エピローグ

 ここは三十階仮眠室。今日は加納さんも含めて五女神のそろい踏みです。


「シオリ、よく来てくれたね。今日も泊ってってね」

「そのつもりだよ」


 食事の支度も整って、


『カンパ~イ』


「ところでシノブちゃん、これは、


『かめえんぎ』


 こう読むのかな?」

「そう読む人も多いですが、正式には、


『きえんぎ』


 こう音読みします」


 これはシノブ専務が調査を進めていた浦島のお話。シノブ専務は現代エラン語が話せた人の線であれこれ調べられています。


「気になる読み方やな。それはちょっと置いといて、宇宙真理教亀縁起ってなってるから、新興宗教団体みたいやけど、仏教系、それともキリスト教系?」

「あえていえば道教系ですが、道教とはかなり違う独自の教義で良いかと思われます」

「みたいやな、宇宙の真理はエランにありやもんな。エランが出てくるぐらいやから、最近できたんかな」

「それが古くて、確認出来たのは明治からですが、江戸期からあったと見て良さそうです」

「その時からエランやったんか」

「明治からのものはそうなっています」


 ミサキも妙だと思います。惑星エランの存在は、宇宙船団騒ぎの後ならポピュラーですが、それ以前は誰も知らなかったとして良いはずです。そりゃ、社長や副社長でさえ知らなかったのですから。もしエランの名前を知っているとしたら、


「ユダと関わりがあるのでしょうか」

「無いと思います。ユダの表の本業はカソリック、それもヴァチカン勤務ですから、得体のしれない日本の新興宗教と協力関係や、支配関係があるとは考えられません」

「コトリもそう思う。ユダはあれでも本業はちゃんとやってるし」


 ウィーンのシュテファン大聖堂でユダに会った時の枢機卿姿が思い出されます。


「だったら・・・」

「可能性は二つで、タマタマのまぐれ当たりか、本当に知っていたかや」


 ここで社長が、


「知っていたでイイと思うわ。日本語の語感としてエランはないと思うもの。適当に江戸時代なり、明治時代に作ったのなら、他のもっとポピュラーなものにするはずよ」

「ユッキーもそう思うか。そうなると、やっぱり浦島の線が出てくるんやけど・・・」


 コトリ副社長はちょっと考え込んで、


「でもシノブちゃん、教祖は代々女やねんな」

「そうなんです。乙姫と呼ばれています」

「それで本拠が竜宮島にあるってことか」


 亀縁起の本山は瀬戸内海に浮かぶ島にあり、本当は黒岩島ですが、亀縁起が本山を置いてから竜宮島と呼ばれるようになっています。


「ところで現代エラン語を話せたのは亀縁起の誰やったん」

「はい、乙姫の夫で良さそうです」

「へぇ、乙姫には旦那がおるんか、うらやましい」


 だからコトリ副社長、そこは注目点じゃないでしょうが、


「そんなことないで。現代エラン語が話せるってことは、浦島の可能性があるやんか」


 よかった、ちゃんとまともに考えてた。


「ところでシノブちゃん、その乙姫って、なにか出来るの」

「はい、いわゆる神通力の持ち主とされ、様々な不思議な現象を起こすとされています」

「手品じゃないの」

「その点については、現地調査のハードルが高くて十分に確認できていません」


 亀縁起の本山である竜宮島に渡れるのは信者の中でも特別に選ばれた者だけで、それ以外の者が入り込むのは島と言う事もあって困難だそうです。


「ただですが、予言は良く当たるとの評判です。このために大企業の社長クラスも入信して、乙姫の予言を聞いているようです」

「高いの?」

「かなりです」


 もっとも乙姫の予言は口外を固く禁じられているそうで、具体的に何を予言し、それがどう当たっているのかは確認出来ていないとの事でした。


「悪さは?」

「それが具体的には。予言料が高いのは確かですが、これも当たればのもので、依頼者も無駄金を払っているとは思えません」

「信者募集は?」

「とくに強引なことはしていないようです」

「献金とか、お布施がムチャクチャ高いとか」

「それなりにしますが、ボッタクリって程ではありません」


 社長がビールをグッと飲み干して、


「裏は?」

「とくに怪しいつながりは認めません」

「加納賞の一件との関連は?」

「あれもどう調べても、スタジオ・ピーチの桃屋社長が黒幕です。ただ・・・」


 シノブ専務もお代わりが欲しいと一休み、


「あの事件に関係するかどうか不明ですが、まず桃屋社長は亀縁起の信者です」

「おっ、やっと何か出てきそう」

「乙姫の夫と見られる人物とかなり懇意であった可能性があります」

「うんうん」

「あの事件以来、乙姫の夫が竜宮島に渡って、出ていないようなんです」

「う~ん、関連がありそうやけど、えらい微妙な話やな」


 ここで加納さんが、


「でも江戸紫は妙なのよ。ここ十年ぐらいだけど、とにかく依頼を地引網のように取りまくっているのよ。そうやって取りまくった依頼を仲介業者のように下請け化した中小スタジオに売りつけるてるのよ」

「はい、実はスタジオ・ピーチだけではありません。他の業界でも似たような事象が起っているところがあります」

「あら、そうなの。さすがはエレギオンHDの調査力ね。それと不思議なのは江戸紫はシコタマ儲かっているはずなのに、裁判になったら弁護費用の工面も四苦八苦し、あっと言う間にスタジオ・ピーチは倒産しちゃってるのよね」


