甘かったようだ。
頭領から、限を島の外へ出すにあたって、奈美子との婚約を解消するということが両家に伝えられたらしい。
「今言わないでいてやれよ」
「いいじゃない? これまで我慢したんだから」
どうやら奏太もその話を聞いたらしく、島から出て行くのに落ち込ませる奈美子の容赦のなさに少し引いている。
限が薄々分かっていたが、やはり奈美子はこの婚約を納得していなかったようだ。
突き放すような冷たい目で、奈美子は鬱憤を晴らすように限へ言葉を投げかけてきた。
「そうそう、私は奏多の許嫁になることに決まったから!」
「っ!? そうか……良かったね……」
婚約破棄で奈美子に迷惑をかけたと思い謝ろうとしたが、次の台詞で限は驚く。
2人は同年代で飛びぬけた実力の持ち主。
限は奈美子が奏太へ向ける視線が他とは違う気がしていたが、どうやら2人は思い合っていたようだ。
それ程ショックは受けていないが、ちょっと複雑な感情が湧いた限は2人を祝福する。
「本当よ! 私があんたみたいな魔なしの許嫁だったのがおかしかったのよ! この島で私に相応しいのは奏多。そして奏多に相応しいのは私。当たり前のとこにおさまったってところね?」
「そ、そういうわけだ。じゃあ、頑張れよ」
限の許嫁だったことが相当不愉快だったらしく、奈美子はガンガン文句を付けてきた。
いつも冷静な奏太ですら若干引くほどだ。
「……………………」
2人はただ、もう自分とは無関係だということを伝えに来ただけのようだ。
最近では仲が良いとは言えなくなったとは言え、去っていく2人の背中を見ていると限は何も言えなくなってしまった。
「行くか……」
いつまでも固まっている訳にもいかない。
父を待たせてはいけないので、限は待ち合わせの場所へと急いだのだった。
「おいっ! 来たぞ!」
「はい!」
声をかけられ、限は返事をする。
そして、父の指さした方向を見ると、数人の男女がこっちへと向かって歩いてきた。
「あなたがゲン君ね。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
先頭に立つ女性が代表らしく、限に向かって握手を求めてきた。
名前をオリアーナというらしく、背が高く、プロポーションも整った綺麗な金髪ロングの美人だ。
握手に応じた限は、その美しさに少し見とれてしまう。
少し前に婚約破棄を喜ばれたショックはどこへ行ったのだろうか。
「それでは重蔵様、彼は私たちがお預かりします」
「よろしく……」
オリアーナに渡せればもう用がないのか、重蔵はそのまま背を向けて家へと戻っていってしまった。
血を分けた子供との別れを、ここまであっさりと済ませるなんて、それほどまでに限の存在が邪魔だったのだろうか。
「……結局、名前を呼んでもらえなかったな……」
ここからはオリアーナの指示に従うことになり、限は言われるまま付いて行った。
そのまま島の港へ向かっている途中、限は先程の重蔵との別れのことを思いだしていた。
魔無しと分かり興味を失った重蔵は、限のことを名前で呼ぶことがなかった。
せめて別れの時くらいは言ってもらいたかったが、どうやら期待して損したようだ。
船に乗り、限はこれからの生活がどうなるのか楽しみにしながら、海上に広がる景色を眺めた。
これから始まる地獄が待っているとも知らずに……。
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