第49話 「耐久度のテストなんて…… 俺は知らねえ!」

 相棒の視界には、時々行き過ぎる四角い窓の外の景色が映る。そのまま天井を見てみろ、と鷹は相棒をうながす。視界が一人でにずれてゆき、それが自分自身の視界と変に合わないので、彼は一瞬眩暈を感じる。慣れればいいのだろうが、時間がかかりそうだ、と彼は苦笑する。

 しかしさすがの彼も笑っている場合ではなかった。

 手の中の爆弾は、次第に反応の速度を高めている様だった。

 近づいてくる。目を伏せる。向こう側の視界に集中する。ガラスの天井が、その上の、中天回廊へと近づいていく。

 光が、さっと、降り注ぐ。

 鷹は手にした爆弾をシェドリスに手渡すと、昇降箱の壁を蹴った。

 ゆっくりと、向こう側からの昇降箱が、彼等が乗ったものとは逆方向から降りて来る。彼等の側からしたら、「降りてくる」だ。しかも、天地は逆に。

 中からオリイがガラスの壁に貼り付く。中から出て、と彼は声わ送る。オリイは少しあちこちを見ていたが、やがて、先程シェドリスが開いた部分と対称的だが同じ場所にある扉を開けた。

 ふわり、とその髪が無重力に広がる。

 その様子を見ると、鷹は壁の一部分に手を当て、その反動でこの昇降箱の「下」にと進んだ。案の定、そこにはひど反応が速くなった爆発物があった。これだ、と彼はそれを、それでもそっとはぎ取る。

 手にした瞬間、それはまるで、全力疾走した後の心臓の鼓動の様に激しく手の中で反応している。


『早く!』


 オリイに強く呼びかける。オリイからは何の答えも帰ってこなかった。だがそれでも、サイドリバーを引きずる様にして、無重力にふわりと泳ぐオリイの姿は目に入った。

 鷹は手にしていた爆弾を昇降箱の一つに入れ、シェドリスの方を向く。

 ところがその時だった。

 シェドリスは反応を強くしている爆発物を掴むと、そのまま昇降箱の中にと、飛び込んだのだ。

 はっとして彼を引きとめようとした。

 だが、シェドリスの行動は一歩早かった。彼はそのまま中に入ると、ボタンを押して、扉を閉めた。

 そてし中から離れろ、と両手を使って、大きな身振りをする。


 まさか。


 だが考える暇は無かった。彼はぐっ、と腕を何かで引っ張られているのに気付いた。髪が、腕に絡みついている。

 オリイは広がった髪の一部をもう一つの箱に引っかけると、そこで反動をつけて、サイドリバーと鷹を髪で絡め取り、そして放した。

 すう、と流れて行きそうになるところを、中天回廊の入り口にある緊急用の手摺りに髪を絡ませ、オリイはそのまま自分の相棒と、サイドリバーをその場にくくりつけた。


 そして、低い音が響いた。



「耐久度のテストなんて…… 俺は知らねえ!」


 サイドリバーは壁を大きく殴りつけると、叫んだ。

 うめくような声で泣き始めたサイドリバーから、鷹は端末の通信を奪い取ると、両側の管制室へと戻させる様に指示をした。


「……確かに、抜群の強度だよ……」


 箱の内部で爆発させれば、その箱の外側は大丈夫、とシェドリスは信じていたのだ、とサイドリバーは二人に言った。

 爆発物そのものの破壊力は大きくはなかった。あくまで、一人の天使種を殺すために仕掛けられた爆弾だったから、それ以上の威力は不安定さを伴う。


「……何でこんなことを……」


 内部が圧力と熱で変形し、焼けただれた箱の中で、シェドリス・Eと名乗っていた男は、既にその元の姿をほとんど留めていなかった。

 確かに、この状態にまでなってしまうと、再生も無理なのだ。


「ああそうだよ、確かにこの昇降箱は、外側からじゃ操作できないようになっていたさ、それが防犯のためだからな。だけどそれでお前自身がやられてどうするんだよ! ナガノ!」


 シェドリス/ナガノはもう既に口をきくことはできなかった。降りていく昇降箱の中で、その美しく整えられた床を、ひどい色に染めながら、既に最期の時を待つだけだった。


「おい何とか言えよ……」


 サイドリバーは、友人の前でうずくまる。鷹はその姿を見て、相棒の方をふらりと向いた。


「オリイ」

「何?」


 相棒は首を傾げる。


「さっきお前、俺にテレパシイ飛ばしたよな」

「うん」

「こいつの意志を、……最期の意志を、聞き取れないか?」


 オリイは軽く首を傾げると、どうかな、とつぶやく。


「やってみてくれないか?」


「……いいけど…… 鷹、手貸して」


 ん? と彼は言われるままに手を伸ばす。オリイはその手を取ると、自分の頬に当てさせる。何を、と彼が思っているうちに、その手首にするすると髪の毛が絡みつくのを鷹は感じた。

 ぴり、と僅かな刺戟が感じられたと思うと、頭の芯がふっと揺らぐ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る