第6話 数字の表記 ネコチャンと寂しい誕生日

 今回は「2 一行ごとに空ける」ルールで統一し、数字の表記について考えたいと思います。ググッたら結構解決した感がありますが、これもたまに悩ましいので、一話書いてみたくなりました。



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 私が考え事をしながらネコチャンの水入れを洗っていると、トイレを終えたネコチャンがやってきて、目の前で毛づくろいを始めた。


「下僕よ、そろそろご飯ではないでしょうか?」


「まだです。あと3時間先です」


「そんなにはないでしょう。せいぜいあと2時間45分といったところでは?」


 ネコチャンがやけに細かい数字を出してきたので、私はふと、あることを思い出し

た。


「そういえばネコチャン、それなんですけど」


「なんでしょう?」


「数字の表記です。漢数字で表記するか、算用数字で表記するか迷っているのです」


「またお金にもならないウェブ小説の話ですか」


 などと言いつつ、ネコチャンもこの話題に慣れてきたようだ。


「本で小説を読むなら、漢数字がいいと思うんです。縦書きですからね。算用数字の方がいい場合もあるでしょうが、例外的でしょうね」


「桁が多いと、漢字では見づらいですね。たとえば、円周率は3.141592……なんてのは、漢字だと読みにくいでしょうね」


 私はネコチャンが円周率を小数点以下6桁まで知っていることに驚きつつも、手元にあったチラシを引き寄せ、裏に漢数字にしたものを書いてみた。


「三.一四一五九二……読みにくいですね。こういうのは縦書きの本でも、算用数字を使うのでしょうか? でもまぁ、これは置いておきましょう」


「そうですね。今考えているのは、下僕のお金にもならないウェブ小説のことですからね」


「ネコチャンはお金が好きですね……それはともかく、ウェブ小説は、基本的に横書きですね」


「なるほど、そうすると基本的には、算用数字を用いた方がいいということなのですね」


 ネコチャンは長いヒゲをヒクヒクと動かした。「では万事解決したではありませんか」


「い、いや、一概にそうとも言えないのです。たとえば『一人暮らし』を『1人暮らし』と書くと、なんだか変でしょう?」


 私はチラシの裏に文字を書いて、ネコチャンに見せた。ネコチャンはかわいらしく首を傾げた。


「なるほど、言葉によっては漢数字を使った方がいいこともあるのですね」


「そうなんです。あとは『酒蔵の三代目』とか、『剣道五段』とか、『今日一日何してたの?』とか……もちろん、『一石二鳥』みたいな熟語も漢数字ですね」


「ややこしいですね……下僕よ、ちょっと例文でも作ってみたらいかが?」


「例文ですか……」


 私はとっさに、以下のような文章を書いた。


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「2020年3月31日は彼の23歳の誕生日だった。二十歳のときは盛大に祝ったが、3年経った今年はそうでもない。一日中仕事で忙しかったし、一人暮らしのアパートでは誰も『誕生日おめでとう』と言ってくれない。実家の母すら、一言も言ってよこさなかった。仕事帰りに急いで買ったケーキにも、好物の苺はひとつも載っていなかった。もっともそれはチーズケーキだったので、当然のことだ」


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「いかがでしょう」


 ネコチャンは顔をしかめながら例文を読んだ。


「なんだか寂しい例文ですね。きっとモデルがいるのでしょう」


「やめてください、その話は……ええと、試しにこの文章に出てくる数字を、全部算用数字にしてみましょう」


 私は慌てて話の矛先を変えた。


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「2020年3月31日は彼の23歳の誕生日だった。20歳のときは盛大に祝ったが、3年経った今年はそうでもない。1日中仕事で忙しかったし、1人暮らしのアパートでは誰も『誕生日おめでとう』と言ってくれない。実家の母すら、1言も言ってよこさなかった。仕事帰りに急いで買ったケーキにも、好物の苺は1つも載っていなかった。もっともそれはチーズケーキだったので、当然のことだ」


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「こんな風になりました」


 私はネコチャンに書いた文章を見せた。

「ふんふん、20歳と二十歳では読み方が変わりますが、別に20歳と書いてもいいと私は思います」


 ネコチャンは愛らしい前足を紙の上に載せて文章を追っていく。猫の手を借りるとはこのことだ。


「1日中、1人暮らしも違和感がありますが、1言もが一番妙な気がしますね。1つという書き方も好きではありません。一つと書くか、ひとつと書くかのどちらかでしょうね」


「試しに全部漢数字もやってみますか」


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「二〇二〇年三月三十一日は彼の二十三歳の誕生日だった。二十歳のときは盛大に祝ったが、三年経った今年はそうでもない。一日中仕事で忙しかったし、一人暮らしのアパートでは誰も『誕生日おめでとう』と言ってくれない。実家の母すら、一言も言ってよこさなかった。仕事帰りに急いで買ったケーキにも、好物の苺はひとつも載っていなかった。もっともそれはチーズケーキだったので、当然のことだ」


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「日付が見づらいです」とネコチャン。「あと、十は必要ですか? 三十一ではなくて、三一でもいいような気がしますが」


「うーん、十がないと、にじゅうさん、が見づらいというか……二、三歳に見えてしまうと思うんですよね」


「日本語は難しいですね」そう言ってネコチャンは顔を洗い始めたが、ふと動きを止めた。


「今、この数字の表記問題を解決する名案を思い付きました」


「さすがネコチャン! して、その名案とは何ですか?」


「小説を全編英語で書けばいいのです。それなら、漢数字が入る余地はありません」


「そ、それは無理です……」


 私ががっくりとうなだれると、ネコチャンは「だろうと思いました」と言うなり、ぷいっと踵を返してどこかに行ってしまった。おそらく、ご飯の時間まで眠るのだろう。



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 数字の表記問題、いかがでしたか? とっさに思いつく例文としては、あれが限界でした……。


 どちらを使うにせよ、文章の中で同一することが大切みたいですね。たとえば同じ文章の中に、「1個」と「一個」が混ざってたりするのはよくないようです。

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