シオリのマンションにて
ユッキー社長の命を受けたミサキは加納さんに連絡を取り自宅のマンションに伺いました。このマンションも最初に訪れた時は生死をかけるほど緊張したのも今となっては懐かしい思い出です。
『ピンポン』
加納さんを見るたびに思うのですが、ミサキもあそこまで歳を取らずにこのまま過ごすのだろうかと感心しています。シノブ専務も七十歳になられますが、頑として歳を取られませんから、女神の力ってホントに凄いと思っています。
加納さんの容姿に衰えはまったく見られないのですが、表情がすぐれません。すぐれないというか活気を感じないのです。活気というか生気を感じないとした方が良いかもしれません。
とりあえず挨拶と三周忌のお悔やみを済ませて本題に。どこから入ろうかと思いましたが、一番気になっていたユッキー社長が間に合わなかった点からにしました。
「今ごろカズ君、天国でビックリしてるんじゃないかな。やっとユッキーに会えると思って行ったのに、ユッキーは天国にはいないもんね」
「申し訳ありません」
「イイのよ。あれはあれで良かったと思ってる。ユッキーが『今さら』って気持ちになったのはわかるもの。あれは木村由紀恵とカズ坊のロマンスであって、小山恵とのロマンスじゃないもの」
そこから加納さんは紅茶を一口飲んで、
「もし会ってたらカズ君、きっと混乱してたと思うわ。やっぱり知らずに亡くなった方が良かった気がしてる」
「・・・」
「そんな顔しないの。心配しなくてもわたしが天国に行った時に説明しておくから。どうせユッキーにしろ、コトリちゃんにしろ天国には来ないんだから」
「・・・」
「天国にユッキーがいなくて良かったかもしれない。あの時のラブ・バトルはコトリちゃんだから勝負になったけど、ユッキー相手じゃ話にならないもの。だから天国でもカズ君はわたしのものよ」
加納さんの声が心なしか涙声になってる気がします。
「ミサキちゃん、聞いてもイイ」
「わかる範囲でしたら」
「ミサキちゃんはどうなるの」
話して良いものかどうか悩みましたが、思い切って話しました。ミサキとシノブ専務は、一度は受け継ぐ記憶を封印されたこと。これを去年、今からの記憶を受け継いでいくことになったことを。
「じゃ、ずっとエレギオンHDの常務をやるとか」
「一緒に旅行に来ていただければ、もう少し詳しいお話を社長なり副社長からさせて頂きますが、おそらくそうなります」
加納さんは何か考えておられるようでしたが、
「わたしに宿ってる主女神は目覚めないの」
「おそらく社長か副社長でないと無理かと」
「じゃ、わたしが記憶を受け継ぐようには」
「それは社長や副社長でも無理かもしれません。主女神は自分で封印されていますから」
加納さんは再び紅茶をすすりながら、
「だったらわたしは普通に死ぬだけね。だってさ、なにかの拍子に主女神とやらが目覚めて、記憶の継承が続いちゃったりしたら、天国に行けないじゃない」
「そ、そうなりますが」
「行けなきゃ、今の生きがいの天国でカズ君に再会できなくなっちゃうものね。安心したわ」
山本先生を失った衝撃はここまでなんだ。寂しいのだろうな。夫婦仲は本当に良かったもの。いつまでも恋人気分が抜けない夫婦って本当にあるものだと感心したものです。それに子どももおられないんだ。さらに加納さんは、
「なんかね、生きてるのが辛くてさ。どうして生き残ってるんだろうってね。すっかり引きこもり状態よ。このわたしがだよ。カズ君が逝っちゃってから完全にババアよ。あははは」
旅行の件はかなり渋られました。渋られるどころか、あっさり断られました。加納さんは引退されてからも、山本先生が元気なころはコンクールの審査員とかもされていましたが、先生が亡くなられてからはすべて辞退され、今では部屋を出るのも億劫だと仰られます。
ミサキは、このままでは加納さんがこの部屋で朽ち果ててしまうと強く感じます。とにかく加納さんはエレギオンの主女神です。これを支えるのがミサキも含めた四人の女神の役割のはずです。
それだけじゃ、ありません。宿主こそ代わっているとはいえ、ユッキー社長やコトリ副社長の古い友だちです。間接的にミサキだってシノブ専務だってお世話になっているのです。ここで、
『はい、そうですか』
こう引き下がったら女神の秘書は務まりません。考えるだけの手段を駆使して粘りに粘りました。たとえ次の日までかかっても口説き落とすつもりで頑張りました。ミサキの説得に根負けしたのか、単なる気まぐれかはわかりませんが、
「そこまで言うなら旅行の件の話だけは聞いてあげる」
気が付くと日も暮れていましたが、何とかここまで漕ぎ着けることができました。長居したことを謝って会社に戻りユッキー社長に報告です。加納さんの同意が取れたことにホッとした表情をされた後に、
「シオリはそんな感じだったの」
それだけ言うとコトリ副社長と顔を見合わせて黙り込んでしまいました。
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