第14話

「マーク!!」


 後半開始早々、善之たちは攻め込まれる。

 パスを回し隙をうかがうサッカー部に、善之たちはマンマークで守備をする。


「西さん!!」


「っ!! ワン・ツー!?」


 後半から入った瀬田が、パスを受けた西尾に向かってダッシュする。

 瀬田には海がマークについているので、シュートを打つ隙は無い。

 しかし、瀬田の狙いはシュートではない。

 近付いてきた瀬田へパスを出したと同時に、西尾は善之の横を走り抜ける。

 西尾からパスを受けた瀬田は、ワンタッチで善之と海の間にボールを転がす。

 

「ナイスッ!!」


 人数の少ないフットサルでは、マークを抜ければすぐさまゴレイロとの1対1になる。

 瀬田からのボールを受けた西尾の前に残るのは勝也のみ。


「もらっ……!?」


 1対1になった西尾がシュート体勢に入った直前、ゴレイロの勝也は西尾との距離を一気に詰める。

 サッカーでもそうだが、シュートコースを狭くするのが狙いだ。

 ゴールが小さいフットサルだと、その効果はかなり大きい。

 さっきまであったシュートコースが、一気に狭くなったことに西尾は若干焦るが、僅かにあるコースへ向けてシュートした。


「ぐっ!!」


 至近距離から強めに放たれたシュートに対し反応した勝也は、首を振って顔面で弾く。

 キーパーは勇気のポジション。

 サッカー経験者なら、誰もがそう言うポジションだ。

 ボールを蹴ろうとしている所に突っ込んで行かなければならないこともあるのだから、そう言われるのも当然だ。

 フットサルの場合、1試合で何度も至近距離でシュートを止めることを余儀なくされる。

 その都度勇気をもって距離を詰めないと簡単に得点されてしまうのだから、まさに守護神と呼ぶにふさわしいポジションだろう。


「カウンター!!」


 勇気をもって飛び出し、顔面でシュートを止めた勝也はすごいが、それに一喜一憂しすることはできない。

 瀬田と西尾のワンツーでマークを外された善之は、飛び出した勝也が止めるのを信じて敵陣へ向けて体重を移動していた。

 思った通り、勝也が顔面に当てて防ぎ、そのボールが竜一の方に飛んで行ったの見た瞬間、敵陣に向けて全力ダッシュする。


「黒っ!!」


 勝也が防いだボールが飛んできた竜一も、カウンターの声が聞こえただけで善之が走っていると判断し、姿を見ることなくボールを敵陣中央へ蹴り込む。


「よしっ!!」


 竜一が蹴ったボールを、善之がペナルティーエリア直前でトラップする。


「っ!!」


 ピンチから一瞬にしてチャンスに変わる。

 しかし、トラップしてまたもゴレイロとの1対1になった善之が、シュートコースを探すためにゴールへ目を向けると、敵のゴレイロも善之との距離を詰めていた。

 敵のゴレイロもフットサルは至近距離シュートが来るものだと理解し、フィールドプレイヤー同様慣れたらしく、完全に善之が打てるシュートコースを消している。


「……ならっ!!」


 たしかにシュートを打ち込むコースはないが、1ヵ所だけコースは空いている。

 そのコースへ、善之はシュートを放つ。


「っ!! 上っ!?」


 敵のゴレイロが思わず呟いたように、空いてるコースはゴレイロの頭の上。

 そこへ向けて蹴ったボールがゴールへ向かって飛んで行く。


「よ……なっ!?」


 ゴレイロの頭を越えた瞬間、ゴールしたと思った善之がガッツポーズをしようとした瞬間、1人ゴールへ走り込んでくる者がいた。

 ゴールに入る寸前のボールに触れてゴールラインの外に出すと、その走り込んで来た人間はゴールの中にダイブした。


「……瀬田!」


「ハハ……、読み通りだ!」


 折角の大チャンスが丸潰れだ。

 善之が恨みがましく言ったように、それをおこなったのは瀬田だった。

 シュートを防いでゴールネットが絡まった瀬田は、全力で戻ったことが無駄にならずに済んで安堵した。


「ナイス!! 淳!!」


「どうもっす!」


 絡まったネットから抜け出した瀬田を、西尾が手を上げて出迎える。

 それに対し、瀬田はハイタッチして照れたように返事をする。

 チャンスを作る上に決定機を防いだ瀬田の実力を、サッカー部の連中は一気に認めたようだ。


「チッ!! 折角のループシュートを……」


