第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その23)
知らないでいられればそれで良い、知ってしまうことで後悔も、それは確かにあるだろうけど。――でも。
まるで自分にいいきかせるように、私はその言葉を絞り出す。
「いつかは知られてしまうことも、そうでないことも、この世にはあります。この村のことは……口さえ閉ざしていれば、もしかすると一生、誰にも知られずに済む部類かも知れません。知れば傷つくこともある。それを防いでやりたい、という気持ちは理解できます。善意でも、取り繕いでも、親心でも、余計なお世話でも。でも、美佐さんはもう、『
知りたい――そういった想いは、強い力を持つ。抗えない魔力でもある。たとえ深淵を覗くことになろうとも。
「また、随分と難しいことをいう子だね」
「知りたい、と思ってしまった限り、それは、
きっと……これこそが、ずっと自分の中から出せないでいた「
あの時、呑み込んでしまった、逃げ出してしまった、情けない自分に対しての。
煙をゆっくり吐き出しながら、伸夫さんはまだ残りの長いシガリロを、灰皿にぎゅっと押しつけて消す。
どうしよう、怒らせちゃったかも……。
古めかしい広い和室だけど、床暖房でも効いているのか、暖かい。空気清浄機の微かな音くらいの無音だけど、この「間」が少し、息苦しい。
「……美佐に……決めさせろって話か。まあ、それもそうか。大人なんだしな」
思った以上に、伸夫さんは物わかりの良い人のようだ。
「えぇ。調査や捜査の
「もとより、偽りを破り、噤んだ口を開かせるのが、君たち探偵だろう?」
「……美佐さんには、なるべく、オブラートに包んで伝えるよう努力します」
「まあ、そこは君に任せる。美佐が今どうなってるのかは知らないが、君が彼女を信用に値すると思うなら、それに託すしかないしな」
「そして、今おっしゃった伸夫さんからの私への信用は、真冬さんの信用をお借りしてのものですから。私もそれに恥じないよう努力します」
「そうでもないだろう。俺は既に、君が只者じゃないのは十分理解してる。只の子供じゃないな。うん……君と話せて、良かった」
「……買いかぶりです」
「俺は――その『
自嘲気味に、伸夫さんは嗤う。
「知った所で何も得しない。答も出ない。謎は謎のままで良い。そう……受け入れちまった。代々きっとそうなんだろう、この家は」
呪いは実在する――そんな、綺羅さんの言葉をふっと思い出す。知りたいという思いが「呪い」なら、知らないフリを通すこともやはり、「呪い」かも知れない。
「それと、もう一つだけお聞きします。先々代の徳夫さんは……もしかすると神秘主義にハマっていたのではないでしょうか?」
「あの短時間で、それにまで気付いたのか。大したもんだな」
……まあ、流石に
信仰のない村。この部屋にしてもお婆さんの蔵にしても、破魔矢も達磨も暦すらもない「田舎の日本家屋」の放つ違和感。
なのにあの庭、それに晴明桔梗? さすがに、どうかしていると思う。
「それを考えれば、この家に施された奇跡の力に頼って死力を振り絞り、最後の最後にわざわざ
「……どうなんだろうな、実際。妙なオカルトにはハマっていたと思うが」
「つまり、あの。……毘沙門の塔からこの家まで、
しばらく、伸夫さんはじーっと黙る。
「……そこは、俺も知らん。過去にはあったかもしれないがな。何せ、徳夫のやることだ。あの馬鹿な
「あ、はい……」
徳夫さん、かなりムチャクチャな人だったのかも。死因を考えると暁夫さんもだけど……。
「信仰……とは、違うんでしょうね、やっぱり。結局のところ、明確な神を奉じてとは違う気もします」
「だろうな。いずれにせよ、あんな
「そこは、日本人の大多数がそうですから、気になさらないでも良いかと思います」
「……そうだな。ありがとう」
うん。
伸夫さんの話を伺えて、それは確実に意義があった。懸案の一つは、これで半分ほど荷が降りた気もする。
ただ、今回の事件に関しては「何も知らない」も同然だったけど。実際、何一つ伸夫さんはこの事件と関わってはいないと思う。
私には見えていない、知らない理由で、根深い何かが親子間にある可能性だって考えられなくもないけど、現状では何も口を挟みようがない。
それでも、終始母親である粂さんの死に対してドライな視線でいた点、ここだけは気になるし、そしてそこを根掘り葉掘りは訊けなかった。高齢のご老人だし、とうに死を覚悟していたと考えればそこは不自然でもないのだけど……。
ここら辺をもう少し掘り下げるには、先輩たちの聞き込む情報が頼りかも。
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