第17話
「大丈夫か? 海!」
滝のような汗を流して息を切らす海に、善之は心配そうに声をかける。
サッカー部のパス回しに、海の足が付いて行かなくなってきているのは仲間の善之たちは気付いている。
というより、サッカー部の方もそのことに気付いているように思える。
「ハァ、ハァ……、あぁ……、大丈……夫!」
「大丈夫じゃねえじゃねえか!」
善之の問いに対して海は気丈に返すが、とてもではないが大丈夫そうでない。
完全にスタミナ切れの状態で、これ以上はプレーできるのか不安になるくらいだ。
中原海。
小学校時代は、兄同様地元のサッカーチームに入り、そこそこ有名な実力の持ち主だった。
そして、中学生になり、サッカー部に入ったが、2年生に上がる前に事故に遭った。
車にはねられて両足を複雑骨折し、入院を余儀なくされた。
しかもひき逃げで、犯人はまだ捕まっていない。
損害賠償を請求しようにも、犯人が捕まらないので請求することも出来ず、ほぼ泣き寝入りの状態になっている。
受けた怪我は重く、退院してもリハビリなどで多くの時間を使うことになり、復帰できるのがいつになるか分からなかったのでサッカー部の方は退部することにした。
そして、たまたま他校の善之に会い、彼らと共に自宅に併設されているフットサル場で練習をするようになった。
懸命のリハビリの成果もあって何とか完治し、技術の方は元に戻りはしたものの、体力の方がまだまだついてきていない。
練習では何とかギリギリもっても、今回のように真剣勝負となると精神的な疲労も伴って、もう限界が来てしまったようだ。
「完治してからまだ日が浅いからな……」
ゼエゼエ言っている海を見て、竜一も心配そうに話しかける。
善之たちとフットサルをやるようになっても長い時間プレーすることができず、すぐに交代することが多かった海が、練習で1試合出場できるようになったのは、高校入学する少し前だ。
善之たちでも結構きついのに、そんな状態の海ではこうなるのは仕方がない。
「ともかく、お前は少し省エネプレーで我慢しろ!」
「……す、すまん……」
海が怪我から復帰しようと一生懸命だったのは、善之たちも知っている。
問題児4人も、競技が違うが元は運動好きの努力家たちだ。
思った通りにプレーできないのに、イラ立つことすらなく頑張っている海のことを口には出さないがある意味尊敬している。
このままでは完全に海の所から攻め込まれる。
それを少しでも減らすためには、海には少し手を抜いてもらって、体力の回復を図ってもらうしかない。
そのため、善之は練習の時と同じくらいのプレーで海には動いてもらうようにして、他のメンバーで海の分の動きをカバーするすることにした。
「竜! 優! 頼むぞ!!」
「おう! 任せろ!!」
「……了解!」
海の分の動きをカバーするとなると、他の3人の体力をこれまで以上に消費することになる。
善之のその指示に、竜一と優介も分かっていたことなので、了承の声をあげた。
「瀬田!」
「高田さん!」
フィクソの位置に入ったサッカー部の高田は、ドリブルでサイドに流れた瀬田へ近付きボールを呼び込む。
その姿を確認した瀬田は、呼んだ高田にすぐさまパスを渡す。
サッカーではボランチの位置の高田が入ったことで、サッカー部の攻撃がまたも少し変わった。
ピヴォを石澤、アラを西尾と瀬田、フィクソを高田というフォーメーションになり、バランスがかなり良くなった。
特に高田が地味に良い役割をしている。
パス回しの速度に緩急をつけて、攻め込めないと思えば無理に攻めることもなくなり、じっくりと様子を見るようになっている。
攻撃のキーマンである西尾と瀬田の2人も、無理そうとなったら高田がフォローに来てくれるという安心感から、気分が楽になったのか更に自由にプレーしているように見える。
「西尾!」
「くっ!!」
高田の狙いは両チームの誰もが分かっている通り、スタミナ切れの海の所。
善之たちからしたら左の位置にいる西尾の所へパスが渡る。
