第6話 待ち人来る 6皿目

 昼休みの学園、道矢は屋上の一角にある温室で野菜のプランターに水をやっていた。

「あんたが鳴瀬道矢?」

 声の方へ振り返ると、温室の入口に腕を組んだ女子が立っていた。

 利発そうな目、黒いふわりとしたロングヘア、収まるサイズのシャツがよくあったなとばかりに大きい胸。

 だが何より彼が注目したのは口であった。

 プライド高いけど思いやりもあるタイプの口、かな。

「ちょっと、訊いてるんだけど?」

 苛立ちを含んだ低い声に道矢は慌ててこう答えた。

「は、はい。そうですが」

 その返事を聞いた巨乳女子が道矢へ歩み寄りニヤリとする。

「私は三年A組、歌津文乃(うたつふみの)。研究部部長よ」

 そんな部あったっけ? 

 そう思いつつこう尋ねた。

「そ、その部長様が何の用で?」 

 文乃の口の端が持ち上がる。

「あんた、変種土魚の人型と接触したんですって?」

 鼻先に白い指先が突き付けられた。

「い? 接触?」

「それも二度も接触したらしいじゃない」

「え、何で知ってんの?」

「何で知ってんにょ? じゃない! 双子の妹さんから聞いたのよ」

 あんのヤロー! 誰にも言うなってあれ程釘さしておいたのにーっ!

 内心歯ぎしりする道矢。

 それを見透かしたよう鼻先に突きつけた指を更に近づける。

「妹さんはね、あなたの事を心配して私の所へ相談しに来たのよ。決して軽々しく 口に出した訳じゃないって事だけは覚えておきなさい」

 ぐうの音も出ない道矢はそれに頷いた。

 暫し目を合わせた文乃が突き出した指を引くと鼻で笑った。

「ま、私に相談を持ちかけたのはまさに大正解。人型変種と遭遇した! なんて  軽々しくメディアに言ったら世界中の研究機関が我先にとこの学園に押し寄せて 来ちゃうからね。それ程人類の命運を左右する大事な情報なのよ」

「じ、人類の命運を左右……ですか」

「あっきれた。今朝のニュース見てないの? 人型変種土魚を解析根絶するってい う国会決議がされたのよ」

「そ、そうなんですか。朝寝坊しちゃいまして」

「朝寝坊しちゃいましてぇ、じゃない! いい? 私に協力しなさい」

「え?」

「にえ? じゃない! 今からあんたは私の研究に協力するの! 早速研究室へ行 くわよ」

 何が何やらといった道矢の手を取った文乃が温室の出口に歩き出す。

「わあっ!? ちょ、ちょっと……」

「まずは見たまま聞いたままを話して貰うわよ。そして血液採取、DNA分析でサ ンプル作成してと……」

 文乃の実験材料的発言に道矢の顔が青ざめる。

「ちょっとお、勝手にそんな事していいと思ってるんですか!?」

「あら心配してるの? 安心して、私こう見えても土魚研究の第一人者なのよ。ど の位かっていうと専門の研究所用意したからそこでやらないかって国から誘われ たりする位の。でも私そういうの嫌いなのよね。父様の学園でやる方が気楽だ  し。そりゃ最新機材に興味あるかって訊かれれば否定はしないけど、でもまあそ こは私の……」

 そこまで聞いた道矢がクラスで耳に挿んだ会話を思い出した。

『この学園に秘密の土魚研究室があるらしいぜ』

『あ、それわかる、天才女子が研究してるってんだろ。しかも巨乳美人っていう』

 都市伝説にも似た噂話とその時の道矢は気にも留めなかった。

「せ、先輩が噂の天才女子だったんですか?」

「ああそれね、まったくどこから湧いたんだか。今も言ったでしょ、私は誰にも邪 魔されず静かに研究したいの。だから研究部は生徒も先生も入れない場所に作っ たんだけどね。あ、今から行く所がそこよ。感謝なさい、父様以外足を入れるの はあなたが初めて……」

 温室から出た文乃の足と口が止まる。

 背中に当たりそうになった道矢は何事かと彼女の肩越しに屋上へ目をやった。

 いくつもの悲鳴が二人の耳に飛び込んできた。

 サッカーも出来そうな広い屋上、いつもの様にのんびり昼休みを過ごしているは ずだった生徒達が何かから逃げ回る様ちりじりに走り回っている。

 その何かが道矢にはすぐにわかった。

 キッチンで二度も目撃した変種土魚の背びれ、目に映る範囲だけで十匹以上いるのは明らかだった。

「変種だ! 何でこんなにここへ!?」

「何でこんにゃにここへ!? じゃない! もう! ここはハンター予備軍が大勢いる んでしょ、何やってるのよ!」

 文乃が素早く上着のポケットからスマホを取り出した。

「……あ、放送室? この通信を即刻学園内に流しなさい! はあ? 誰かって? 私は歌津文乃! 理事長の娘よ、早く流しなさい!」

 屋上のスピーカーが耳障りな音を立てる。

「あーあー……よし! ハンターコース全員に告ぐ! 大至急実弾を込めたEEガ ンを携帯、屋上へ集合! 変種土魚が多数出没! 繰り返すEEガンを携帯し大 至急屋上へ!」

 スマホに話す声がスピーカーから流れる。

 素早い対処をする文乃に道矢は感嘆した顔を向けた。

 そんな道矢を文乃が睨んだ。

「これまで変種土魚が現れた事例は世界中で六件!……その内二件があんたのよ。 何なのよ一体……あんたは!?」

 どう答えてよいかわからない道矢が目を落とした。

 その目を再び文乃へ向けると、彼女の背後に誰かが立っているのに気付いた。

 彼女もその視線と背後の気配に感づいたのか慌てて後ろを向く。

 立っていたのは学園の制服姿の女子。

 百七十は優にある長身に制服のサイズが合って無い、スカートはかろうじて下着が隠れる長さで、シャツに至ってはシックスパックの腹筋を隠す事すら出来なかった。

「あなた、そこに居たら危ないわ! 早く逃げて!」

 思わず文乃が口走る。

 だが腰に手を当てた長身女子は腰まで伸びたポニーテールを風に揺らしたまま動かない。

 それどころか大きな八重歯が見える笑みで二人を見下ろしていた。

 長身女子の斜め後ろから変種土魚の背びれが現れ、獲物を見つけた様に文乃達へ疾走してきた。

「きゃあ~! こっち来た~! どうしよっ、ねえ助けて! 何とかして~!」

 甲高い悲鳴を上げ、文乃が道矢へ抱きつく。

「ちょっ、先輩逃げなきゃ、ちょっと離れて」

 コンクリートの床から勢い良く飛び出した変種土魚が二人めがけて襲い掛かる。

「うわああ!」

 口を大きく開いて向かってくる変種土魚に道矢は恐怖の悲鳴を上げた。

「あ~あ、何で言う事聞けねえかなあ」

 長身女子がコンクリートの床にひびを入れて跳躍すると、変種土魚の尾びれを両手で握った。

「ご主人様のー! 命令も聞けねえこのノータリンがあ!」

 サポーターがタオルを振って応援する様に、長身女子が四メートルはある変種土魚を振り回していた。

「オリャーーー!!」

 手から放たれた変種は弾丸の様に飛んで行くと、転落防止の金網に激突。

 途方もない力にその図体は網目からミンチとなって宙に散らばる。

 長身女子はそれに目もくれず、手を一振りしてこびりついた灰色の液体を飛ばした。

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