神戸へ

 翌朝どうするのかと思ってたのだけど、


「シオリちゃん、もうちょっとユックリしたかってんけど、マリーが悲鳴あげててね」

「そうなのよ、倒れちゃったら可哀想だし」


 そういうことで帰るようです。でもイイ旅行だった。すっかり元気を取り戻した気分。仕事だってバリバリ出来そうだし、男だって・・・これはやめとく。帰りは電車かと思ったら白浜で下りちゃうのよ。向かった先は南紀白浜空港。


「コトリちゃん、白浜空港から神戸空港に定期便はないよ」

「定期便はね。でも急ぐから・・・」


 行って見るとなんとプライベート・ジェット。


「もともとはアメリカ出張用に向うに一機買うてんよ。乗り継ぎ、乗り継ぎかなわんし。使って見たら便利やからヨーロッパ用にも買ってん。で、ついでやから本社用にも買ってん」

「どこまで飛べるの」

「たいして飛ばへんけど、中国ぐらいやったら行ける。かなり贅沢やし、ミサキちゃんにかなり睨まれた」

「睨んでませんよ、でもあの時は・・・」

「シオリちゃん前ではやめとこ」

「失礼しました」


 さすがにプライベート・ジェットは初めだわ。ちょっとした遊覧飛行気分だもんね。機中で、


「シオリ、また連絡するから渋らずに出て来てね」

「了解よ」

「それと準備が整うまで動かないでね」

「わかった、任せるわ」


 マンションに戻ったら、なにか違って見える気がする。なんて言えばイイのかな、行く前はすべて死んでた気がする。そりゃ、ソファにしろ、テーブルにしろ、食器にしろ、生きてるも死んでるもないけど、なんか活き活きして見える気がする。


 さてと、写真の整理をしなくちゃね。PC開くのも久しぶり。どれどれ、イイんじゃない。腕は錆ついてないみたい。ここで使うのはこの写真で、色出しはこれぐらいにして、やだ、トリミングもしとかなきゃ。


 ここからは星野君の分か。大きな画面で見ると良さがわかるよね。こりゃ、結構な才能かもしれないわ。いきなり使ったライカでここまでクセを活かすのは並大抵じゃないと思うよ。ひょっとしたら掘りだしものかもしれないよ。加納賞の入選資格はあると思うもの。


 ここからは民宿の写真だね。いやぁ、こりゃ、おもろいわ。でも、ここも星野君の才能が出てる気がする。表情のとらえ方が、わたしとガチな写真もあるじゃない。これは、なかなか撮れないよ。出来にムラがあるのは仕方がないけど、あの歳ならそういう荒削りなところがある方が伸びるはず。


 しっかし、たいしたものだわ。風景も人物もここまで撮れるとは正直なところ驚いたよ。こういう若い才能は刺激を受けるものね。どうしたって歳取ると守りに入って、無難な線で小さくまとめようとしちゃうから、こういう力強さを見るのは嬉しいのよ。


 ちょっと気になるのはわたしの写真が妙に多いねぇ。あれだけユッキーやコトリちゃんから、


「撮って、撮って」


 あそこまでの大攻勢を受けてたから、あの二人ばかりと思ってたのに、わたしも負けてないぐらい多いし、良く撮れてるじゃないの。これはモデルにポーズを取らせる手法じゃなくて、モデルを自由にさせて、そこから生まれる思いがけないショットを拾うってやつだけど、ここまでやるとはね。


 あっ、そうか、星野君はわたしに惚れたね。だってさ、これはわたしのカメラで、わたしが見ることを知った上で撮ってるんだ。こりゃ、ユッキーやコトリちゃんが怒るぞ。またわたしがさらっちゃうって。


 でもさすがにね。八十のババアだから星野君とは釣り合いが悪すぎるわ。ユッキーやコトリちゃんでもどうかと思うけど、わたしじゃ孫世代だもの。でも恋愛関係は置いといても、最後の弟子にしてもイイかもしれない。


 それにしても誰の弟子やってたんだろう。これだけの才能を持ってるのなら、目をかけてもイイはずなのに。えっと、たしか下の名前はサトルだったっけ。誰か知らないかな。知ってそうなのわっと、


