第19話

「遅かったのね」

「……うん」


 部室の前までやって来ると彼女は壁に寄りかかったままこっちを見始めた。カギを開けて部室に入ると後ろからついてくる。


「ずいぶん減ったわね」


 部室の机のことだとはすぐには分からなかった。


「2人しかいないから」


 部室にある机はパソコン用と俺と部長で合わせて3つ。去年は3年生もいたから減ってもおかしくない。


「そうだったわね」


 肯定なのか同意なのか分かりずらい返答をしてから部長の席に座る。この人も寂しいとか思うのだろうか。


「座らないの?」


 またあの目だ。見透かされているような感じがしてどうも落ち着かない。


「座るよ」


 言ってから座る。本当に俺に何の用があるんだ。

 椅子に座ってから彼女を見ると携帯を取り出してそれを操作している。その姿も絵になっていて映画やドラマを見ているみたいだ。


「ちょっと待ってて」


 言われた通り少し待つ。


「これ、貴方よね?」


 1枚の画像を見せてきた。

 これに何の意味があるのか、それは分からない。彼女が何をしたいのか。それは何となく分かる。でも何でそんなことをするのか分からない。

 画像には見覚えがある。これは俺だ。正確には俺がある女子大生と一緒に撮ったものだ。画面に向かってピースしている。ネットをよくやる人だったからあの人がどこかに載せたのだろう。


「まだあるわよ」


 憶えている。ゲームをしながらいろんな話をした。相手がオタクだったからアニメとかマンガとかゲームとか、大半はそんな話だった。

 ああ、好きな動画の話なんかもしたな。言い辛い呪文とかの固有名詞を早口で何回も言い合うなんてのもやった。誘われてオフ回に行ったこともある。懐かしいな。今じゃみんな思い出だ。


「色んな人と仲良くしてたのね」


 けど、それが何だって言うんだ。


「これを見せたくてわざわざ?」


 こんなことのためにわざわざ2人きりになったの? そう言いたくなるのを抑えることはできたけど訳が分からない。どうしてこんなことを?


「人に知られたくないわよね。特にあの2人には」


 確かに知られたくは無いけどどうしてもって訳じゃない。それよりどうしてこんなことをするのか。その理由を知りたい。


「黙っててくれる?」


 出方を探る。


「条件付きでね」


 ああ、そういうこと。


「悪いけどパス」


 雰囲気のオーラみたいなのが変わった気がする。こんな人でも動揺なんてするのか。


「どうして?」


 表情自体は相変わらず無表情なままだ。


「脅しみたいなやり方が嫌い」

「いいの? 人に知られても?」

「とぼけりゃいいだけ。昔バカやったで済む話だよ」


 オフ回だって出たのは数回、それだって今でも連絡を取り合ってる人間はいない。どこかの店に迷惑をかけたことも大声で暴れ回ったこともない。やったことと言えば夜中に終電目指して全力で走ったこと位だ。


「大体斎藤さん話す相手いる? 舞さんは中学時代俺がバカやってたのは知ってるし部長だって斎藤さんがこんなことしてるなんて話聞いたら信じる信じない以前にショックを受けると思うよ」


 少なくとも部長の話からはこういう人だとは思えなかった。このことを知ったらあの人はどう思うだろう?

 少なくとも俺はショックだ。1人でいることが多い人だから他人の秘密を言いふらせるとは思わないけどそれとこれとは話は別だ。そもそもこういうことをやる人だとは思わなかった。

 改めて見ても目の前の人物は相変わらず何を考えているのか分からない顔をしている。


「斎藤さんは人と話すの好き?」

「嫌いよ」


 だろうね。


「人がたくさんいるところは?」

「嫌」


 他人が嫌いだろうということはわかった。


「じゅあなんでここ入ったの?」

「ここ?」

「普通の高校ってことだよ。中学の時行ったオフ会じゃ定時制や通信の高校通ってる人だっていた。大検取れば大学だって受験できるしわざわざ普通の高校行く必要ないでしょ」


 昔の画像をいきなり見せつけられて脅迫まがいのことをされたんだ。これぐらいはやっていいだろう。


「何も知らないくせに」

「話さないのが悪いと思う。部長と話してみたら? 今日こういうことがあったって。あの人斎藤さんと話したがってたよ」


 別に俺の悪口だって構わない。その結果部長が謝れって言っても納得できたなら謝ったっていい。少なくともこんな回りくどいことをやるよりは健全だよ。


 斎藤亜里沙が部室から出て行ったのはその後すぐのことだ。部室を出るときの表情は何かを言いかけていたようにも、ただ睨んでいるだけにも見えけど、最後まで何を考えているのか分からなかった。

 姿が見えなくなったのを確認してから自分の机に突っ伏す。全身の力が抜けた感じがする。糸が切れたようなってこんな感じだろうな。今ならよーく分かる。

 あの人何なんだ。何であんなことするんだ。意味も訳も分からない。少し話しただけなのにホントに疲れた。


「よっ」

「入るね」


 2人がやってきた。タイミング的に近くで待っていたのだろう。もし俺が女だったら舞さんに抱きついていたかもしれない。結果報告をしなきゃいけないけどその前にここを出たい。


「……どうだった?」


 部長が珍しく控えめな声を出している。


「出てからでいい? 頭の中整理したい」


 校門を出たところで2人に何があったかを話すことにした。


「昔の話を持ち出された」

「何それ?」


 きょとんとした顔の部長と納得したような顔の舞さん。これで分かったのか。舞さんすごいな。


「話しても?」

「いいよ」


 積極的に話すことじゃないけど隠すことでもない。もう昔の話だ。


「女遊び、でいいのかな?中学の時すごかったんだよね」

「そんな感じ」

「へー。ホントに?」

「うん」

 そのへーはどういう意味なんだろう。

「何か意外」


 そっちの意味ね。よかった。


「目が合うとその子と仲良くできるかどうか何となく分かるんだよ。それでおごらせたり1人暮らしの子の家に泊まったりしてた」

「女子大生の家に何日も泊まってたこともあったよね」


 ありました。


「……割とクズだね」

「全く否定できません」


 おっしゃる通りです。


「今はやってないよ」

「だよねー」

「分かるの?」

「久ちゃんのそういう噂聞いたことないし、もし今でもそうだったら藤崎さんも避けてるっしょ」

「そうね。昔の話を持ち出されてどうしたの?」

「この画像をばらされたくなきゃ言うこと聞け。で、言い返した。まずかったかな?」


 部長は頭を抱えてうずくまっている。こんな部長初めて見たかも。


「そういうことする子じゃない……はずなんだけどなぁ」


 自信なさげだ。ショックだろうな。


「失踪する前はそういうタイプじゃなかったってことだよね」

「そうね。元々他人に興味がないって感じの人で自分から他人に何かすること自体珍しかったそうよ」


 そんな友人が今まで以上に他人と関わろうとしなくなって俺に脅迫まがいのことをするようになった。そりゃショックか。

 ん?


「舞さん詳しいね」

「久君を待ってる間に斎藤さんの話をしてたの」


 それでか。


「でもそんなことがあったなら光彩の方は聞けなかったよね」

「ごめん」

「気にしないで。何もないならそれが1番よ」

「よし!」


 頭を抱えていた部長がいきなり立ち上げった。


「とりあえず帰って作戦会議。今日はどこにしよう?」

「家なら平気よ」

「じゃあ藤崎さん家……そうだ、久ちゃんって1人暮らしなんだよね?」

「そうだけど」

「見学していい?」

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