第十九話『在りえない、知りえない』(前編・その3)
そして、その親権者のおばさんをさしおいて、よりにもよって、部活で数えるほどしか会ったことのない私なんかを、知弥子さんは接見相手に指定して来たという点でも、もう色々とアレだ。
……ソレ、良いの?
親権者から委任状を渡されたとはいえ、知弥子さん本人が指定して来たとはいえ、どうしてもそれは納得できない。
知弥子さんは私の何を期待しているんだろう?
推理力……? まさか。
私の推理力を、探偵舎の中で一番軽んじて見ているのは知弥子さんだというのに。ある意味では、それは他の先輩たちから過剰に期待されがちな私には有り難くもあり、そして、ちょっとだけ悔しくもあるのだけど。
透明なアクリル板に穴の開いた、映画やドラマで見る面会室のような場所に案内されるかと思っていたけど、通されたここは、普通の談話室のような部屋だった。
壁際には、ありふれた事務用のスチール机に椅子、部屋の真ん中には低いテーブルと革張りの長椅子。
そして、そこに差し向かいになるように座り、知弥子さんと対面。
部屋に通す時にはお手にロープでもかけてあったのかもしれないけど、当然、ここでは手錠のような物すらかけられていない。
婦警さんが何人かいて、男性の警官もたぶん扉の向こうにはいるのだろう。
これといって私たちの会話に口を挟むこともないかわりに、彼女たちはジッとこちらの様子を見ている。
正直、居心地は悪い。
知弥子さんは、黒のトレーナーの上下を着ている。捕まった夜に差し入れられた私服らしい。……何か、見慣れた制服姿と違うので、ちょっと異様だ。
いや、既視感はないでもないけど……?
黒革のライダースーツ以外では、あとは……あぁ、これに防弾防刃ベストと目抜き帽を被せたら
……思い出したくない。
「思ったより自由なんですね……」
ヘタすると、暴れまわって拘束具やフェイスガードでもつけられて、柱に縛られているんじゃないかって思ったのに。
いや、幾ら知弥子さんでも、そこまでムチャなことはしないか。……十分ありえるとも思えちゃうけど。
「そこに勝算がある」
一瞬、知弥子さんの口の端が笑ったように見えた。気のせい……かな?
「あの……知弥子さんの家の事情に口を挟む気はないですけど、あまりおばさんに迷惑かけちゃダメですよ」
「別に迷惑はかけてない。だいたい私は、どー考えても巻き込まれただけと考えられる」
「……まだ、何ともいえませんけど」
っていうか、この状況で迷惑をかけてないと思える神経がすごい。
「そう。その『何ともいえない』が巴の正直な答のはず。『信じてます』は虚礼だな。判断に必要な材料や視点の欠如にあるからともいえる」
「虚礼ってわけじゃ……」
「そして、必要な情報さえ与えればお前は十分な働きをしてくれるだろう。単純に推理力なら香織以上だ。だから、お前に託す。さっさと解決して、私をここから出すべきだ」
「だ、だからぁ!」
ムチャだって!
警察で調べてわからないようなことが、私にどうにかなるワケないし。
そもそも、知弥子さんだって本当は私の推理力なんてそう期待しちゃいないはずでしょうに。どっちが虚礼なんだか……。
「……目的が見えません。何かの時間稼ぎなんでしょうか?」
「時間ならさんざんドブに捨てた。機を伺っているのは確かだな。まあ、そこはどうでも良い。弁護士に頼むべき枠をはずして、わざわざ巴に接見交通権を指定した意味を考えろ」
そう。
そのせいで、さんざんさんざん警察の人にアレコレ訊かれて、調べられて、難しい話をする書士さんや担当官の人たちに、次々と色々読まされたり聞かされたりで、すっかり私は目が回っていたのだった。
そもそも、親族でもない中一の女の子に接見なんて、まともな状況だったらさせてもらえるわけないじゃないの。フツー。ありえないって!
「たのむべき枠を外して、って……。うさん臭いから弁護士には頼まないって今いったばかりじゃないですか! ……ああ、おばさんと面会拒否したのも、それが目的ですね? ……あ、わかりました。取調べに対しても、ずっと黙秘してたんだ」
「あたりまえだ。やってもないのにやったといえるか」
大人でも
ともかくこの人は、根気勝負の取り調べ捜査官相手に徹底的に黙秘して、
「とにかく、捜査が進めばきっと無実の証拠だって出ますよ。だいたい、犯人じゃないなら……」
「だから、そこは微妙だ。被害者はナイフが刺さって倒れていた。どれどれ、と思って引き抜いて……」
「なんで引き抜くんですか! 現場の保全って一番重要じゃないですか!」
「血の凝固具合で死後何時間かわかる。どうせ指紋なんて残ってないだろ。一応用心のために凶器はハンカチで握ったが」
ハンカチ握ってたの見られて、指紋が出ないなら余計にダメじゃん!
「まあ所持品の財布やパスケースは調べる際に直に触ったから、そっちは仕方ない。ところが、抜いたら血ィ出てな。驚いた」
「驚くならもっと前の段階ででしょう!?」
「だからあの出血で絶命したなら、ある意味、死因は私だから。文句はいえない。可哀想なことをした。致命傷だから遅かれ早かれ死んでいたとしても。余命三〇秒が0秒になった程度とはいえ、若干は気にやむぞ」
若干て。
「だから、なんで……」
「わかる。死体なら、さんざん見て来た」
「…………」
それ以上は、もう、怖くて訊けない。
知弥子さんは「巴は私を知っているからだ」といったけど、やっぱり私は知弥子さんのことは何一つ知らない。理解してない。
わからない相手をどう信用すればいいのだろう。
It can't be どころかUnbelievableな人だもの。
そして今、新たに一つ知ったこと、気になることといえば……。
「雇われて、って……」
「ん?」
「おばさん、誰かに雇われて、知弥子さんの世話をしてるんですか?」
「ああ。やくざにな。いや、元やくざか」
「……えーとー」
アンビリーバブル。いや、
「私とは本来、いっさい無関係な男だ。天涯孤独な私に情が移ったらしい。で、どうやら私を養子にしたかったみたいだが……」
「断ったんですか」
「うむ。孤児院でもどこでも行くつもりだった。独りでいたかった。だが、まあ余計なお節介でな。私も私で、こんな生活を受け入れてしまった。感謝はすべきだろうが、色々と困ったものだ」
……どういった生い立ちなんだろうか。
もう、それ以上深い話なんて一切聞きたくない感じもする。
知らないで良いことはある。
知られないで過ごしたいことはある。
知弥子さんは、……どうなんだろう。
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