第31話 ゴブリン文化(3)
「……おうおう。オイラの技に耐えるとは、中々やるじゃねえか。見上げた根性だ」
「へっ。アタイらはね、お前たちみたいな血も涙もない魔族とは違うんだ。信頼ってもんがあるんだよ!」
女はペッと血の混じった唾を吐き出して言う。
「そうらしい。だが、あの男は本当に、あんたがそこまで頑張るに値する男なのかねえ」
「ふんっ。そうやってカマかけて、アタイの心を揺さぶろうってたって無駄だよ。アタイとあいつはね。しょんべんったれのガキの頃からの仲なんだ」
「……らしいねえ。ローズっていう女と三人で、いつも一緒にいたって、男の奴が言ってるぜ」
「なんで、ここでローズの名前が出てくんだい! 大体、お前、なんでそのことを……」
女の顔に動揺が走る。
「……男はまだ何も個人情報を喋っていない。それなのに、デザートリザードが情報を把握してるということは――」
プリミラが何かに気付いたように、アイビスの方に視線を遣る。
「そういうことじゃ。既に、奴らは二人とも、すでにわらわの魔法で自白させた上で、その記憶を消しておる。あの拷問官たちも、雇い主はもちろん、あやつらの好きな食べ物から、初めての相手まで全部把握しておるわ」
「じゃあ、あいつらのあがきは全部茶番か?」
「ま、情報の死守という意味ではそういうことになりますね。ちなみに、仮に二人のうちどちらかを即、解放することになれば、モルルンに脳みそをいじくってもらい諸々の記憶が絶対復活しないようにした上で、さらに保険としてアイビスに暗示をかけて頂き、野に放つことになります」
フラムの問いに、聖は平然と答えた。
誓約書には、『五体満足に』帰すとは記したが、記憶までは言及していない。
当然、そのくらいの安全策はとっていた。
「オイラと男の方の拷問官とは宝具で話せるようになってんのさ。――男の方も依頼主のことは吐かずに頑張ってんだがね。拷問を軽くするって言ったら、生い立ちくらいはペラペラ喋りやがる」
「ちっ。そうだよ。アタイとあいつとローズは幼馴染だ! だからどうした!」
女が開き直ったように叫ぶ。
「別にどうもしねえがよお。年中発情期の人間ってやつは大変だよなあ。相手も、一人じゃ足りねえみたいじゃねえか」
「……何を言いたいんだい」
「いやあ。オイラたちは、大体、己の強さっていうのをわきまえてるからよ。ツガイの相手は上手いこと一対一、ばっちり決まるんだが、ヒトは違うだろ。だから、聞いてみたくってよ。ローズって女とあんたと、二人で一人の男を共有する気分ってのはどんなもんだ?」
「う、嘘だね。ローズは男に手を握られただけで真っ赤になって逃げ出すような奴だ。あいつもローズのことは妹みたいだってずっと言ってて、いつかいい男を探してやんなきゃって二人で話してて――」
「ま、詳しいことは男の口から直接聞きなせえ」
男と女を仕切っていた壁が、黒から透明に変わる。
「――俺もローズも、酔ってたんだ。あの晩は、とても月が綺麗で、昔みたいにローズを膝にのっけて話してたら、なんとなくそんな雰囲気になって――」
サイレンスが一部解除され、男の方からの一方通行で声が女に伝わる。
男が目を泳がせて言い訳じみた言葉を繰る。
「……ち、ちくしょう」
女がうなだれる。
もちろん、女が見ているのはナイトメアアイが見せる幻影であって、現実の男ではない。
だが、語っている内容はまぎれもなく、過去に男が起こした事実であった。
再び壁が黒へと戻る。
「辛そうだな。楽になってもいんだぜ」
「……いいさ。アタイは、あいつがローズのことを好きだって、心のどこかでわかってたんだ。だけど、今、あいつの側にいるのはアタイだ。ローズじゃない! それで十分だ!」
悔しさに顔を歪ませながらも、虚勢を張る女。
『オモシロイ』反応に、ゴブリンたちが手を叩く。
「おうおう。健気だねえ。じゃあ、パーティの金を娼婦に入れあげてる件も承知って訳だ――」
「なんだって!?」
拷問官の精神攻撃は続く。
「女性の方は中々頑張りますね」
「……同意。でも、男の方は――」
同時進行で繰り広げられていたもう一つのショーに、一同は視線を移す。
「――中々やるじゃねえか。だが、あの女は本当にお前がそれだけの苦痛に耐える価値がある存在なのか?」
「当たり前だ! あいつは、こんなどうしようもねえ俺を愛してくれた。あいつのためなら、俺は命も惜しくねえ!」
