第174話 イフvsレージ
「俺はどうやら運がいいようだ。君と二人きりで戦うための舞台を用意してもらえるなんて」
「本当に彼らの仲間ではないんだな?」
「ああ。俺はただ、君と殺し合いたいだけなんだ」
闘技場の真ん中、二人の魔力が高まっていく。
投げられたコイン。
殺し合いはもう、止められない。
落ちていくコインの着地に呼吸を合わせていく。
コインが落ち、勝負が始まる。
キーンというコインが落ちる音に乗るように、レージの攻撃がイフの左肩を貫いた。
「今のを避けるのか。さすがだな」
狙いは心臓だった。
一撃で仕留めるべく放った攻撃だったが、イフもまたそれを警戒していた。
初見殺しの一撃必殺。
何もさせないよう近付くのも、自分以上の速度であった場合対応のしようがないからと開始と同時に肉体に魔術を掛け近付くものに反応した。
ギリギリ目で見えたが、それでも反応できたのは事前の準備があったから。
これがもし戦闘中であったのなら、決して対応することはできなかっただろう。
だが、一度見ることができた。
魔力の流れを、魔術の形を。
それはまさしく。
「今のは強化魔術⁉」
観客席のリンはその魔眼が捉えた魔術に跳ぶように反応した。
それがただの強化魔術ではなかったから。
自身の肉体を強化するものではない、肉体以外を対象とした強化魔術。
ただ尖った石を弾いただけ。
ただその速度と強度と回転を強化しただけ。
ただそれだけで、目で捉えるのもやっとの速度にまで達し、肉体を当然のように貫通した。
強い、紛れもなく。
今までのようなやる気のない二番手とは違う。
そこにいるのは、初めて努力をした才ある若人であった。
「簡単には、死なないでくれよ」
全身に張り巡らせた強化魔術。
一気に距離を詰めたレージの蹴りをイフは身を屈めて避ける。
視線は外れたが魔力感知で位置は補足している。
身体を捻り右腕を叩きつけた。
それを防ぎながら放たれたレージの攻撃が首を掠めた。
「魔力の質。魔術の精度。強化魔術師として、彼は私以上だ」
魔眼が教えてくれた。
ずっとずっと強化魔術師かしてこなかった自分以上の存在であると。
「だが、体術では私よりもずっと弱い。私を相手にしてきたイフであれば体術戦で不利になるようなことは決してない」
見ればわかる。
レージの体術は発展途上、肉体に技術が追い付けていない。
問題は魔術をどう絡めてくるのか、何ができるのかだ。
単純な体術だけであれば九割九分イフが勝てるが、先のように防御しながら攻撃を、それも反応できても避け切れない、防げないような攻撃を繰り出されるようであれば勝敗は全く分からない。
「いったい、どこでこれだけの力を」
「君はよく知っているだろう?努力の賜物だ」
技術ではなく力によるごり押し。
しかしそれで成り立つだけの魔術の才。
ずっとずっとイフのサポートに徹していたレージは、今初めて本来の力を見せた。
《契約・
蹴りかかったレージはすぐさま距離を取った。
「なるほど。ここひと月一人で練習していたのはあれか」
イフの周囲を取り囲む無数の黒い人影。
首がない者、首が多い者、右腕がなく左腕が二つある者、もやのようで、泥のよう。
「もうへまはしない。出し惜しみもなしだ」
召喚、契約は自分の実力に見合ったもの。
神話の生物などといった不釣り合いな、相手の優しさに甘えるような契約はリスクが高すぎる。
だから契約相手は人に絞った。
世界各地、自分に見合わないことをした者たちがいた。
彼らは世界から消失した。
行方不明、神隠しと呼ぶ方が近いこの現象は、呪術師達の負った代償。
自分の身に余る行いをしようとした呪術師よ、ここでなら、すでに死したその肉体であれば、代償を恐れず実力以上のことができるだろう。
「呪いか。近づけないが、問題なし」
レージの魔術であれば小さな石ころでさえとてつもない凶器へと変わる。
堅牢な結界も突破する圧倒的貫通力。
「―――――――――なっ⁉」
しかしレージの放った攻撃は止まった。
防がれたわけでも砕かれたわけでもない。
ただ、イフに近付き、止まったのだ。
「重力操作か…………なるほど。あれだけの代償を以てしても理詰めの呪術であれだけきれいに重力を操作するのは不可能だと思ったが、あれはそもそもいない呪術師か」
自分が重力操作を行うからこそクロイにはよくわかる。
重力を操作するということがどれほど異様で異常なことなのかが。
魔術師だろうと、呪術師だろうと、異能力者だろうと、出来る者は限られる。
たとえその命を代償としたところで、突出した実力を持たない者では暴走して周りごと破壊するのがせいぜいだ。
しかし今、完璧な操作で、レージの攻撃を跳ね返すでもなくそこで止めた。
それが示すこと、それは、イフの周囲にいる呪術師がもとから存在していなかった呪術師であるということ。
失せ人、行方不明者を指す言葉だが、怪現象による失せ人に限定したとき、その様相は混沌と化す。
妖、魔術、呪術、異能、生贄、神隠し。
そも存在していたという記録、記憶すら消えることだって中にはある。
つまりはそういうことなのだろう。
イフが召喚し契約したのは、いたかもしれない誰か。
クロイを知っていたから、今まで戦ってきた圧倒的強者を知っていたからこそ、これほどまでに強い、本来は存在しないいたかもしれない呪術師を召還した。
「なら、こういうのはどうだ」
レージは足元に石を投げ地面を砕くと、岩を持ち上げ回転を加えて投げた。
凄まじい風を巻き起こしながらすさまじい速度で迫る岩は、イフの前でピタリと止まった。
「あっそ。それじゃあもうこっちも出し惜しみはなしだ」
レージの魔力が変質する。
バチバチとレージの身体を電流が走る。
突き出した左腕から放たれた一筋の光が、陣を抜けると轟雷となり、イフと正面からぶつかった。
生半可な重力操作では止まらない雷、知ってか知らずかレージの攻撃はまさしく弱点を突いていた。
しかし、それでは足りなかった。
「知っているかい?呪詛返しというものを」
衝撃で舞った土煙が晴れる。
雷は魔術であった。
魔術であった以上は、魔力支配によって乗っ取ることも可能である。
「無論私は呪術師でも何でもないので、これは呪詛返しとは違うものだがね」
魔術による攻撃は無意味。
かといって強化魔術での遠距離攻撃は速度が足らず止められる。
となれば残っているのは近距離戦。
そう判断しレージは瞬時に肉体強化に魔力をまわし地面を蹴った。
しかし、ガクリと膝をつくこととなる。
「君は知らないだろう?重力というものの恐ろしさを」
クロイほどの力はない。
それでも、対策を怠った者を少しの時間止めるだけの力はある。
「初見殺しはお互い様というわけだよ、レージ」
その言葉を最後に、レージの肉体は轟雷によって焼き貫かれた。
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