第十五話『Moppet's Detective』(後編・その3)


「いぁ、殺害なんて限んないじゃん。ソレを行うにはまず前後不覚状態にしなきゃいけないし、大の男を背負って運ぶには腕力も手間もかかり過ぎる。そのリスクに見合うリターンがあるようにも思えないし、ぼくちんは事故だと思うね」


 茄子菜はてきとうな調子でまぜっかえす。さっき竹馬で背負ってとかいってたのはどこの誰だよ!

 茲子さんは、じっと茄子菜を見つめて、反論の口を開く。……茄子菜には、視線をあわせるんだ。


「前後不覚に『』なら、事故じゃないよね。運び込むとか考えなければ、それこそ、この小屋に誘い出してからでも成立するじゃない。そもそも、この密室状況が先生個人の独力でできるものだと思う?」

「う~ん、まァ確かに第三者の介在なしには考えにくい状況かもって、ぼくだって思うさ」

「第三者の介入する『事故』?」

「んー、ホラさぁ、私らチビっこにさぁ、オトナの事情なんてわっかんねぇジャン?」


 滝元先生は三十一歳の男性教師で、私たちはこれまで授業を受けたことはない。

 それくらいの年代の男性なら、金銭トラブルなり愛憎問題なり、身辺に色々あったかも知れないけど……事件に巻き込まれるような事情なんて、わかんないよね。


「オトナだったら、飲んだ飲まれたとかで前後不覚とかもあるじゃない、気づいたらハチ公前で衆目の面前、下半身裸でカーネルサンダース相手にまたがって腰振ってたとか、そんな珍奇な行動に出たって珍しかないさ」

「珍しすぎです」


 一応、突っ込む。


「行動の不自然を材料なしに追求は難しい、そもそも材料があったって、人がどう動くかはわかんないんだ。計画的にイケるとも限らない。それを支配するのは神の領域よ」

「つまり誰か第三者の意志が介在し、計画的な何かがあろうとも、人為的事故。そういいたいの」


 ……ええと。


 だめだ、私じゃ、突っ込みきれない。

 二人の話が、ついていけない次元に入ってる。


「そこまではいってない。たださ、動機あてクイズなんて超ツマンネェしさ。そんなのぁ警察の仕事じゃん探偵のやるこっちゃネぇっぺよ。なぁ?」


 ……まーねー。そこは、わかる。


「落としの名手の刑事がカツ丼食わせて訊く仕事ですよね、それ」


 私もテキトーな相づちをうつ。


「なんでカツ丼なんだろ」


 真剣なまなざしで茄子菜は私をにらむ。

 知るか!


「いや、それって重要だよ。トンカツとライスをスチール机に並べて詰問してる絵を想像してみると……」


 無表情に茲子さんがそうつけ加える。

 ……なんか。えーと。


「想像すると、ひどい絵だな」

「みそ汁が欲しいよね」


 いや、そんな問題じゃなくて!


「いや待ちたまへ、この場合、カツの卵とじでなければならないのではないかね?」

「私にとってカツ丼といえば丼めしに刻んだキャベツを乗せて、その上に切ったトンカツとデミグラ、かな」

「それ邪道! ありえない! 人として!」


 ……茄子菜たちが一体どこまでマジメでどこまでフザけているのか、私にはいまだにサッパリわからない。

 スイッチングのタイミングもわからない。

 もっとハッキリいうなら、ついて行けてない。


 茲子さんは転校初日から茄子菜と意気投合して、まるで生まれた時からの大親友みたいにしてる。

 茲子さんと茄子菜は、本当に良いコンビに見える。

 どっちも、かなりフツーじゃない、私なんかには計り知れない女の子なんだから、無理もないことだけど。

 ソヨカさんにしても、茄子菜とは幼稚園の頃からのつきあいで、竹馬の友って間柄だ。忌憚なくお互いズバズバ罵倒し合えるのも、共に積み重ねた時間の長さ故だろう。

 ようするに、私だけ普通で平凡な、ごく浅い付き合いの相手ってことかも知れない。 ホラ、いまだにこうして、茲子さんとソヨカさんには「さん」づけで話しかけている。それは、自分でも自覚はしてるけど……。


「で、巴っちはどう?」

「え。はいっ?」


 あわてて、視線をあげる。

 ちょっと油断すると、私はぼーっと考えごとばかりををしてしまうんだ……。


「他人様の考えてるコトなんてさ、本人に聞かなきゃワカンネ。聞いてもわかんないこともあるし、ウソしかいわないこともあるさ。だよね?」

「……ですよね」

「例外もある」


 え?