 どこかでつながりそうだけど、


「亀縁起とインドラ・スペース社との関係は」

「あると見て良さそうです」


 インドラ・スペース社はインドの宇宙開発企業。最近になってロケット打ち上げに成功し、世界の人工衛星ビジネスに進出しようとしています。


「ユッキー、やはり」

「コトリの推測が当たってるかもしれない」

「でもやけど、遠大すぎる計画はどう思う」

「そうでもないかもよ。まだ千三百年ぐらいだし。これから千年かければ可能じゃない」

「それはそうやねんけど」


 どういう事かと聞けば、浦島が黒幕でカネを集めていたとしたら、エランに帰るつもりではないかの見方です。今の技術では、いつになるかわからない代物ですが、とにかく不死の神ですから千年でも待てると言えば待てます。


「でも浦島は望郷の念から地球に帰ったのでは」

「そこやねんけど、丹後国風土記逸文では、


『所望暫還本俗 奉拝二親』


 読み下したら、


『本俗に暫し還ることを所望し、二親に拝し奉る』


 ちょっと故郷に帰って両親に挨拶してきたいぐらいとしてるんや」

「それじゃ、エランを捨てて故郷に戻ってしまうのではなくて、ちょっと里帰りぐらい」

「そうや、故郷を見て満足したらエランに戻るってなってるんや」


 そりゃ、そうかもしれない。当時のエランでも今の地球より遥かに進んでるから、ずっと住み着くのは無理になってると見るのが自然だわ。


「それと亀比売が玉手箱を嶼子に渡した後やねんけど、


『即相分乗船』


 別々の船に乗ったとなってるんよ」

「それって宇宙船が二隻編成だったってことですか」

「そうやないやろ、それやったら同じ船に乗るやんか。亀比売は地球まで追っかけてきたんちゃうやろか」


 言われてみれば、


「じゃあ、玉手箱は」

「そこのところはこうなっとる、


『君終不遺賎妾 有眷尋者堅握匣 慎莫開見』


 あなたが私の事を思ってくれるなら、箱を固く握りしめて、中を見たらいけないぐらいや。これを仮に意識移動装置とすると、稼働するなの意味に取れるやんか。稼働して他の人に移ってもたら、亀比売は誰が浦島かわからんようになるぐらいや」


 あれっ? 二人は深く愛しあってたんじゃ、


「浦島伝説では三年やけど、実際の結婚は何年目かわからへんやん。浦島夫婦は危なかったんかもしれへん」


 ありゃ、話がえらい生臭い方向に、


「ここでやねんけど、亀比売はエラン人やと思てるかもしれへんけど、地球人だった可能性もあるねんよ」


 言われてみれば、


「地球人やったら、エランに連れて来られて二百年ぐらい夫婦やってた可能性もあるんよ」


 無いとは言えないかも。エランでは地球人は優遇されたみたいだけど、逆に言えばエラン人に紛れ込んで消え去るのは難しそう。ずっと監視されてるようなものだし。


「じゃあ、浦島は奥さんから逃げるためにわざわざ地球に?」

「かもしれへん。でも遅れて来た亀比売は探査装置持って来てたんちゃうかな。浦島がそうするのを予想してや」


 女はそういう怖いところはあるものね、


「亀比売は浦島を見つけ出して、また夫婦やったと思うねん」

「でも、それだったらエランに連れて帰るはずじゃ」

「宇宙船が故障したのかもしれん」


 ここでコトリ副社長は、


「ユッキー、会わん方がエエ気がするけど」

「コトリもそう思う?」

「別にたいした悪さやってるわけじゃなし、エレギオンHDかって、いうほど被害受けてないし」


 共益同盟のナルメルとは次元が違うのはわかるけど、


「ミサキちゃん、キ・エン・ギはシュメール人が自分の国を呼ぶ時のものやんか」

「ええ、そうですが」

「これは惑星エランの古い呼び方でもあるんや。日本やったらヤマトみたいな感じかな」


 そうなんだ。


「浦島と亀比売はエランに帰りたいんちゃうかな。夫婦喧嘩もあったり、旦那が逃げようとしたりもあったけど、二百年も夫婦しとったら、そりゃあるで」


 無いとはミサキでも言いきれない、


「でもな、地球に取り残された格好になってもたから、ヨリ戻したんちゃう。コトリとユッキーがどんな喧嘩をしても、絶対に相手を信じてるのと似た感じかもしれへん」

「では浦島が現代エラン語の知識を見せびらかしたのわ」

「エラン人に見つけて欲しいアピールやった気がする」


 エランの宇宙船は当分の間、いや下手すると二度と来ないかもしれません。


「エランの実情を教えてあげれば如何ですか」

「それは可哀想な気がする。二人の夢やし、生きがいやんか。地球の宇宙技術でエランに到達するなんて、千年でも難しいかもしれへん。そこまで夢見てた方が幸せな気がする」


 そうかもしれない。知ったところで、浦島も亀比売も何も良いことは無いものね。今回の件は少しやり過ぎだったかもしれないけど。二人がエランに帰りたいの願望を思うと、二人の神を処分するのがベストとは思えないところがあるもの。


「まあ、また悪さしたら叩き潰したらエエだけやん」


 こっちだって不死で監視してるようなものだから、それでイイかも。


「それと今回は無理やったけど、千五百年前のエランの様子と浦島伝説の真相知りたいやんか」


 やはり歴女だ。それでも今回の女神の仕事は平穏理に終ってくれました。そりゃ、パリの時はいきなりエレシュキガルの冥界に強引に押し込まれましたからね。ただ主女神の加納さんまで三十階仮眠室のメンバーになられましたから、次が怖いかも。

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