第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(後編・その6)
あの、
何なんだ、それ。
物語か何かから抜け出して来たように、幾ら何でも非現実的だ。田舎じゃ今でも時折みかける、ボンカレーのおばちゃんやオロCの大村崑がヒョイと錆びた看板から抜け出てきて「やぁやぁ」って話しかけてくるようなもんじゃないかよ。
いや、そこまで友好的でもねーか。
そして、この状況……なにそれ。非現実にもほどがある。
これ、どうすればいい?
女の子の危機だぞ!?
オレに……俺に何が?
「……そ、その子を、……は、離せッ!」
なけなしの勇気を絞って、かろうじて。震えながら。
何とか、その言葉だけが俺の喉から出せた。
情けない声だ。みっともねェ。
「う、うるせえガキども! いっ、いいか、黙って、ゆっ、床にふせろッ!」
このオッサンだって、声は震えている。
とはいえ、目がヤバい。正気の人間の目じゃねえ、何をしでかすかわからない。
人質をとられてたんじゃ、俺たちだって何もできやしない。
いや、とられてなくても……きっと何もできないだろうけど。
俺らに、この状況、一体何ができる?
何も……? 何もできないのか?
おいおいおい、何だよそれ、何だよ俺っ!
畜生ッ! クソッ!!
脚がガクガクする。肩が震える。
まるで漫画なそんな状況、ありっこない非常識の非現実、夢にまでみた「異常な状況」だっつーのによ!?
何も、できない。
嗚呼、クソっ……! 普段居るとも思ってないし、都合の良い時だけ祈ったり願ったりするけどよ、でも、……嗚呼、神様!!
今更後悔したって始まらない、凡夫で凡人で、何の努力もして来なかった俺に、今さら唐突に何か奇跡の力が降りてきて、ヒーローさながら、この女の子たちをビシっとカッコ良く助けられるなんてことは、どー考えたってありはしない、ありっこない。
ンなのは、わかってる!
わかってるけど、でもッ!
……どうにかなんねーのかッ神様! 仏様!
どうにもできねーのか俺様ッ!!
なんでなんだ?
なんで、俺ってここまで非力なんだ?
無力だ。役立たずのゴミ屑じゃねか!
……クソっ!
後悔した。反省した。でも、今更そんなこと思ったって間に合うわけもねー。今、俺ん中にあるのは恐怖でも怖じ気づきでもない。そりゃあちょっとは恐いさ! でも、逃げるとか悲鳴をあげるとか震え上がるとか、そんな臆病風は今の俺の中のどこにもない。
ヘタレでビビリの俺なのに。あぁ、そうだよヘタレだよ! ビビリだよ! でも!
何故、俺には今、この状況を「
「こ、こらァくそがッ! 床に伏せろっつっただろガキがァ!」
……うるせぇ。命令すんな。
「人質を刺して殺せばその女はもう無価値だろう。あたまが悪いな」
抑揚もなく、ぼそっと。知弥子という女は、何ひとつ口調も態度も変わらない。
いやいやいや、ちょっと、アンタ!
「ここのへたれの坊主五人、そのナイフ一本で全員殺して無傷のまま逃げおおせるだけの体力が、お前にあるか」
おい、挑発すんなよ、オイっ!!
「ち、知弥子さん……」
「お、おめー何考えてんだよ!」
「そ、そーだぞ、この女がどーなっても良いってのかよ、クソがァ!」
おい、ちょっと待て、なんで犯人と俺が同意してんだよこれ!
そりゃ、確かに男子高校生五人、まとめて束でかかりゃ、暴漢一人とり押さえるくらいはできるさ。できる……よな? でも、刃物もってんだぞ? 人質もいんだぞ?
……人質がいなくても、もう刃物もってるだけで抗うの無理だけど!
「あ、あのさァ……」
ガクガク震えながら、それでも、俺は犯人に向き直る。でけえ。こんな男が隠れていられるスペースなんて、やっぱどこにもねえ。
ありえねぇ。でも、ここに「
いや、そんなの今更考えてる場合じゃねえ。
「……い、いまならまだ間に合うだろ。殺人未遂、いや、傷害と未遂罪なら、人殺しよりゃマシだろ? あ、あんた、
何いってんだよ俺、説得? できるわけもねーだろ俺に、世間知らずのガキに!
だいたいポスター剥がされてたじゃん。もしかしてひょっとすると、もう時効か?
だからノコノコ出てきたってわけか?
