お留守番
※軽い暴力表現あります。
ご注意ください。
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東雲としての生活が始まって以来、太陽より少し早く起き、夜遅くに寝る日々。読み書きに術を会得するまでの下地を作る修行などが始まった。依頼先は貴族などの権力者が多いので失礼が無いよう、舐められないように歩き方や姿勢などの矯正もあった。もちろん男としての貴族社会のマナー。
そして空いた時間には炊事、洗濯、掃除など少しずつだけど、最初に来たときにお粥をくれたあの怖い女の人に教えて貰っている。まあ火のことや高いところなど出来ないことの方が多いので手伝い程度なのかもしれない。こういった雑用もお師匠様からは私の仕事だと言われている。
そして怖い女の人だと思っていた人は実はこれお師匠様の式らしい。この人のことをお姉さん、と呼べるほど少しは慣れてきた。幽霊らしいけど。
え、何が言いたいかって?やることがおおすぎるんだよ…。一度体力の限界でうつらうつら床みがきしていたらぶったおれたんですけどね、お師匠様から水をかけられ頬を叩かれましたよ。
「何をしておる、早うせい」
って。頑張って立ち上がったのはいいんですけど怖すぎて涙でそうになったところに片手で頬を掴まれたんですよ。痛い。
「泣くな。泣いてもなんともならん泣く暇があるなら床を拭け」
修行しているときもこんな調子で普通に殴る蹴るわ、ここに来て何日か忘れたけど全身傷だらけ。痛くて泣けばもっと怒鳴られる、叩かれる。
お師匠様は道満にとっても師匠らしく修行の場では私を助けられないらしい。他人事のように見ているだけ。仕方のないことなんだろうけど、なんだか自分の中にどす黒くてもやもやとしたものが芽生えそうになった。
前世もあわせて初めてここまで生きるのに必死になった気がする。いま、生きるのがやっとだ。
ある朝、ご飯の片付けをしているとお師匠様から呼び出しがあると式の女性が教えてくれた。
「およびでしょうか」
頭を垂れ、上座にいるお師匠様に声をかける。道満はお師匠様の側に控えていた。
「今から我らは本家へ戻る」
本家。つまりここは芦屋の本当の屋敷ではないということ。
「そのほんけにいくじゅんびでしょうか?」
「いや。本家に入れるのは芦屋の人間のみ」
その言葉に私は芦屋の人間ではなく都合の良い駒であるということを再認識させられた。
「…わかりました」
お見送りをするときに道満がごめんと軽く頭を撫でてくれた。そして真面目な顔で約束しろと言ってきた。
「いいか、ぜったいこのやしきから出るんじゃないぞ。出たら戻れなくなる」
戻れなくなる、とはなんなのだろう。外に出たら迷子になる子供だと思われているのかな、と思いつつ頷くしか無かった。
徐々に遠くなる2人の背中を眺めたあと、ご飯の片付けの途中だったことを思い出し炊事場に向かった。
「おねえさーん、おまたせしました!って…あれ?」
お姉さんがいない。足元にいる翡翠に問いかけてみるも不思議そうにきゅーきゅー鳴くだけだった。お姉さんがいない以上、自分でやれることをやるしかない。
まずは中途半端になっていた片付けをしながら一人でやって危険性のないものを考える。ぱっと思い浮かんだのは手習い。文字を書くには墨をする水、筆を洗う水がいる。幸い屋敷内に井戸があるので水の調達には困らない…はず。井戸を覗かないようにお姉さんに言われていたので、実は水汲み作業をした事がなかった。
小さめの桶を持って井戸に行き、近くに置いてあった縄がくくってある桶を見つける。その縄を握りしめ、ゆっくり投げ入れる。水面に着地した音がくぐもって響く。頭が落ちないように慎重に水の入った桶を引き上げていく。
「あれ?そんなにおもくない…?」
そこまで水が入らなかったのか、子供の私でも引き上げられる重さ。とにかく貴重な水をこぼさないよう地上までもちあげて確認してみるとまあまあ水が入っていた。
なんとなくおかしいな程度に思いつつも水を確保出来たことだし、部屋まで帰りそのまま手習いをすることにした。
「すこしはもじがきれいになったら、おししょうさまとどうまんにいちゃんよろこんでくれるかなぁ」
なんて筆と紙に向き合いながらふっと独り言がもれたところでふと我に返る。
今…私、思考回路まで幼児化してたくない…?
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