第11話
その可能性はある。
大家さんはともかく舞さんは光彩のことを知られたくなかったのかもしれない。その可能性をどうして今まで思いつかなかったのだろう。
家族や友人と仕事の話をしたがらない人がいることを中学の時聞いたことがある。舞さんにとっては光彩がそれに当たるかもしれない。
俺の親は仕事とプライベートの境目がなかったから普通はそうなのかと驚いたのを憶えている。だとすると俺は聞かれたくないことを聞いてしまったことになる。ここで重要になるのは俺はどうするべきかだ。
俺は光彩について知りたい。でも舞さんは光彩について知られたくないらしい。このままスルーして今まで通りの関係を維持できる方にシフトした方がいいだろう。
けどそれはダメだ。光彩をなかったことにして今まで通りってわけにはいかない。考えろ、会話の主導権をこっちに引き込むんだ。
「あの、もしかしたらだけど、ひょっとしたら俺、迷惑かな?」
他に言い方はなかったのか? そう後悔してももう遅い。ずるい聞き方だ。やっちまった。この言葉しか出てこない。
「……どうしてそう思うの?」
どうしてって、そりゃ今の舞さん見たらそう思うしかないよ。俺はそんな冷たい奴じゃないんだよ。とはいえ直接こんなことは言えない。ココは正直にどうしてそう思ったかを話すべきだろう。
「舞さん俺に光彩の話したがらない感じだし……」
舞さんはずっとこっちを見ている。
「俺、光彩のこと知りたいんだ。あの女子高生に何で襲われたのかは舞さんも分からないんだよね? 身に憶えがないとは言わないけど狙われた理由を調べる手伝いくらいはできると思う」
あの日何があったのかを大家さんに話したがらない理由は分かった。けどそれだけだ。ずっと頭の中で引っかかっている疑問は解けない。
なぜ俺が光彩で襲われたのか。
あの女子高生が何なのかはとりあえず置いておくとしても重要なのは俺が狙われた理由だ。文句があるなら直接言うか殴りかかればいい。
知りたいのはわざわざ光彩を使う理由だ。舞さんは自分しか助けられないとしたらという例え話を持ち出し、大家さんは俺を特殊なケースだと言っていた。ということは俺に対して何か特殊な光彩を使ったのではないかとも考えられる。
けどこれはただの仮定だ。保健室で座り込んだときのやつを強めにやっただけかもしれない。そもそも自分であれこれ考えるだけじゃ限界がある。
「怖くないの?」
突然、舞さんがそんなことを言い出した。
「……光彩が?」
「……私が使える光彩のカードも」
光彩のカードを使うのは舞さん。保健室で女子高生を撃退した舞さん。
そうか。自分のことばかりで考えたこともなかった。舞さんは自分が怖がられるかもしれないと思っていたのか。
「不思議なことだとは思う」
ウソはついていない。
「うん」
「けどそれだけ。怖いとかはないよ」
光彩を使う舞さんで最初に浮かぶのは保健室でスカートを押さえて天井に貼りついている姿だ。正直あれを怖いとは思わない。
あの女子高生のインパクトが強すぎたのもあるだろうけど俺の中では舞さんは舞さんだ。それは変わらない。
ただ女子高生を睨んでたのは少し怖かった。けどそれは舞さん自身のことで光彩とは何の関係もない。
ん? だとすると舞さんは光彩関係なしに怖かったということになる?
