第10話 魔王 歓迎する(1)
聖は玉座から、いち早く帰参した第一の魔将を睥睨する。
「……『怠惰』のプリミラ」
聖と目を合わせることなく、背中を丸めた猫背のその女は短くそう自己紹介する。
気弱そうな印象とは裏腹に、背は聖よりも高い。その肉体は凹凸がはっきりとしており、煽情的だった。肌にぴったりと張り付いたしっとりと濡れた半透明の薄絹が、余計に欲情を誘う――のだろう。聖ではない普通の男だったならば。
水色のセミロングの髪、その顔は無表情な能面ながらもどこか物憂げで、まごうことなき美人であったが、挙措が洗練されておらず野暮ったいために魅力は半減していた。
(もしくはわざと冴えない印象を装っている可能性もありますか)
「プリミラ、志尊に対して無礼ではありませんか! 跪き、もっと深く頭を垂れなさい!」
隣に控えるシャムゼーラがそう叱責する。
「……」
プリミラは無言のまま、鬱陶しいとばかりに両手で耳を塞ぐ。
「プリミラ――!」
「シャムゼーラさん。構いませんよ。ワタシは気にしていません。――ようこそ、プリミラさん。改めまして、私が魔王ヒジリです――まずは、プリミラさんのことを知りたいので自己PRを――これまでの戦果を報告して頂けますか?」
聖は笑顔でそう促す。
「……これ」
プリミラは胸の谷間から、羊皮紙を取り出して、聖へと投げ渡してくる。
「準備がいいですね」
聖は速読のスキルを駆使して、数秒で内容に目を通す。
その報告は簡潔で要点がまとめられており、地球のレベルと比較しても満足のいくものだった。
やはり、シャムゼーラの報告通り、東部地域の魔族が善戦したのは、彼女の作戦による所が大きいようだ。ろくに戦術論もドクトリンもなさそうな魔族軍において、自力でゲリラ戦術を考えだし、意図的かどうかは怪しいが河川の掌握を通じ船舶の流通経路を遮断して通商破壊を行い、ついでに土砂崩れや洪水を駆使して陸路の往来もちょくちょく妨害している。農民や市民などの一般人を狙った虐殺行為は敵の生産力と、潜在的な戦力を削るという意味でも合理的であった(この異世界ではあぶれた余剰人口が冒険者になる可能性が非常に高い)。
もっとも、通常、非戦闘員にまで手をかけて恨みを買うことは、将来的に敵の支配地域を占領した際の統治を考えると有害であるが、それはあくまで『地球の常識』に過ぎない。魔族的にいえば、極論、全員殺してアンデッド化の後、支配すればそれで問題は片付く。
聖的には、プリミラは非常に有能な人材であり、是非とも確保したいところだ。
「……どう?」
プリミラは床の血の染みのような一点をじっと見つめながら問う。
「素晴らしいです! 私はプリミラさんに是非仕事を任せたい」
聖は両腕を真横に広げて歓迎の意を示す。
「……どんな?」
「色々ありますが、ぱっと思いつくところでは、食糧増産のための農業における灌漑と、ゴブリンの衛生環境を向上させるための浴場への水の供給などですかね。将来的に武具の生産が始めることができたら、金属の冷却等に使う水の供給システムも手配してもらうかもしれません」
「……ゴブリン?」
「私はゴブリンを当座の魔族軍の主力にしようと考えているのです」
「……ゴブリンが戦うなら、ワタシは前線に出ない?」
「はい。基本的には生産に従事して頂く予定です。お望みならば前線にも出られるように配慮しますが」
「……いい。勝利のためには仕方のないこと」
などと言っているが、ヒジリにはプリミラがどこか喜んでいるように見えた。
「よろしい。で、プリミラさん。あなたは私が要求する仕事をこなす能力がありますか?」
「ある、と思う。ただ、事業の規模によっては、ワタシの魔力量が足りなくなる……かも。ワタシは魔法のコントロールは得意……だけど、魔力量自体は魔将としては過去のそれと比較しても高いとは言えない」
プリミラは所々詰まりながらも、言い直すことなく一息でそう言い切った。
彼女は喋ろうと思えば喋れるのだ。
どうやら、無口なのは演技だったらしい。
(『沈黙は金』、を正しく理解していらっしゃるようですね)
ますます聖はプリミラに好感を持った。
自身の能力を客観的に認知しているというところも良い。
「その点は問題ありません。足りなければ、必要な分だけ、私の魔力を譲渡致します。どうやら、魔王は莫大な魔力を有しているようですが、生憎、私は魔法のない文明から召喚されたものでしてね。魔法の理論や使い方を知らない私には、魔力の効率的な運用はできませんから」
そうなのだ。
魔王は、確かにおおよそ他の魔族の使える全ての魔法を行使できる。
だが、それはけた違いの魔力量に物を言わせたチートであって、必ずしも燃費の面で効率がいいとは言えない。
シャムゼーラと軽く実験した所では、熟練者が1の魔力で行使できる魔法に、聖は100の魔力を費やしているということだった。
これでは資源の浪費もいい所だ。
いずれは魔法の勉強をするのも悪くはないと思うが、もちろん今はそんな暇はない。
できる人材に魔力を使ってもらった方がよほど手っ取り早く、生産的である。
「……魔力を、魔王が?」
目を見開く。
無表情だったプリミラの顔に、初めて揺らぎが見られた。
今までの魔王は、力を与えるより、むしろ自身が力を蓄えることにしか興味がなさそうだったので、驚いているのだろう、と聖は判断する。
「はい。ともかく、これであなたが業務を遂行するのに何の支障もないと思いますが、仕事を受けて頂けますか?」
「……やる」
プリミラは即座に頷いた。
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