「お久しぶり、加納志織だよ」

「これは先生、御無沙汰しています」

「知ってたら教えて欲しいのだけど・・・」


 何人かわたしの弟子と、事務所の元スタッフに聞いてみたらようやく知ってるのがいた。


「先生、知ってます。星野サトルならスタジオ・ピーチにいましたよ」

「げっ、江戸紫のところだったの」

「一年ぐらいでやめたんじゃないかなぁ」


 よりによって江戸紫の弟子をやってたとは。江戸紫の本名は桃屋太平。苗字が桃屋だからあだ名は江戸紫以外にないじゃない。というか、そんなあだ名が付くぐらいの奴と思った方がわかりやすいと思う。


 腕はプロとして食えるぐらいのものはあるけど、師匠としては最悪クラスの奴なんだ。弟子を薄給でコキ使うのはこの業界的には珍しいとは言えないし、


『見て覚えろ』


 これでロクすっぽ教えないのも褒められないけど、その程度もまあ多々あること。なにが最低かって、才能のある奴を全力を挙げて潰しにかかるところ。そりゃ、師弟と言っても一本立ちすれば商売敵だし、一人伸し上がれば誰かが蹴落とされるのはこういう業界の宿命よ。


 それでも弟子にしたからには、伸びる奴はちゃんと伸ばす。それが嫌だったら、最悪伸びるのを邪魔しないのが師匠の最低限の矜持とわたしは思ってる。その気がないんだったら弟子など取るなとわたしは言いたい。



 江戸紫が業界で生き残れてるのは妙な才能があるのよね。これはどうやってるかわからないんだけど、仕事を集めて来るのが異常に上手いこと。そのうちで分の良いのは自分でやるのだけど、小さいというか、カスみたいな仕事は他のスタジオに回すんだよ。それもガッツリ仲介料とってさ。


 わたしもそんな時代があったからわかるけど、中小スタジオの多くのところは年がら年中ピーピー言うてる。そういうところでは、江戸紫が回すカスみたいな仕事でも有難くやらなきゃ、今日のオマンマも危なくなるってところ。


 だから江戸紫のスタジオは結構な勢力もってるんだよ。本業部分より、仲介業の部分の方が大きい気がするけど、ちゃんと儲かってるから『大手』って呼ばれてるぐらい。どっかの勘違い番組が新しいビジネス・モデルとかで採り上げてたぐらいだからねぇ。


「星野サトルはいきなり江戸紫のところだったの」

「いいえ、その前は、えっと、えっと、新光スタジオだったはずです」


 あちゃ、最悪パターンのドツボだわ。江戸紫のクソ野郎は自分とこの弟子を潰すだけじゃなく、仕事の仲介で下請け化してる中小スタジオの有望新人を引き抜きやがるんだ。ありゃ、引き抜きやないね。引き抜き自体は業界としてあるけど、江戸紫のやるのは強請だよ。そうやって自分のスタジオで念入りに潰しやがるんだ。



 わたしゃ、星野君を褒めてげたいよ。江戸紫のところに一年もいて、潰されず、まだあれだけの写真への情熱を持ってるんだもの。だから加納賞なのかもしれないね。江戸紫のタチの悪いのはまだあって、潰しきれずに生き残ってる連中の邪魔もやりやがるんだ。


 コンクールってのは、やっぱり階段を駆け上がる時に有用なんだけど、江戸紫のところは『大手』なんだよね。だから江戸紫が審査員になることも多いし、審査員に圧力をかけることも多々あるのよ。江戸紫の息のかかったコンクールはわりとあるのよね。


 その点、加納賞はわたしが仕切ってたから、さすがの江戸紫も手が出せなかったんだよ。イヤ~な予感がしてきた。江戸紫のクソ野郎は加納賞にも手を出してるんじゃないの。星野君のためにもなんとかしてあげたいけど、今の私は隠居状態だから、何ができるんだろ。ここはユッキーやコトリちゃんに頼らざるを得ないわね。

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