「愛していたのは、本当にお前だけかねえ?」
「どういう意味だ!」
「こういうことさ」
壁の色が白へと変わる。
「憧れの英雄だったんだ。昔、アタイが腹を空かせてた時に、一番高いメシを腹いっぱい食わせてくれた。あの人は、別の大陸に行っちまうから、そしたら、もう会えなくなるって思って、アタイは、思い切って告白を――」
女の幻影が男を捉えた。
こちらもまた、実際にあったことである。
「あ、あいつ、俺が初めてだって言ってやがったのに」
男が目を怒らせて、唇を噛みしめる。
「まあ、ヒトってのは年中発情期なんだろ? 近くに強いオスがいたら、その種が欲しくなるのは当たり前じゃねえの?」
拷問官はなだめてるのか、煽っているのか、どちらとも判然としない口調で言う。
「……くっ、そうだ。そもそも、俺だって、あいつに話せてないことの一つや二つあるんだ。あいつが一回、他の奴と浮気したぐらいで……」
「おうよ。ま、女がやったのはその英雄様一人だけじゃねえがな。『泥指のグレイ』って知ってるか?」
「グレイ!? まさか――俺が商都に単独ミッションに行ってた時に、あいつ! 俺が死にそうな思いで働いてたのに!」
「まあまあ落ち着けよ。一人も二人も大差ねえだろ?」
「あるに決まってんだろ! 一回目は仕方ねえ。確かにあの英雄は男の俺から見ても、スゲエ奴だった。だけど、グレイは違う! あいつはクズ野郎だ!」
「ヒトの細かい事情は知らねえけどよ。オイラからしたら、もっと意味わかんねえことがあるんだがな。ヒトの女って、なんで、自分のガキを自分で殺すんだ。なんか、そのグレイって奴と、お前の子か、どちらかわかんねえから堕ろしたって言うんだけどよ。どっちにしろ自分の子だろ?」
拷問官は、心底不思議そうに首を傾げる。
実際、演技ではなく、デザートリザードの彼には理解できない価値観であった。
「そんな……。確かに、一ヶ月くらいやたら仕事をやりたがらねえ時期があった! あの時に――あいつ! 俺の子を殺しやがったのか!」
「だから、お前の子かわかんねえじゃねえか。確率としちゃあ、四分の一だ」
「四分の一? 二分の一だろう! 計算もできねえのか、この馬鹿トカゲ!」
「いや、だから、あんたと、グレイと、ジョージとカインと、四人とやって、その内誰か一人のガキなんだから、四分の一だろ? あれ? 間違えたか? 確かに、算数ってやつは最近覚えたからよ。間違ってたら謝るわ。すまんすまん」
男の侮辱に、拷問官は指折り数えながら、軽い調子で答えた。
「……」
「おい」
「……」
「なんで黙る? オイラがちょっと計算間違えたくらいでそんなに怒るなよ」
「依頼主はアンカッサの街の、『寛容』のアレハンドロだ」
唐突に能面のような無表情になった男は、あっさりとそう吐き捨てた。
「お、おう。そうか」
拷問官が唐突な展開に、若干引き気味に頷く。
「白状しただろ、さっさと俺を離せ。誓約書に、俺たちは、嘘は吐けないよう書いてあったから、疑う理由もないだろ」
「そうだな。約束は約束だ! あんたを解放する!」
拷問官が高らかにそう宣言した。
「ちっ。根性ねえな。そもそも、別に誰が誰にナニ突っ込もうが、それでガキができようが、どうでもいいだろうが。結局、ヒトの数全体でみりゃ、増えるんだろ?」
フラムが舌打ち一つ吐き捨てる。
「ヒトが皆、フラムさんのような考え方をできれば平和なのでしょうがねえ。どうしても、ヒトの男は子どもが自分の種から産まれていると証明する方法がないだけ、常に不安なんですよ。独占欲があるんです」
「……旦那様が課したミッションはとても簡単。お互いの不貞を認め合うだけ。どちらにも負い目があるんだから容易いはずなのに、なぜあんな結論になるのか……。理解はできるけど、納得はできない。ヒトはやっぱり愚か」
プリミラが首をかしげて呟く。
「よっしゃ! お前ら聞いての通りだ! 決着はついた! ボックスオープン!」
司会のデザートリザードが高らかにそう宣言した。
箱の天井が吹き飛び、壁は四方に倒れ、全てが白日の下に照らされる。
「そういうことで、男はアンタを売った。よって女は死ぬうううううう!」
「「「「コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!」」」」
どこからともなくゴブリンたちから沸き起こるコール。
「そ、そんな。あんた、アタイを裏切ったのかい! アタイは、ローズのことも、パーティの金をビッチにつぎ込んだことも、全部、全部、全部、なにもかも許したのに!」
「うるせえ売女じゃおめえだろ! 俺の子供を殺しやがって!」
「違っ! それは、あん時のアタイらじゃとてもガキなんて育てられなかったから、今回の任務でまとまった金が入ったら、真剣に今後のことを考えようって!」
「知るか! 俺にはローズと所帯を持つ! あいつはお前と違って俺一筋だからな!」
「なっ! ローズがあんたと寝たのはねえ! 好きだからじゃないよ! 小さい頃から世話になってる恩返しのつもりさ! そんなこともわかんないなんて、あんたはとんだ阿呆だ!」
「けっ。あの短期間で俺以外の三人と寝る女の言葉なんて信用できるかよ」
「この無能でぐうたらのクズめ! シーフやってりゃあ、どうしても身体で情報を稼がなきゃいけない時があることくらいわかるだろう! 本当に性根が腐ったみみっちい男だね! 愛想が尽きた! アタイも白状してやる!」
「お、おい! もう、俺から情報を仕入れたんだから、こいつのは必要ねえだろ!」
「いや。同じ情報を複数から仕入れるのは確度を高める上で重要でさあな」
焦って制止しようとする男に、司会は無情に首を横に振った。
「依頼主は、アンカッサの街の、『寛容』のアレハンドロだよ!」
「確かに――じゃ、契約通り。両方自白ってこたあ、あんたら、わかってるな?」
司会が、男と女を左見右見して言う。
「けっ。ゴブリンの苗床たあ、売女にお似合いの仕事場だよ」
「アンタこそ、這いつくばって鉱山を彫ってりゃあ、少しは『謙虚』ってもんを覚えるだろうさ!」
男と女はお互いに罵り合って、唾を吐きかけ合う。
「――ああ。一つ言い忘れてたぜ。箱の中で見た姿。あれは、幻影だ。あれを見せた時点じゃあ、どっちも裏切っちゃいなかった。ま、総評としちゃあ、あんたらの愛は『そこそこ』だったよ」
司会がさらっとそう補足する。
「そ、そんな。じゃあ、俺は――」
「あ、アタイはなんてことを!」
拷問官に拘束された男と女は、自らのしでかしたことの大きさに身体を震わせる。
「「「「グゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!」」」」
絶望と後悔がないまぜになった、ヒトしか作れない負の表情を目の前にして、ゴブリンたちの歓喜と興奮はたちまち絶頂に達した。
「んじゃあ、早速、契約を執行するぜ! 『太っちょハンス』! 前に出て来いよ!」
「ジョウカンドノ! ハンス! ヤル! ヤル! ヤル!」
観客席から、一人の小太りのゴブリンが進み出た。
その顔は歓喜に歪み、口元から涎がこぼれ出る。
ハンスは、先日の商隊襲撃で功があったゴブリンの小隊長であった。
その褒美として、この栄えある陵辱担当に選ばれたのだ。
「あ、ああ……。ふひ、ふひ、ふひひひひひ」
女が気が触れたように、締まりのない笑みを浮かべる。
「うあああああ! ふがあああああああああ! あああああああああああ!」
男が慟哭した。
「「「「クキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」」」」
ゴブリンたちの興奮は冷めやらない。
ショーはこれからが本番なのだ。
「さすがは兄上じゃのお。一人も殺さずに、これだけの数のゴブリンの欲を満たしよった。もし、兄上がインキュバスに産まれておっても、やはり、成功したじゃろうて」
アイビスが感心したように言う。
「お褒めに預かり光栄です。――さて、今回は上手くいったようですが、毎回このような催しを私が考えている時間はありません。ですので、今後はショーのアイデアも、ゴブリン自身から募集させてみてはいかがでしょうか。ゴブリンが望むことはゴブリンが一番良く知っているはずです。複数案が出たならば、どの案を採用するかはゴブリンの皆さんに選ばせるといいでしょう。選ばれたアイデアを出した者は表彰し、ちょっとした報酬も与えましょう」
聖はフラムの方を一瞥して、そう提案を告げる。
「おう。部下の奴らにそう言っとくぜ」
フラムは興味なさげにその惨劇を一瞥した後、踵を返して天覧席を後にした。
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