だとすると、相当バカなんじゃねえかこのオヤジも。
引っ込んでおとなしくしてろよ!
「たりめーなコトいうんじゃねーぞガキ! こちとらもうオッサンどころかジジイなんだよ! おめーらと違ってなァ、もう、なーんも未来なんてねえんだよ、やり直しなんて効かねェんだよ! 懲役なんざ喰らったらもう、檻ン中で老衰するっきゃねーんだよクソァ!」
「だ、だったら尚更……」
……だめだ。
俺には、この男に何もいえない。
いえるわけがない。
甘ったれてるガキの俺に。
……クソっ、何ひとつ上手いアイディアなんてひらめかねェ、思いつかねぇ。
こんな時なんだぞ!?
どうにかできないのかよ、俺!
……無理だ。
物語の主人公のように、そんなヒロイックな活躍なんて。機転をきかせて一発大逆転、ピンチからチャンスになんて、俺ごときにできるわけがない。世の中そうそう、上手いこと行くワケがない。
そうやって、世をスネて生きてきたんだ。
ずーっとな。もう、随分の間、そうやって。何度となく挫折して、舌打ちしながら小馬鹿にして、所詮世の中そんなもんよって納得して。
あぁ。そうやって、皮肉と嫌味と諦観で、逃げ続けて来たんだよ!
ゆらり。なのに、一歩、足を進める。
「だ、だーから近づくなっつってんだろクソガキがァ!」
「あ、あのさぁ……!」
何を……何をいえば良いって?
だから、思いつかねぇんだよ!
どうして良いのかすら!
……でも!
男は、香織の首を太い左腕でがっちり押さえつけたまま、右手に持ったナイフを俺の方に向ける。刃先がギラリと輝き、身が
「く、来んじゃねーってんだろガキィ!」
「チェックメイト」
抑揚のない声で、無表情なまま知弥子がそう口にした。
その表情には、一切心配した様子はなかった。いや、そもそもこの女の表情は徹頭徹尾首尾一貫、一切なにも変わらない。
……何だ、この女!?
友人が目の前で、こんな目にあってるってのに、何て態度なんだ、これ!?
「香織、遊ぶな。そいつが可哀想だ。さっさとケリをつけろ」
「……相手は刃物を持ってるのよ?」
意外なほど、冷静で気丈な声で香織はそういった。
「長モノじゃあるまいし。何倍段とかはゼロレンジじゃ意味をなさない」
「あなたに何か心配して貰えるなんて思ってもいないけど……ふぅ」
何だか諦めたような表情を一瞬見せて、
タンっ!
強烈な一本背負いで香織は暴漢を投げ飛ばした。
「ほらな」
「…………」
なにそれ。
今日という日は、最悪にどうしようもなく何から何までひっくり返された一日だった。
正直、わけがわからない。
「さすがの香織も、首に刃物を押し当てられてたんじゃどうにもできなかったからな。上手い具合にこの無個性坊主が挑発してくれた。1ミリくらいは役に立ったか」
……うるせぇよ。
役に立った? 違うよ。
ビビってて、何をして良いのかわかんなくて、でも……。
バカだから、「
「……で、このオッサンが神父をブン殴った犯人……なのか?」
床にのびたオッサンをのぞき込む。完全に口から白い泡を吹いていた。受け身すらとれないで投げられたんじゃな……。
「いや、便乗犯だな。しかし面倒だから、この際、犯人にしても良いかもな」
な、何それ?
「神父次第って話。真犯人は……いや、いいか。強いていうなら『
逃げねえよ。
っていうか、逃げられねーよ。
今日という日は、どうにも普通じゃない女の子たちの前で、改めて自分たちが只の凡夫であることを思い知らされた。
このオッサンがひっくり返されたように、俺の中にある物も、何かが色々、ひっくり返されたような気がした。
だからといって……そうだな、何か一皮むけたわけでもないか。劇的回心なんてあるでもないさ。ただ、「己が無力さ」に痛いほど向き合わされた。
……ボーイ・ミーツ・ガール?
違うよ。
何だよこの娘ら? 何か違う生き物だぜ、まったく!
例えるなら、異次元生物との未知との遭遇だ。情けなさと無力さと、そしてどうにもできない脱力感から、自然に苦笑がこぼれた。1ミリ分でも褒められたことが、逆に
独り
「ふん、ボーイズ・ミーツ・ガールズ? 冗談じゃない。私らがここで出会ったのは、ただのボーズだけだ」
ぎゃふん。
fin
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます