第105話 リンvsエラー

「この順番、考えた人の悪意を感じる。これじゃあまるで、俺が一番強いみたいだ。君もそうは思わないかい、学園三位のリン」


「それはどうかな。私は他の魔術師と違って肉弾戦に特化してるから。貴方達の相手はしやすいと思ってるんだけど」


「それなら申し訳ないな。君と俺の相性は最悪だ。俺は攻撃をするまでもない。君が攻撃をして、自滅していく。まぁ、先のピサと違って間合いに入るだけで殺したりはしない分まだましと言えるかもしれないけどね」


見るからに好青年。

ふと警戒を解いてしまいそうなその雰囲気に無性に腹が立った。


「ねぇ、貴方は何故この企みに参加したの?悪い人には見えない」


「友人に頼まれたからかな、まぁ依頼に近いものでもあったしね。ただ一つ気を付けておくといい。悪い人に見えなくとも、悪い人かもしれないよ。私の友人には、そうやって他者を偽る者が多くてね。一応忠告だ。さ、もう始まるよ、集中して」


戦闘開始の合図に合わせ、肉体に強化魔術を掛け地面を蹴る。

描いた陣を通り抜け、強化魔術を重ね掛けし、その速度はさらに加速する。

先手必勝、速度を乗せた拳が男に当たるそう思った瞬間に、リンの身体は宙を舞った。

速度はそのままにリンは壁に激突した。


「俺はエラー。これが俺の手加減だ」


エラーの言う手加減とは、攻撃をしない事であった。

相手の攻撃を受け流すのみで、その攻撃を利用して、自滅させるというもの。

それは全ての攻撃を捌き切るという宣言に他ならない。

降り注ぐ瓦礫の中、砂煙を割ってリンは飛び出す。

地面に手を付き無理やりに背後に回り蹴りを叩きこむ。


「充分速いが、まだまだ遅い」


蹴った脚を圧され、身体を回転させながらぶっ飛ばされる。


「出来る限り速度を落とさずに曲がる。その力加減は上手いが、そもそもその速度では背後に回られても対応できる。それにな…………」


距離を詰めるリンは突然飛び、エラーの頭上を越えていく。

後頭部に踵を叩きこもうとするも身体を逸らし簡単に避けられ、その手が足に触れる。


「虚を突くのは当然のことだ」


ぶっ飛ぶような勢いはなかった。

しかし勢い良く地面に落ち這いつくばる。

すぐさま反撃に足払いを行いながら体を起こし追撃の上段蹴りを放つ。

足払いは簡単に避けられ、蹴りもまた身体を逸らし避けられると軽く圧されただけで数メートル滑るようにして吹き飛ばされた。

しばらくエラーを見つめ思考を巡らせた結論は、アドリブでどうこうなる相手ではないというもの。

上に下にと本能だけの攻めでは意味がない。

多少理論立てて隙を攻めても簡単に対処される。

全て一から組み上げなくてはならない。

今一度その動きを型にはめる。

リンは立ち上がり背筋を伸ばし大きく呼吸をして意識を集中させる。

目を開き腰を落とし構えをとった。


「さぁ、君を見せてくれ」


リンは距離を詰め、止まった。

勢いまかせな攻撃ではなく腕を伸ばし切らない止める攻撃。


「まぁそうすればぶっ飛ばされる心配もないね。ただ…………」


放つ拳を掴み引っ張る。

伸びる肘に手を触れさせる。


「人の身体はそう丈夫じゃない。油断しないように」


腕に一瞬だけ掛けられた力。

紛れもなくあの瞬間、エラーはリンの腕を折ることが出来た。

背筋が凍る。

自身が何も出来なかった、何も悟れなかったあの一瞬で全てが終わっていた可能性を理解して。

咄嗟に後ろに下がろうとして、身体が倒れていくことに気付いた。


「焦りはよくない。警戒を疎かにするからね」


足を掛けられた。

そんなことにも気付けない程に…………そうして後悔と諦めにさいなまれている暇はリンにはない。

身体を回転させ無理やりに着地すると、そのまま距離を詰めて蹴りかかってくる。


「元気なのは良いことだけど、蹴りは駄目だ」


脚を圧されて回転しながら地面に跡を残す。


「片足では支えきれない」


息を吐き、倒すべき敵を見据える。

負けていた心は既にない。

燃え上がる炎が、その心に、その魂に宿っていた。


「技術が足りない」


受け流しに対応できない。


「速度が足りない」


相手は全てに対応して来る。


「この差を埋める術を私は知らない」


けれど、他の誰か天才なら知っていてくれる。

そう思える。


「これが私の、今の私の最速」


使うなと言われた。

けれど使わずに勝つ方法などなく、使ったところで勝てないというのなら、使って負けたい。


「——————天道」


光が地面に浮かぶ。

初めてエラーは腕を前に出した。

相手の動きに合わせて対処するのではない。

最初から受けの姿勢。

光の中でリンは地面を蹴った。

音はしない。

リンは今、音速に達した。

加速していく思考の中で、悔しそうに笑う。

エラーの手に触れ、身体が宙に浮く。

リンの最速は今、エラーに対応された。

今までにない轟音と共に背後の壁が崩れる。

砂煙の中、瓦礫を砕きリンが現れた。

まだリンは止まらない。

戦意がまだ残っている。

ふらつく足どりでエラーに近付き、殴り掛かった勢いでそのまま倒れた。

もはやリンの身体には戦うだけの力が残ってはない。

しかし勝敗は決したと去ろうとするエラーの足をリンは掴む。


「…………とどめを刺せと?」


薄い呼吸。

訴えるようなその眼に、エラーは頷く。


「わかった。ただ、うつ伏せになってくれ。胸に触れると妻に怒られる」


リンを転がしうつ伏せにさせると、その背に拳を触れさせる。

そして次の瞬間、闘技場内の地面が一気に砕けた。


「心臓を破壊した。痛みのない殺し方も出来るが、俺の技を見せる。これが俺の君に対する評価だ」


完全勝利。

今この瞬間を以て、第二学園は第一学園に一つの勝ち星も取れず敗北することが決定した。

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