第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その30)
11.
・証言 八幡馳夫
「やぁやぁ、いらっしゃい。可愛いねぇ」
「いえいえ、そんな」
福子もはにかむような笑みで応じるものの、かといって開口一番そんなことをいわれても対応に困る。
馳夫さんの部屋は、とにかくパソコンが目につく。広い和室に所狭しとスチールのラックが並び、チカチカとLEDの点灯する四角い機械が幾つも置かれてある。クリーム色の古そうな物、穴の空いたスチール製のもの、緑色に光る物など、新旧取り混ぜた感じで、そのどれもにうっすら埃がかぶっている。
壁の棚にズラリと揃っているのは、どれだけ機械に疎い福子でもそれが何かくらい一目でわかる、任天堂やソニーのゲーム機群。他にもMSや、セガとかNECとか今では店頭で見かけない、古い時代のゲーム機などもある。
ちょっとタコ足配線がとんでもない状態になっていた。
見た目は三〇代ほどで、伸夫さんや恒夫さんにも似た濃い顔の、恒夫さんの息子がこの馳夫さん。綺羅さんとは、親が従兄弟同士の関係、ようは、はとこになる。
曾祖父の代から二人の兄弟、そこから一人っ子が続く(結果的には暁夫さん家は長女が死去して、伸夫さんは一人っ子になったわけだけど)核家族の二世帯同居という形で、わかり易いといえばわかり易いけど、世代が進むにつれ、傍系と直系とでの、家族という関係が乖離して行くような気もする。
「まず、馳夫さんにお聞きしたいのが、以前この家に……」
「あ~あの話ね! いやーまいったねー。俺の後輩のね、就職浪人して実家にも戻れなくてどーにもならなかったアホが一人いてさぁ、しばらく俺がウチで面倒みてたわけよ。そんだけのコトよ、うん」
面倒みてっていうか、迷惑をかけただけじゃないのかしら。ご家族に。
「その際は、どのようにそのご友人を?」
「まー、俺の部屋でゴロゴロしてポテチとか食ってゲームしてただけだしさ。そりゃ、こんだけありゃ退屈もしないっしょ?」
「ま、まぁ……そうでしょうけど」
「まーうちの親父も伸夫おじさんも、家ン中あちこち弄られるのって大嫌いなんだよ。祖先代々の何だかんだに手もつけようとすらしないし。開かずの間とかも結構あるしね。だから絶対俺ん家の中だけは探検すんな、この部屋だけに居ろって、そこだけは口をすっぱくしていっといたけどさ」
「開かずの間……」
どうなんだろう。まさか、隠し通路とか?
「まあホラ、俺の部屋には流しも浴室もトイレもあるし、ここに居る分なら問題ないし」
「お手伝いさんは……」
「あぁ、入らせない。っつーか入ってこねえし、あの
入ってこない、ってのもどうなんだろう。
掃除をして欲しくなくて入らないように命令しているのだろうか。確かに、このコンセントの配線を掃除とかは、する方も大変だし、彼にしても触られたくはないだろう。常時稼働のサーバーマシン(?)らしき物もある。
機械にはまったく詳しくなくても、以前このタイプの小さな箱型マシンは、カレンに見せてもらったことがある。
「つまり、その件の時はあくまで『馳夫さんの協力があった上で成立してた』ってお話ですよね?」
「うん。だからまぁ……いや。わかんないけどね、今回の件がどうなのかは」
今回の件……。
「ん~どうなんだろねェ。まぁ、ぶっちゃけ、何がどうなってるのか俺にはよくわかんないんだけどね。いずれ婆さんの葬儀も済んだ頃には、落ち着くでしょ、こんな変な事件は」
「そうですねぇ……」
葬儀……ちょっと、宗派がわからない。お婆さん自身は密教だとは思うけど。この家では?
「あとは、変にマスコミとかに騒ぎ立てられないよう、親父や伸夫おじさんが手を回してくれるのを祈るしかないけどね。ただ、農協とか土地屋ならともかく、マスコミや警察にはどうなんだろなァ……親父たち、そこまで手回せるような力ないぜ、たぶん」
「自然死で収まるなら、そこは大丈夫だとは思いますけども……」
そこがまず、確証がない。ちょっと恐い話でもあるけど。
「そこかぁ、そこだよなァ……。まあ、でももし何か……そうだな。自然死じゃないなら『粂さんの自殺』ってコトかなぁ? 婆さんが自殺なんてするかね? まー綺羅が一服盛るなんて、いくらあの子でも……いや、やりそうな子だけど、さすがに無いだろうしなァ」
「ぶ、ぶっそうなお話ですね」
やりそうな子、って認識なのか。
「……綺羅はまァ……うん。あの娘はね。可愛いんだけどね、ちょっとね」
ニヤニヤしていた軽そうな馳夫さんも、ここでようやく眉間に皺を寄せる。
「綺羅さん、やっぱり何かご家庭内でも、しでかしてますの?」
「そうそう。まあ、いっつもニコニコしてる娘だけどね、何考えてるかわかんない所ある子でね、うん……まあ、俺ちょっと、その。……あの子は、怖いから」
「怖いことされたんですか」
「うん、まあ昔、刺されたことあって」
うっわ。
「な、何か綺羅さんに刺されるようなこと、しちゃったんでしょうか……?」
「ないない。俺、ジェントルメンだから!」
笑いながら馳夫さんはエスプレッソ・マシンのスイッチを入れる。
「……別にさ、ほんの軽口なんだよ。はとこ同士ってのは六親等だから、結婚だってできるんだぜ、っていったら、表情も変えずにニコニコしたまま、柿を剥いてた最中の果物ナイフで腹をザクっだよ。いやぁ、たまげたわ。身内だし、軽傷で済んだから、さすがに警察沙汰にゃしなかったけどさ。俺、お腹に無駄に肉あって良かったよハッハッハ」
うーわー。
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