「考えの類推、思考の推定。滝元先生の人となりとか知らんけどさ、何考えてるのかもわかんないけど、でも『わかる』コトはあるって話。これは君の領分じゃね?」

「え? いや、何を……」

「殺されかねない理由ってのもあったかも知れない、なかったかも知れない。でもさ、だったら場所と時は選ぶよ」

「……つまり、ええっと。心理の推察……?」


 茄子菜ったら、何を難しいコトを……。


「行動心理学の分野は、ぼくちんの得意とする所じゃないけどさ。こーゆーのは巴っちょが超得意だ」

「え、わ、私?」


 ぎょっとする私に、茄子菜はまっすぐ視線をあわせる。


「前にもいったよね。潜り込み、掴み、引き上げる才能、それは私には無いの。わたくし様ちゃんは、どうしてもおかしなコトしか考えられないように出来てるから」


 それはそうだ。


「探偵としてのぼくのスタンスは『』なんだ。巴の才能は、むしろプロファイラーかな」

「巴さんには、見えないものが見えるの?」


 茲子さんが少し楽しそうな目をしている。


「……ないですよ、そんな才能なんて」

「でもキミがいなければ……」


 少しいいよどんで、茄子菜はまた口を開く。


「殺人鬼の事件は止められなかった」

「え?」


 覚えがない。

 去年、茄子菜がバカな探偵ごっこをしている時に、少しだけゴッコにつきあわされたけど……。


「そうなんだ。じゃあ、あの事件を解決したのって、巴さんなんだ」

「ちょ、あの、何のことです?」


 聞いてない。


 去年、この街で、県内で、広域な連続殺人事件がおきた。


 死体の一つはこの学校の裏庭で見つかった。それは、本当に最悪な事件。そして、その犯人は最期には射殺されたと聞いている。


「ええっと……去年の事件と、この事件には、何の関係もないでしょう?」

「あたりまえじゃん」

「あったら大変だよね」

「でも……その……」


 茄子菜に『ひみつ推理ちょうさ手帳』ってメモを見せられて、色々テキトーなアドバイスをした覚えは、ほんのりとある。

 いや、覚えてはいないかも。


 ……そう、覚えたくなかったんだ。


 あんな酷くて陰惨な事件のことは、とっとと忘れてしまいたかった。


「もし、そうなら……」


 茲子さんが、珍しく感情を顔に──やさしい微笑みを、浮かべる……。いつもの不機嫌そうで、半目開きのままの無表情とは、まったくちがう表情。少し、ドキリとする。


 その視線が、私を真芯に捉える。

 ――茲子さんが、はじめて、私にまっすぐ視線をあわせた。


「私、巴さんには『復讐』をしないとね」

「……は?」


 トンカチでガツン! と頭を殴られたような気分。


 な、なんで?


 ど、……どうして???


 動揺する私を尻目に、茄子菜は早口で違うことを口にした。


「こう考えてみよう。学校で事件を起こすメリットって、ナニ?」

「……な、ないですね」

「そこでしか何かをするチャンスがなかった、ってケース以外には、学校という場所じたいに怨恨なり呪術的意味合いがあるかじゃなきゃ、ナンセンスだよね」


 即、茲子さんが付け加える。ええっと。

 だ、ダメだ。まだ動揺してる……。


「ハイ、怨恨や呪術は忘れよう! 私らは探偵! 悪魔祓いや拝み屋じゃないんだ」

「じゃあ『何か』が何かだね。……密室状況を作り出すチャンス?」

「それは結果だから目的じゃない。密室であることに、犯罪行為を行おうとする立場なら利点も必然性も見いだせないよ。捜査のかく乱にもなんない、そこに目をとらわれちゃダメだ」


 これは、茄子菜のいってた『社会人としての常識』の問題。

 警察だってバカじゃないんだし、大抵の密室状況は、確かに科学捜査の前じゃ無力だと思う。むしろ、表から南京錠なんてかかっていなければ普通に自殺として処理され得るんだから、意味がない(っていうか、それだったらカギをかけるのって、内側からだよね……)。





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