第14話 14皿目の食材探し
「先輩、何で巳茅に正体教えたんですか? ああなるの当然ですよ」
放課後、文乃の研究所に呼ばれた道矢が疑問をぶつける。
「倒すべき相手と共生出来る可能性が出てきたのよ。なら無闇に戦う必要無いじゃない。それに……」
デスクトップパソコンのキーボードを叩きながら文乃が続ける。
「女の子が復讐に生きるのは健全じゃないわ……っと、よし!」
エンターキーを勢いよく叩く音が室内に響く。
十デシベル以上の音は漏らさないという鬼の様な防音に、鋼板を挟んだコンクリート造りの研究室は教室程の広さで、見渡す限り淡い青で統一されていた。
「わーおっ! 思った通り、美味も総長も人間と同じ卵胞ホルモンじゃない!」
「らんほうホルモン?」
「女性ホルモンの事よ」
興奮気味の目で道矢を見る文乃。
「つまり人間と同じ卵巣があるって事よー、そしてそして人間の赤ちゃんも産めるって事よー! わひーっ! 凄いわ、凄すぎる発見だわ! きゃははははっ」
星マークになる様目を輝かせ、教会で祈りを捧げる様組んだ両手を上下に動かし、文乃が裏返った声を上げる。
「人間の赤ちゃんが産める? 何だそりゃ」
冷蔵庫や研究機器が並ぶ室内の隅にある二段ベッド、その上の段で残像が見える超高速腹筋運動をしているジャージ姿の総長が尋ねる。
「あなた達も生殖行為をすればそのお腹の中に子供を宿す事が出来るって事!」
人型土魚と人間、その倒錯した生殖行為を想像した道矢の顔が赤くなる。
「ふむ、私とアホウは母上から産まれた。その生殖行為とやらをすれば私も子を産めると言う事か。しかしその生殖行為とは何だ? どうやるのだ? 歌津文乃」
眉を寄せた文乃が顎に指を当てる。
「生殖細胞、つまり精子が必要になるんだけどね。うーん」
言いながら道矢に目をやる。
「じゃ、精子を持ってる道矢君、詳しい説明よろしく!」
丸投げされてしまった。
それに下の段でグルメ雑誌を読んでいた美味が顔を上げる。
「ほう、鳴瀬道矢、お前は精子とやらを持っているのか。それでどうやって生殖行為をするのだ?」
「何だよ、お前と生殖行為すれば俺っちにも子供出来んのか、面白え。おい、その生殖行為っての早く教えろよ」
おにぎりの作り方でも訊くような二人の顔に、道矢は困惑する。
「いやあ……それって気軽に、その、説明出来るもんじゃないからねえ……」
「む、そんなに生殖行為とは難しいものなのか?」
「ま、まあその行為に至るまでが難しいというか、行為自体はその、難しくないみたいなんだけどね。あ、初めては入れる場所がわからないとかいうけど……」
「何言ってんのかわかんねーぞ、コラァ!」
腹筋運動を止めた総長がベッドの上から跳躍すると、五メートルは離れている道矢の前に着地した。
「おい、道矢ぁ! メンド臭え説明してんじゃねーよ、いいからオメーの精子で俺っちに生殖行為してみやがれ!」
自らの胸に親指を当て、八重歯を剥いた総長が道矢に顔を近づける。
「このアホウが!」
ベッドから床に足を置いた美味が、まるで早送り動画の様に総長の側に来ると、ハリセンで頭頂部を勢いよく叩いた。
「いてえ! 何すんだよ姉貴」
「生殖行為に至るまでが難しいと言ってたろうが! アホウのお前が考える程簡単では無いのだ! 謝れ、鳴瀬道矢に!」
「ヴッ……さーせん」
肩を落とす総長の図体を押しのけ、美味が道矢の前に立つ。
「鳴瀬道矢、私なら文句なかろう?」
そう言ってハリセンを手の平で叩いた。
「な、何をですか? っていうかそのハリセンどうしたんですか?」
「テレビで見て作った。おかしな言動をする者をこれで叩き、場を治める道具なのだろう。私にピッタリと思い作ってみたのだ。っと! いかんいかん、質問に答えてなかったな。つまりだ、生殖行為に至るまでが難しいのだろう。だが、私となら何とかなるはずだ。どれ、その段階を乗り越え、私と生殖行為をしようではないか、鳴瀬道矢」
「え?……ええ!?」
「きゃははははっ! あんた人型土魚に子種提供してパパになるのね、きゃはははっ」
椅子の上で文乃がこちらを指差し腹を抱えて笑っている。
それに道矢が仏頂面になった。
「無茶振りした挙句、何笑ってるんですか。もう、こんな話をする為に呼んだんですか、先輩?」
「あっと、ごめんごめん」
笑い涙を拭った文乃が背もたれに体を預け、足を組む。
「あんたの妹、みっちゃんだけどさ。お寿司ある? って聞いたじゃない。あれに心当たりある?」
「んー……まあね。確か俺とあいつが十歳の時……いや、十一歳だっけ? まあいいや、その時に父さんと母さんが誕生日会してくれたんですよ、回らない方の寿司屋で。親父がじゃんじゃん大トロ頼んで、そりゃもう美味しかったの覚えてますよ。巳茅もがつがつ食って美味い美味い言いまくってたな。まあその後は土魚現れたんで、寿司どころか刺身も食べた事無いんですけどね」
「なるほど、温かい両親と美味しかったお寿司、そんな大切な思い出から口にしてしまったのね……」
文乃が悲し気な目で笑みを浮かべた。
「ふええー、寿司ってなそんなウメーのかよ。俺っちも食いてーなー」
「寿司も知らんか、アホウが。寿司というのはだな、主に新鮮な魚類を小さく切り分け、酢飯と一緒に握ったものをいうのだぞ。まあ雑誌で知った知識で食べた事は無いが」
「魚類!? ってこたー魚? うええマジかよ。この学園の庭にある池で魚見たけどよ、スゲー臭くてマズそうだったぞ」
「アホウ! それはコイだ。寿司になる魚ではない! 海にいるマグロなどが寿司になる魚だ」
「海? 見た事ねーけどアホみたいに広いんだろ? 海って。そこにいる魚ってやっぱデケーんすかね? こうドカーンてな位」
「喜べ、お前のアホウさの方がデカいぞ」
「マジすか? やった! ウラァ!」
二人のやりとりに、悲し気な目が呆れ目に変わる文乃だったが気を取り直してこう提案した。
「そのお寿司をみっちゃんにご馳走しない? 私達で」
「私達で、ってどういう意味ですか、先輩?」
その提案に、道矢は嫌な予感がした。
「私、父さんの秘書役で会合の席に同伴した事があるの。その時耳にした話だけど、胡桃波(くるみなみ)漁港の冷凍庫にね、大量のマグロが保管されてるんだって」
「く、胡桃波ってここから車で二時間以上かかるとこですよね? まさかそこからマグロ分けて貰うつもりですか、先輩」
「父様の力を使っても分けて貰うのは無理ね。何よりここ最近急増した変種土魚のせいで漁港への道も閉鎖になってるわ」
「お手上げじゃないですか」
「うふふ、そう思うでしょ」
片目を閉じた文乃が人差し指を立てる。
そして、その指先を美味と総長へ向けた。
「さあ、ここであなた達の出番よ。胡桃波漁港の冷凍庫まで行って、マグロを持って来て頂戴!」
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