第16話 感情の芽生え
事実として、秋山くんはそれからも店に来て香織の作った料理を食べていた。香織は秋山くんの体調に合わせて毎回味を変えていた。それを秋山くんが理解していたのかは判らないがこの前
「いつも僕の体のこと考えてくれてありがとう」
そんなことを言っていたので、多分理解してるのだと思う。そんなことを考えていたら香織に訊きたいことが出来た。店の休憩の時間に連れ出して公園で尋ねた
「今更なのだが、味覚としては普通の人間と同じなのか?」
確かに今更だ。上司として確認しておかなかったのはウカツだった。香織は遠くの木々を眺めながら
「味覚は前と同じです。特に変わってはいません。でも内容の分析が出来るようになりました」
そんなことを口にした。
「じゃあ、味見をして成分のデーターを分析出来るのか?」
香織の頭脳に付いてる量子PCならそんな事も出来るのかと思った
「はい脳とPCが繋がっていますから舌がセンサーの代わりになります。尤も義体の感覚全てはセンサーとなります。人が自然に目やその他の器官で確認した情報を頭脳で判断して各器官に命令していますが、それと同じ事をしています」
そうか。そうでなければ香織は何も出来ないことになる。
「只、私の義体の目は人間の目よりも色々なことが出来ますからね。ios感度の調整、赤外線やサーモセンサーの機能。それに望遠、広角の視野もあります」
つまり人の目より優れていると言う訳か
「でも人間のように目が慣れるということがありませんから、そこは随時調整が必要です。ま、それも自分では意識的にはやらず無意識にコントロールしますけど」
不便なようでも人の体は良く出来ていて、それをそっくり人工的に真似をするのは大変なことらしい。香織の頭脳に量子PCが埋め込まれたのも頷ける。
「私が今持っているブラックの缶コーヒーですが、これはカロリーが6キロカロリー、糖質は100グラムあたり0.7グラム。カフェイン0.06グラム、タンニン0.25グラムです。つまりコーヒーの苦味はカフェインよりもタンニンによるものだと結論出来ます。他にはカリウムが……」
「もういい。判った」
香織は美味しそうにブラックの缶コーヒーを飲み干した。
「じゃあ、その分析したデータは何処に行くんだ」
「はい、私のサーバーに保存され、後で同じものを作る時に利用します」
「お前、店でも料理を作る時に一々そんな手間を掛けているのか?」
そうだったら面倒くさい奴だと言うことになる。
「まさか。店で作るメニューに関しては頭の方に入っていますから、そんな面倒くさいことはしません。この場合、何処かに食事に行き、自分でも作ってみたいと思った時にデーターとして保存しておき、後日それを利用するのです」
それを聴いて、何処かの店のレシピを真似する事も簡単に出来るのだと理解した。まさか会社は研究の目的の一部にはそんな思惑もあるのかと考えてしまった。
「ま、常に同じものを作れるということだな」
そんな俺の言葉に香織は
「それは高梨さんを始め店の料理人は同じじゃないですか。皆さんプロなのですから」
その言葉で我に返る。
「ははは。そうだな。それを行う為に修行して来たのだからな」
俺の言葉に香織は
「私も、高梨さんほどではありませんが一応修行して来ました。だから仕事としては普通の料理人です」
その言葉の意味が今の俺には良く理解でした。
その週末、何時ものように香織が俺の部屋に来た
「たまには俺がお前の部屋に行くと言うのはどうかな」
そう言ったところ香織は妖艶な笑みを浮かべながら
「私たちの行為がそっくり見られていても良いなら」
そんなことを言ってベッドに潜り込んで来た。寝ても垂れない形の良い胸を弄りながら
「秋山さんも喜んで触っていました。ベッドに座っていたから判らなかったと思いますが、こうやって横になれば不自然を感じたでしょうね」
そんなことを言って俺を驚かせた
「触られたのか」
「はい。だって高梨さんだって私が脱いだら触らずにおられますか?」
いやおられないだろう。
「だから好きなだけ触らせてあげたのです。特に減るものではありませんから」
正直、香織のこの辺が理解し難い部分でもある。
「その……やはり感じたのか?」
その言葉を聞くと香織は俺を睨んで
「少なくとも私は好きな人に触られなければ感じることはありません。嫌な時はその部分のセンサーを切っていますから」
香織の表情を見るとかなり怒っている。
「つまり意にそぐわぬ男に触られても何も感じないといことか」
「何も感じない程度なら良いですが、嫌な事もあります。秋山さんに対してはそれほどではありませんでしたけど」
つまり、それは『子供を産めぬ体でも良い』となったら、最後まで行ったと言うことなのか? 香織は俺の考えを読んだのか
「私が他の男の人に抱かれたら、やはり嫌ですか、嫉妬しますか?」
普通はそういうものは察するものだと思いながら
「気が狂うかもな」
そう言って自分の気持ちを述べると香織は
「それを聴いて安心しました」
ニコッと笑った表情はゾッとするほど妖艶だった。その後
「シャワー借りますね」
そんなことを言って来た。事の後にシャワーを浴びて躰を洗うことは常だが、事の前にシャワーを浴びるのは珍しかった。
「珍しいな。来て直ぐにシャワー使うとは」
「今日、お店でイヤらしい親父に手を触られたのです。握りを出す時に触って来たの。それがゾッとして蕁麻疹が出ると思ったぐらい。まあ、出ないけど」
香織はバスドアの向こうでシャワーを浴びている。それが磨りガラス越しに伺えて結構なものだった。そんなのも、たまには悪くないと思うのだった。
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