「どうしたの?」
「何でもない何でもない」
うん。この話はもうやめよう。
「俺はさ、光彩のこと知れて良かったと思ってる。親が何の研究をやっているか話したがらない理由も分かったしね。舞さんは嫌かもしれないけど……」
光彩を使う舞さんが怖くないのは本心だ。けど舞さんが知られたくないことを知ってしまったことには変わらない。
「嫌じゃないよ。手伝えるかもって言ってくれて嬉しかった。でも本当にいいの? またあんなことになるかもしれないよ」
「また襲われるかもしれないし、だったら舞さんの近くにいた方がいいと思うんだ。そういうのも計算済み。あの女子高生だって消えたってことはあんな感じで出てくるかもしれないよね」
俺1人じゃ保健室と同じ目にあうだけだ。
「実際に襲われたら役に立てないけどね」
「そのときは私に任せて」
「お願いします」
「うん」
話はまとまった、と思う。
「リンゴ、もっと食べる? 食べるなら切ってくるよ」
「お願いしていい?」
「いいよ。ちょっと待ってて」
空になった皿を回収してスタスタと階段を下りる。心が軽くなってフットワークも軽くなったらしい。つまようじとフォークを取りに行ったときに比べて足取りが軽くなっているのが自分でもわかる。
人間って単純だよな。まあいいや、今は舞さんだ。
部屋を開けると彼女の手元が光っていた。あのときと同じカード状の光彩、それを右手でつかんでいる。
「これ、今でも見える?」
うなずいて答えた。
「あの人、これを騙し絵みたいなものだって言ってた。1度見えたらもう見えなかった頃には戻れないからだって」
「大家さんも見えるの?」
「うん、見えるだけで私みたいなことはできないけどね」
舞さんが手元の光彩を天井に向けて投げた。昨日は空中で方向を変え標的に向かって進んでいたが、今は空中で静止するとそのまま消えてしまった。
開けっぱなしだったドアを閉め、リンゴの入った皿を渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
「今のは?」
「光彩がちゃんと使えるか試してたの」
リハビリみたいなもんか。そういうことをやるってことは本調子じゃないってことなんだろうな。
「特別な理由がある訳じゃないよ。習慣みたいなものだから」
俺、やっぱり顔に出やすいのか?
「聞いてもいい?」
「光彩のこと?」
「うん、俺の体のこと。大家さんは俺の体が変になったのは光彩がなくなったからだって言ってたけど、舞さんはどういう意味か分かる?」
「私も光彩を使い過ぎると立ちくらみとか起きたりするし、そういうのじゃないかな。里緒さんは何も言ってなかった?」
里緒さん? ああ、大家さんの名前か。
「断定はできないみたいだった。あの日何があったのか全部は知らないみたいだし舞さんなら何か知ってるかなって」
「あの時は強い光彩が見えて、そこに行ったら久君が倒れてたの。私が見つけたときには意識を失くしかけてて……」
場面が想像できる。やっぱり舞さんだったんだな、アレ。
「そんなにやばかった?」
「その時は助けなきゃって……」
ああ、うん、それでか。
しばらく意識を失くすだけならわざわざアレをする必要はないよね? という俺の疑問は解決した。でもこの話題はあまり触れないでおこう。
「一週間寝込んだ人もいるって聞いたから何かあったかと思ってた」
「それ私のこと」
へ?
「光彩を使い過ぎるとそうなるみたい。でもうまく使えなかったときの話よ。今は平気」
安心させたいのは分かる。でも今の姿を見てしまったら平気と言われてもそうなんだと素直には信じられない。
「そんな顔しないで。光彩を使わなければそんなことにはならないから」
ああ、じゃあ今の舞さんがこうなっている原因は俺に光彩を分けたことにあるんだな。
「じゃあ保健室で急に動きがよくなったのも何か理由があるの?」
舞さんの顔を見る。うーん、困ってる顔だ。でも聞かない方が良かった、って感じじゃない。
「あれはね、あの時も言ったけど久君の中の私の光彩を戻したの」
そういやそうだった。まずいな、頭まで浮ついているみたいだ。
「昔里緒さん相手に練習してた時にできたことがあって、その時も私の光彩を戻すことができたからもしかしたらって……」
大家さんもそんなこと言ってたな。
「俺は何もできなかったわけだし、助けてくれて感謝してる」
今更になってお礼を言ってないことに気付く。
「いいよ、久君こそリンゴありがとね」
手を振って答えた。
「光彩ことは里緒さんの方が詳しいの。ごめんなさい」
「いいよ、謝らなくて。そこまでわかれば充分」
知識は大家さんで体を動かすのは舞さんってとこか。
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