第十三話『殺戮天使』(後編・その3)



 犯罪者が罪を告白して自死する……不正の関与とか、良心の呵責とか、躁鬱病の躁転状態とか、まあそういった例は俺だって聞いたことはある。

 酩酊して「何かを告白したつもりの滅茶苦茶な内容の遺書」を遺し、自殺するケースだって珍しくはない。前世紀末だったか、有名な映画監督が、そんな阿呆な死に方をしたと聞いた。もっとも、その死の原因にはいまだにネットその他で真偽が論議されるほど、納得のいかない物だったが。

 何にせよ、告白内容やその手段といい、こんな自殺方法を計画たてて用意するタイプの犯罪者か? ……ってなると、確かに首をかしげる所もあるだろう。

 もっとも俺は「舞台の裏側からそれを見ていた」ような物だから、その不自然さに最初から気づけているわけだが。

 世間は、どうなんだろう。マスコミの報道には、一切疑問視する向きはなかった。

 匿名掲示板なんかも口汚く先輩達やその遺族を罵る内容ばかりで、死の不自然さを疑うような書き込みも、ほぼ見かけなかった。

 馬鹿どもの大好物「隠謀説」を吹聴しようにも、安土の親の失脚目当てなら単に暴露で済む話。そして暴露して死んでたんじゃ「口封じ」ですらない。得をする奴が居なさ過ぎる。

 ……そう。縁故も利害も発生しない所で、まして衝動殺人でも快楽目的でもなく殺人リスクを冒すような奴が居ると考える方がそもそもどうかしてるんだ。

 知弥子は手にした紙束をペラリとめくり、一枚の写真を取りだした。何かのカタログからプリントアウトした物か。黒々とした四角いカタマリで、パっと目何が何だか判らない。


「これが事件で使われた物と同型。このタイプの高出力スタンガンも、輸入品を抜け道的にネット通販で売ってる所がある。ちょいと改造するだけで経産省の基準値を軽く上回る危険物だ。事件の二週間前に宇木……一番の下っぱだな、こいつが購入してる。メール便で、配送の指定時間こそないが、区域の配達順をみればまず午前に投函だろう」

「……それが、何か?」

「郵便受けに突っ込まれる。セキュリティもない旧式のアパート。振込みはATMから。大学生なら、平日午前に部屋でゴロゴロもあるかもしれないが、いってみればこんなのは暇人なら誰でも横からかすめ盗れる」

「なるほど……宇木の名前と住所、生活パターンさえ知っていれば……だな」

「加えて、登録した捨てメアドに発送通知と追跡番号は送られる。投函予定日と大まかな時間は、注文者には事前にわかる」


 ……周到だな。

 それに、宇木がいつ授業に出るか、どの日をサボっているか、そんな所までわからないにせよ、まあ同じ大学の生徒なら、ある程度親しいなら、読めなくもないか。

 いや、俺はまるで親しくもないし、知りもしないけどな。

 とにかく、それをこの知弥子って子がどうやって調べたかは疑問だが、記録的には「宇木名義で通販された物」という事実しか残らないわけだ。

 警察がよっぽど疑いでもしない限り、ATMの記録映像もチェックはされないだろうし、された所でそこまで周到なら、背格好の似た男を使って、マフラーなりマスクなり、何らかの変装でもしているだろう。

 そうなると──あの子は最低でも二週間前から計画していた事になるのか。


「酒や練炭はどこでも買えるがミン剤はそうはいかない。飯塚は実家の医局からちょくちょく薬物をくすねていた。だから正確にどの薬をどれだけ持ち出したかは掴めていない。これまで家族が見て見ぬフリをし続けたツケが回って来たワケだ」

「つまり、別の所から調達した可能性もあるって、そういいたいのか」

「飲み込みが早いな」


 知弥子は取り出したファイルを広げた。


「車からの指紋はお前たち四人のみ。スタンガンの火傷は真皮まで届くほどで、結構ヤバい。位置、角度からすると自分でできる状態じゃない。気絶するまで数十秒から数分、手で自分で押さえつけるのは無理だ。で、『誰が?』になるが……」

「知らないよ。俺は何も見てないんだ。だいたいなァ、後ろからイキナリなんだぞ!?」


 知らない、ってのはまあ事実だ。あの子が何者なのかホントに知らないんだから。

 知弥子は、無表情な顔で片眉だけ少し動かす。


「で、襲撃者は駐車場でお前を気絶させ、車を運転してひと気のない河原に移動、車外に放り出して、その後に練炭自殺」

「……変だよな、確かに」


 変だ、と俺がいうのもおかしいが。確かに、妙な状況になってしまっている。

 ここは……まあ、当然だ。俺は「知らない、何も見てない」と繰り返し続けたが、それ以外にはこれといって嘘もついてないし、朦朧としていた時にそこまで頭も回らなかった。俺の記憶はあの駐車場で途絶えているのも確かで、襲撃されたのも駐車場だ。

 だから――「酩酊した先輩たち」が運転して、あの場を去ったことになってしまった。勿論、俺だって事実は何もわからない。


「……そうだな。普通に考えて、やっぱ違和感ある状況だよな。たとえば……何故、俺を運んだんだ? って点とか。気絶させて、何故わざわざ……」


 つくづく、意味がわからない状況じゃないか、これ。なんで警察からもマスコミからも疑われないんだ?


「まあ駐車場に残しておけば、発見した店員から警察をすぐ呼ばれる可能性もある。そもそもお前の車だ、置いてったら単に車泥棒だ。先輩どもに肩を貸して、お前の車を目撃してた店員もいるだろう。それで自殺前に検問で止められたら厄介――。合理的に考えれば、こんな所か」

「ま、まあ……そうか」

「しかし……そういった『可能性』を考えつけるような状態にあったか? 死ぬ前のの三人に」

「……そこは、何ともいえない」


 あの子が犯人だと考えれば、駐車場に俺を置き去りにしなかったことは、極めて自然ではあっても、「先輩たち」では確かに道理が少しおかしくなる。


「泥酔……か。そんな状態で運転して、俺を河原までいちいち運び、その上で車外に投げ捨てってのは……酔っぱらいのやることだから、っていえばそれまでだけど、変っちゃ変だよな」


 一緒に死んでいてもおかしくない状況だ。




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