第3話 こっそりシホちゃん

 あの子がよくやってるよねぇ、スキップ。

 そう言ったフィッフスの言葉に誘われ、シホはいま、その紅茶専門店『鳥籠の花』の前にいた。但し、こっそりと。

 向かいの雑貨屋の店先に出ている看板の陰から、紅茶屋の様子を伺う。小さな店ではあるが、出入口である扉の左手、ショーウィンドウ内の飾り付けの愛らしさが、店に見過ごすことの出来ない存在感を持たせている。店のマスコットである白い天使が、ティーカップを頭上に掲げていたり、茶葉を大事そうに抱えていたり、転んでもクッキーだけは死守していたり……いつ見ても可愛い。シホはそのモデルの子を知っているだけに、余計に可愛らしく感じる。いまも親子連れが足を止めて、女の子らしい子どもが天使の真似をする微笑ましい空気がその店にはある。

 小さなショーウィンドウの奥は、通りの反対側からでは見通せない。天使のモデルであるケイカという名の幼女がそこにいるのかどうか、それすらわからなかったが、シホは店に近づくことはしなかった。雑貨屋の看板の陰からこっそり様子を伺うに止め、あわよくばケイカが店先の通りに出てきて『スキップ』なる行動を見せてくれれば、と思っていた。正直に店を訪ねて、教えてください、と言えばいいのだろうが、それはなんとなく気恥ずかしく、躊躇ためらわれたのだ。

 それで、目立たないように物陰に居続けている。フィンではあまり見掛けないのに、なぜか骨董屋の棚に置いたあったので持ってきた大きなサングラスで顔を、同じく棚から持ち出した白い布を頭から被り、シホの象徴である金髪を隠しているので、一目では誰だかわからないはずだ。万が一、ケイカに見つかったとしても大丈夫。先ほどから、通行人とよく目が合う気がするが、それがなぜかはわからない。


「あー!」


 びくっ、と肩が跳ねた。大きな声は、明らかに自分に向けられていたからだ。シホは声の方に身体を向けた。声は紅茶屋からではなく、通りの右手からだった。


「シホちゃんだ! 何してるの、シホちゃん!」


 白いシルエットが駆け寄ってくる。出掛けていたのか、それとも別の出入口から外へ出たのか、とにかく通りの石畳の上を走る幼女は、相変わらずもふもふとした白い衣類に身を包み、人懐こい小動物のような笑顔でシホの前に立った。


「え、ええと……」

「おつかい!? だいじょぶ、お店、開いてるよ!」


 言うが早いか、白い幼女はシホの手を取って走り出した。されるがままに連れられて、シホは『鳥籠の花』の店内へと入った。

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