パスを受けた西尾は、一気に速度を上げてドリブルで海を抜きにかかる。
西尾のドリブルに付いて行こうにも、今の海では反応が遅れてついて行けず抜かれてしまう。
「もらった!」
海を抜いてペナルティ―エリア内に入った西尾は、そのまま勝也の位置を見て冷静にシュートを打とうとする。
勝也も何とかシュートコースを消そうとするが、全部を消すことは不可能。
僅かに開いているゴール左サイドを狙って、西尾はシュートを放った。
「なっ!?」
「ぐっ!!」
勝也の脇を抜けて、狙い通りのコースに飛んだボールに同点弾を確信した西尾だったが、次の瞬間目を見張った。
ボールが飛んで行く射線上に、一人の足が出現したからだ。
驚いたのも束の間、その人間の出した足に当たって、タッチラインの外へと飛んで行った。
「ナイス!! 竜!」
「おうっ!」
西尾の決定的なシュートを阻止したのは、石澤のマークに付いていた竜一だった。
海がドリブルで抜かれたのを見た竜一は、すぐさまゴールへ向かって走り込んだ。
完全に石澤をフリーにしてしまったが、立ち位置の関係で西尾には石澤を視認することができないと判断しての行動だ。
それにしても、もしも西尾がワンフェイント入れていたら、フリーの石澤に気付いていたかもしれない。
そこにパスを出されていたら、完全に失点していたかもしれない状況だった。
「勘に頼って正解だった!」
「今日は冴えてんな!!」
竜一が言うように、さっきのプレーは完全に勘による行動だった。
その発言に対し、勝也は笑顔でハイタッチする。
練習の時でもそうだが、竜一は時折味方でも想像しないプレーをしたりすることがある。
はっきり言って、竜一は善之たちの中で一番足下でのプレーが上手くない。
しかし、こういった勘で動いた時、敵の得点を阻止したり、値千金弾を決めたりすることがある。
当然、全部の勘が当たるという訳でもなく、時には味方の邪魔になったりすることもあるのだが、今回はそれに助けられた。
「スクリーン!!」
タッチラインからのキックインで始まり、パスを回すサッカー部。
しかし、またも海が狙われる。
高田のスクリーンによって海が止められ、またも西尾がフリーになる。
「くそっ!!」
ペナルティーエリア内に入った西尾へ石澤がパスを出し、それを受けた西尾は、またもシュートチャンスになった。
しかし、今度は完全にフリーという訳ではなく、海を止めた高田のマークを外した善之が、勝也と共に西尾のシュートコースを消そうと懸命に戻った。
「っ!!」
そんな善之を嘲笑うかのように、西尾はノートラップでパスを出す。
そこには瀬田がいつの間にか走り込んできていた。
「くっ!!」
「……止める!!」
瀬田には優介がマークに付いている。
ドリブルの上手い瀬田を自由にさせないよう、マンマークで付いている優介を、瀬田は外せないまま走り込む。
「このっ!!」
「……ッ!!」
優介のマークを外せないまま、瀬田は飛んで来るパスを無理やりシュートしに行こうとする。
そこで両者の体格の差が出た。
170cmの身長の瀬田と160cm中盤の優介では、フィジカル面で差がある。
瀬田が体を当てたことで、優介はバランスを崩す。
その僅かな隙をついて出した瀬田の足が、優介よりも先にボールに当たった。
“ガンッ!!”
「ポストッ!?」
瀬田が触ったボールは、そのままゴールに飛んで行ったが、優介の足に僅かに当たっていたのかコースがズレ、ゴールポストへと直撃した。
「よしっ!! クリア……」
「黒っ!!」
「っ!!」
ポストに当たって飛んで来たボールに、善之はとりあえず外に蹴り出そうとする。
しかし、そんな善之に声がかかる。
その声だけで判断した善之は、クリアを止めて敵陣へ向かってボールを蹴った。
「あいつ!!」
「オールバックだ!!」
「いつの間に!!」
ギャラリーも驚いたように、敵陣へ走っていたのはさっきまで自陣のゴール付近にいた竜一だった。
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