「切り替えろ! 今のは瀬田を褒めるしかない!」


 決まっていればビューティフルゴールで、善之たちの方が勢いづいたところだった。

 それが防がれたことで、逆にサッカー部の方が調子に乗るきっかけになってしまったことに、善之は舌打ちする。

 フットサルの場合、動きも思考も切り替える速度が重要。

 なので、海の言う通り気持ちを切り替えるしかない。


「さっきのスゲエな……」


「あぁ……、両方ともすげえ攻防だ」


 コートの外で観戦している生徒の数人の内、バスケ部員らしき生徒たちはさっきの攻防で少し興奮している。

 足と手でボールを扱う場所に違いがあるが、やっていることはバスケに通じる所があるからだろう。




「……っと!」


 チャンスを潰されて得たコーナーキックを、善之は竜一の頭に合わせる。

 つま先に引っ掛けてふんわりと上げたボールを敵と競り合い、先にボールに触れた竜一のヘディングがゴールに向かって飛んで行く。

 しかし、ゴールマウスからはズレ、ゴールラインを割ってしまう。


「吉田先輩!!」


 フットサルの場合、ゴールキックはゴレイロのスローインで再開される。

 コーナーキックやキックイン同様4秒以内というルールがあるのだが、敵の戻り状況によっては速攻のチャンスになることが多い。

 当然そのことを知っている善之たちは、速攻をさせないために自陣へ戻って守備の陣形を築く。 

 速攻ができないと分かったため、サッカー部のゴレイロの吉田は近くで読んだ瀬田へとボールを預ける。


「行け! 淳!」


「……はい!」


 仲が良いのか、西尾は瀬田を下の名前で呼ぶ。

 そして、味方で回していたボールを瀬田に渡して一声かけた。

 それを受けた瀬田は、さっきまでより目付きが鋭くなる。

 まるで何かをする気なようだ。


「……何する気だ?」


「………………」


 ボールを受けた瀬田のマークに着いたのは善之。

 同じクラスで知った仲のため、目つきの変わった瀬田へ問いかける。

 しかし、瀬田はその問いが聞こえていないように集中している。


“バッ!!”


「っ!!」


 善之の声に反応しないでいた瀬田は、急にドリブルスピードを上げた。

 そのギアの入れ方はとんでもなく速い。


『行かせるかよ!!』


 しかし、たしかに速いが善之も反応する。

 一人が抜かれたら、敵は一時的に数的有利な状態になる。

 そうなると、他の選手の動きにも注意しなければならないので、勝也がシュートコースを消すために前へ出るなんてことはできなくなる。

 そのため、ゴールへ向けてのドリブルには何としても止めなければならない。


「エラシコ!?」


 反応した善之に対し、瀬田は足技で反対側へボールを動かす。

 その足技に、善之は思わず声が出る。

 足のアウトサイドでボールを内側から押し出すように動かし、敵がそれに反応する。

 しかし、ボールを動かしている間に素早く足をボールの外側に回し、足の内側で引っ掛けるように切り返すことで敵を欺く高度なテクニックだ。

 このフェイントのことをポルトガル語でエラシコ(輪ゴム)と呼び、かつてはブラジル代表で、スペインリーグのバルセロナでプレーしていたFWのロナウジーニョが使っていたことで有名だ。

 まさかの高等テクニックにまんまと引っかかった善之を躱し、瀬田はペナルティーエリア内へと侵入した。


「打たせるか!!」


 善之を抜いたことで、瀬田はシュートもパスもできるフリーな状態になった。

 前へ出られない勝也に変わって空いているシュートコースを消そうと、海が仕方なくマークを外して瀬田へ近付く。


「石澤さん!」


「サンキュ!」


 シュートを打つそぶりを見せた瀬田は、そのまま海がマークを外した選手にパスする。

 全くのノーマークになった石澤という選手は、少しでもシュートコースを消そうと反対側のゴールポストに勝也が寄っていたため、ほとんどがら空き状態のゴールにシュートする。

 シュートと言っても、ほとんど触っただけというようなボールは、ゴール内へと転がっていった。


“ピピーッ!!”


 石澤のゴールによって、後半開始早々に善之たちは1点差に詰め寄られてしまった。


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