第9話
次の日、俺は携帯で大家さんに電話した。あの人は平日や休日というものと無縁の生活を送っているらしく電話をしても繋がらないことが多い。
今なら何をしているのか予想がつく。親も実地調査だのフィールドワークだの言ってよく外出していた。そんな感じで光彩を調べるために色々やってるんだろうな。
「昨日はありがとね。舞もそう言ってたよ」
今回はすぐに繋がった。
「いえ、それで舞さんにちゃんとお見舞いしようと思うんですけどいいと思いますか?」
「優しいねー、いいよー」
「一応、責任感じてるんで。何か持って行こうと思うんですけどリンゴでいいですか?」
「いいねー」
「舞さんはどんな感じですか?」
「本調子って感じじゃないわ。心配だろうけど明日にはよくなるよ」
「分かるんですか?」
「大体はね。久弥君がアレをしてくれたら今日中には良くなると思うけどなー」
ああ、アレね。
「冗談じゃなかったんですか?」
「私がそういう人間に見える?」
見えないから困るんです。
「本当なのは分かりました。舞さんは知ってますか?」
「話したことはあるわ。試したことはないけど」
「そりゃ簡単に試せませんよ」
楽しそうに話すなー。ひょっとして昨日俺にご馳走したのも俺にあの話をするためだったのして。
「正直言うとね、アレあくまで仮説なのよ」
「だからデータ取らせてくれ?」
「そうねー。でもあの子に早く良くなって欲しいのも本音よ」
「正直なのはいいことだと思います」
「保証はできないからやるかどうかは任せる。あの子お見舞いだけでも喜ぶわ」
「そうします。大家さんは家にいますか?」
「昼まではね。いくら私でも丸1日病人を1人にする気はないわ」
「それを聞いて安心しました」
電話の内容はともかく許可はもらったので外出するために着替える。体の方はもう何ともない。昨日あったことが夢のようだ。違和感は今日起きた時点で無くなり階段も簡単に降りることができる。光彩が見えるという点を除けば俺の体は元に戻った。
けどあれは現実だ。夢じゃない。
近くのスーパーでリンゴを買ってから大家さんの家のチャイムを鳴らす。大家さんの許可は取ったしメールもしたから問題はない、はず。
少したってドアが開くと大家さんが出た。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
大家さんは女性物のジャケットを着て、裾が足まである長いスカートを履いている。これから外出するつもりなのは一目で分かった。
「舞のことお願いね。夜までには戻るから」
返答に困るな。
「深い意味は無いわ」
「……はあ」
「じゃあね」
「はい」
大家さんは出て行った。この家には今、俺と舞さんしかっていやいやいや、そういうことを考えちゃいけない。
「うし」
頭を切り替えるために声を出して台所に向かう。台所で包丁を探して買ってきたリンゴを細かく切って近くの皿に盛り付ける。
ヨーグルトあたりも用意した方が良かったかもしれないけど今さらだ。覚悟を決めて舞さんの部屋へ行こう。階段を上り舞さんの部屋の前で大きく深呼吸。1回、2回、3回。それからドアにノックを3回した。
「起きてる?」
「どうぞ」
いつもの舞さんだ。声を聞いて安心した。
ドアを開けると舞さんがベッドの上で上半身だけ起こしてこちらに軽く手を振っている。パジャマを着ていつもまとめている髪をほどいているから何だか新鮮だ。
「ごめんね」
「いいよ」
何がごめんなのかわからないのに返してしまった。とにかく今は舞さんだ。
白を基調とした家具が多く、何故か壁にダーツの的が掛けてある部屋に入る。ベットにいる舞さんまで移動して近くで見る限り顔に出ていないだけかもしれないけど顔色は悪くなさそうだ。昨日からずっとこうなのだろうか。
「リンゴ、切ってきた」
「ありがとう」
次の言葉が出てこない。何て話せばいい?
「座らないの?」
部屋に入ってから立ちっぱなしなことに言われるまで気付かなかった。変に緊張してる。これじゃだめだ。落ち着こう。
深呼吸。できない、舞さんの目の前でやるのは変だ。ああほらアレだアレ、あれだよ。
「食べる?」
手に持った皿を差し出した。とりあえず間を繋ごう。話さなきゃ始まんない。
「そうね。でも……」
何かやらかした?
「フォークかつまようじがあった方が嬉しいな」
それか。
「ちょっと待ってて」
皿を舞さんに渡し、台所まで戻る。病人相手に手で食えもないな。どうかしてる。いやどうかしてるは言い過ぎだ。やっぱり落ち着こう。ここでなら深呼吸できる。
1回、2回、3回。よし。階段を上って1度ドアを開けた。
「持ってきた」
「ごめんね」
「いいよ」
さっきと同じ展開。これでいいのか? よくねーよ。
「どっちにする?」
俺の手にはフォークとつまようじがある。それを舞さんの前に差し出した。
「こっち」
舞さんはフォークを手に取って食べ始める。その間に俺はベッドの近くに座った。
舞さんの部屋に来るのも久しぶりだな。去年の今ぐらいの時期に何回か来たことがあったけど夏には俺も舞さんも友達ができて疎遠になったんだっけ。
「どんな感じ?」
「……味のこと?」
否定の意味で手を振る。
「そっちじゃなくて光彩のこと。大家さんに光彩は疲れるって聞いたからどんなだろって……」
「昨日よりは良くなったよ。明日には治ると思う。あの人もそう言ってたよね」
言ってた。けど俺は舞さんの口から聞きたかったんだ。
「うん、髪って家ではほどいてるんだ?」
けど、さすがにそれを口にするのは恥ずかしく、もう1つの用も口にしにくいのも
あって別の言葉を口にしてしまう。
「これ?」
舞さんが自分で自分の髪を軽くいじる。
「昨日のカタマリも髪の毛が光ってたでしょ。光彩って髪の毛から何か感じ取るみたいで、ある程度長くしていないと上手く使えないの。邪魔なんだけどね」
自分でも分かっている。これはただの話題そらしだ。
舞さんの話は興味深いけど俺が聞きたいのは舞さんのことだけじゃない。確かに舞さんが心配なのは本当だ。嘘じゃない。けどそれだけでもない。俺自身のことだ。俺は自分のことが知りたくてこの部屋に来た。
「もし嫌だったら話さなくてもいいけど……」
いやいやいやいや良くない良くない。
口が思い通り動かない。大家さんに変な話を聞かされたせいだ。ああもう違う。変な話として記憶のごみ箱にポイできないから困るんだ。
「私に聞きたいことがあるんだよね」
ああ、舞さんも分かってるんだ。まあ、そうだよな。なら俺も口にしなきゃならない。
「……おととい俺に何があったか聞いていい?」
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