第164話 魔眼

「魔眼の主だった力は三つだ。一つ目は単純な視力の強化。そして二つ目は動体視力の強化。最後に三つ目、これが魔術師達が渇望してやまない力、魔力視だ」


リブはそう言って説明を始める。


「視力の強化は視界に映るすべてが鮮明に見えるほど。そして動体視力の強化は肉体強化をして動いていようと魔術が放たれていようとすべてがゆっくりと動いているように見える。その分脳への負担も大きいがな」


魔眼、それは圧倒的な性能を誇る。

グリモワールほどではなくともその希少性はすさまじく、文献ではなく伝承として記されるほど。


「そして最後の魔力視。これはその名の通り魔力を視る力。空間を漂う魔力も、相手の体内をめぐる魔力も、相手が体外へと放出した魔力も、全てが視える。戦闘面で言うなら、魔力によって次の魔術が予測できるということ」


その言葉に水滴が落ち、跳ねるようにアルトは反応した。


「対策は、あるんですよね?」


魔術の予測。

そんなものができるようになれば確実に先を行かれる。

おいていかれるなんてのはごめんだった。


「あるとも」


リブはそう明るく答えると静かに、いたって真剣に命令する。


「リン、絶対に魔眼を発動させるな。アストロ、眼を瞑れ、決して眼を開くな」


逡巡。

アストロは元々他者の言う事を聞くような者ではない。

一瞬は無視してその神眼を以て見届けるつもりであった。

しかしリブがアルバの、おじさんと慕う相手の妻であることを理解し、そして従うに値する実力と心を持つと感じ素直にその瞳を閉じた。


「それじゃあ、ちゃんと気をしっかり持つように」


息を吐く。

指先を合わせる。

ゆっくりと、ゆっくりと瞼を下ろす。

ピタリと、感覚が止まる。

眼を見開くと同時、修練場を魔力が埋め尽くした。

気をしっかり持て、その意味を理解する。

溺れるような魔力は感覚を狂わせる。

吐き気とめまいに襲われ、足から力が抜けるようにガクリと体勢を崩し嗚咽を漏らす。

そんな生徒の様子にリブはすぐに周囲の魔力を消し去った。


「魔力視とは、魔力を視る力。自然に漂う魔力が視えたところで生活に大きな影響はない。しかし、もし先程のように隙間なく魔力で埋めたらどうなるだろうか。君たちは水の中にでもいるように感じたろう。けれど魔眼を持つ者にとって先ほどの空間は土の中だ。魔力が視えるから他の何も見えなくなる。アストロ君、もう目を開けても大丈夫だよ」


イフは知っている。

トーカが初めて現れた時のアーテルとアストロの混乱を。

今になってようやく理解した。

あれは魔力が視えたからこそ何も見えなくなっていたと。


「が、外でやるとなれば逃げ放題散らせ放題。そんなの魔力の消費量的にも割に合わない。であればどうするか、それはもうわかっているね、アルト君?」


「…………手数で戦う。読んだところで意味がないように本命を複数用意する」


「正解。つまり君たちが魔眼を使いこなしたリン君と戦うことを想定するなら、複数種の魔術の同時行使を目標に努力しなければならないわけだ」


複数種の魔術の同時行使。

アルトは一応できないこともないがまだまだ戦闘で前面に押し出せるほどの完成度ではない。


「私は刻印魔術以外からっきしだからそっちの方ではあんまり期待しないでね」


「…………じゃあ、師匠呼んでくるか」


そう呟いて立ち上がったアルト。

数歩歩いて立ち止まる。


「あの…………魔眼なのか神眼なのかはわからないんですけど、アーテルというこの学園の生徒はその眼でもっと多くのことをしていた気がするんですけど、もしかしてその三つが基本の能力で他のものもあるんですか?」


思い返してみれば、イフは出現させた怪物の眼を石化の魔眼とそう呼んだ。

そしてリブもまた、その眼を以てフロンテを止めた。

明らかに視力の強化とも動体視力の強化とも魔力視とも違う力がある。


「その通り。リン君が他の力を使うようなことにはならないだろうからと省いたけれど、その説明もしようか」

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