龍神温泉

 さすがに一時間半の路線バスの旅は長かった。


「とりあえず宿に荷物を預けて観光します」


 宿はバス停からほど近い上御殿。なんでも紀州藩の開祖である徳川頼宣が龍神温泉を訪れた時に建てられた御殿が始まりらしく、当時の建物も残ってるらしい。


「シックでエエやろ」


 とりあえずフロントで荷物を預かってもらい観光に出発。宿の周囲の探索程度かと思ってたら、ずんずん歩いて行くのよね。それもウキウキしながら、みんなタフねぇ。どこまで行くのかと思ったら、皆瀬神社までいって参拝し、龍の里橋を渡り曼荼羅美術館、さらに道の駅龍神によって皆瀬弾正の墓も見て一時間半。やっと帰って来たと思ったら、


「ついでに温泉寺も見ておこう」


 ようやく宿に帰り着くと、


「よっしゃ、時刻もバッチリ。風呂だ、風呂だ」


 露天風呂を貸切予約にしていたようで、その時刻に合わせるようにコトリちゃんは案内していたみたい。この露天風呂が日高川を見下ろす位置にあって最高。ゆったりつかりながら四人を見てたんだけど、こりゃ綺麗やわ、まさに女神の美の競演。これだけの光景はそうそう見れるもんじゃないよ。


 プロとしてアイドルや女優、モデルの写真を数えきれないぐらい撮って来たけど、これほど綺麗で魅力的なヌードは滅多にないと思うよ。強いて特徴をあげるとユッキーはスリムで華奢。でも鶏ガラみたいな素っ気ない華奢じゃなくて、しっとりした色気と優しさに溢れるボディかな。なんか食べちゃいたい気持ちになっちゃう。


 コトリちゃんはスリムでキュート。小島知江とも似てるけど、ただのスリムじゃなくて若鹿のような張りがあるのよね。ムチのようなしなやかさと、強さを持ってるとしてもイイわ。


 シノブちゃんは可愛い。どこまでもやわらかくて、ほんわかした感じ。でも間違ってもデブじゃない。しっかりと出るところは出てるし、くびれるところはくびれてる。たるみなんて、どこを探してもないもの。こういうタイプは撮りがいがあるのよね。


 香坂さんはどっちかというとグラマー・タイプ。着やせするみたいで、普段のスーツ姿からあのナイス・ボディを想像するのは難しいかもしれない。それとグラマー・タイプと言いながら無駄な肉はどこにもないのよね。キリッと引き締まってシャープな感じって言えばイイかも。


 こんな四人のヌード写真を出したら売れるだろうな。そりゃ、もう腕の揮いがいがあるもの。これだけの素材で売れる写真集が作れなかったらプロとは言えないよ。でもね、でもね、どこかおかしいのよね。


 この中で一番若いコトリちゃんで五十歳、ユッキーは一つ上の五十一歳。香坂さんになると還暦越えて六十五歳だし、シノブちゃんなんて古希の七十歳だよ。歳だけでいえば老人会の旅行みたいなものじゃない。そんな事をボンヤリ考えていたら、四人が突然ポーズを取り始めて、


「どうシオリ、プロの目から見て誰が一番」


 おいおい、そこまでやるかと思ったけど、ここは乗らないとね。わたしも負けずにポーズを取って、


「そんなもの。八十歳のババアが一番に決まってるじゃない」


 五人で大笑いになっちゃいました。体を洗ったりしてたんだけど、


「シオリちゃん、ちょっと頼みがあるねんけど」

「なに」

「言いにくいんやけど」

「なによ」

「アカン、ユッキー代わりに言うてくれへん」


 あれ、なんだろう。


「コトリ、わたしだって言いにくいよ。ミサキちゃん、お願い」

「社長、堪忍して下さいよ。ここはシノブ専務に・・・」

「どうして私なんですか!」


 おいおい、なんの話だこれ。四人でさんざん押し付け合いの末に香坂さんが、


「もう、結局こんな役割ばっかり。副社長が仰るには、五女神が一緒に旅行するなんて久しぶりだから、記念写真を撮っておきたいとの事なのです。そこで大変申し訳ないと思うのですが、加納さんにカメラ係をやっていただけないかと」

「な~んだ、そんなこと」

「シオリちゃん、そこでものは相談やけど。撮影料は友達価格にして欲しいんよ。まともに依頼したらエレギオンが倒産しかねへんし」


 するか! 月で餅つきするためにスペースX社を買収しようとするエレギオンが、たかがわたしの依頼料で倒産するわけないでしょ。


「もう引退してるし、プライベートの旅行だから料金なんていらないよ」


 写真か。最後に撮ったのはいつだったっけ。カズ君の癌がわかった時にプロは引退しちゃったけど、写真は続けるつもりだった。いや、これからは自由に好きなものを撮るつもりだったのよ。


 有名になって、売れっ子になるほど仕事は増えるんだけど、どうしても仕事になっちゃうのよね。なんていうか、料金こそ上がって儲かるけど、それが撮りたいものと違ってきちゃうのよ。そりゃ、プロだから、それなりに仕上げるけど、どうにも、


『こなしてる』


 この感覚が年とともに強くなってたんだ。だから引退したら、自分の撮りたいものを撮るつもりでマンマンだったのよ。それこそ商売抜きの芸術家としてね。実際に撮ってたんだけど、カズ君の再発がわかってからは撮れなくなってた。


 カズ君が亡くなった後はカメラを触るのもイヤになってた。カメラはわたしの生きがいで、それで成功したのはハッピーだったけど、カメラはカズ君を幸せにしたかと思うと、そうは思えなかったの。わたしにカメラがあったばっかりにって。


 もちろん、それだけじゃないけど、撮ろうとする気力が根こそぎなくなってた。もう死ぬまでカメラなんか触らないとさえ思ってた。でもね、この旅行に来てからムクムクと撮りたい気分が溢れて来てるのよね。


 だってあの四人はどう撮っても絵になるし、こんな景色の良いところじゃない。どうしても撮りたいって気持ちが止め様がなくなってる。えへへへ、たぶんそうなるんじゃないかとさえ思ってた。実は持って来てるんだ。


 あんな楽しそうな四人組なら頼んでも撮らせて欲しいぐらい。さすがにヌードは無理だろうけど。


「ありがたい、経費が増えるとミサキちゃんが怖いんよ」

「そうなのよ、どれだけ怖いか」

「そうなんや、エレギオンで一番怖い人なんよ」

「毎朝、会うたびにオシッコちびりそうになるもの」


 そしたら香坂さんは、


「ミサキは怖くなんてありません。お二人が暴走さえしなければ、なんにも言いませんし、なんにもしません。だいたいですね・・・」


 そりゃクレイエール・ビルを壊しそうな悪戯を始終やらかそうとしてるのなら、香坂さんは怒るよね。つうか、どうも香坂さんはユッキーとコトリちゃんのお目付け役みたい。


「とにかく社長や副社長の暴走の方が千倍怖いです」


 ああ、すっかり若返って同窓会気分だよ。

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