第11話

「チッ! 何やってんだお前ら!」


 3点差をつけられて、これまで黙っていたサッカー部顧問の猪原の怒りが頂点に達したらしい。

 舌打ちをした後、試合に出ているサッカー部員へ大きな声で文句を飛ばした。

 斯く言う猪原自身もフットサルルールを見てこなかったのか、先程の4秒ルールのことは知らなかったような素振りをしていた。

 そのくせ、生徒に平気で文句を言っている姿は、善之たちからすると滑稽にしか映らない。


「ププッ! お怒りですね?」


「うるせえよ!」


 試合に出ている津田の横を通る時、口に手を当てて笑いをこらえるような素振りをわざとして、善之は茶化すような素振りを見せる。

 あからさまにバカにしてくる善之に、津田は怒りで顔を赤くなる。

 しかし、猪原に怒られている状況で大きな声を出す訳にもいかず、小さな声で文句を言うことしかできないでいた。


“ビーッ!!”


「ん?」「何だ?」


 善之たちが3点目を入れて試合が開始されてすぐ後、サッカー部員のドリブルを海がカットしたボールがタッチラインから出る。

 すると、審判の笛とは違う電子音のような音が、ピッチ外にいるタイムキーパーの方から聞こえて来た。

 その音が鳴った方角を見ると、第3審が両手でTの字を作っている。

 それを見てもサッカー部員たちは分かっていないらしくポカンとしている中、善之たちは自分たちのベンチの方へ向かって歩き出した。


「タイムアウトか……」


「瀬田が教えたのかもな……」


 ベンチに戻っていく途中、善之は海と共にサッカー部のベンチの方に目を向ける。

 すると、1年のため球拾いをしていた瀬田が、いつの間にか猪原の側に立っていた。

 どうやら、猪原が呼び寄せたようだ。

 それから考えると、瀬田が猪原にフットサルのルールを教えたのだろう。

 でなければ、フットサルにタイムアウトがあるなんて猪原が知っているとは思えない。


「いい流れなのに! ……なんてな」


「「「「だな……」」」」


 ゴレイロの勝也が言う言葉に、他の4人は頷きを返す。

 ベンチに置いておいたタオルで汗を拭き、用意しておいた水を飲んで軽い休息をしている善之たち。

 流れ的には3点が取れていい流れ。

 普通ならそれを止められてイラッと来るところだが、そのやり取りを見る限り善之たちはそんな風に思っていないようだ。


「これは悪手だよ。瀬田……」


 サッカー部のベンチの方を見ると、瀬田が集まった先輩たちにフットサルルールを教えているらしい。

 その瀬田に聞こえるとは思っていないが、善之はタイムアウトを取ったことはミスだと呟いた。


“ビーッ!!”


「……ちょっと顔つきが変わったか?」


「瀬田からルールを聞いたからか?」


 1分間のタイムアウトタイムが終わる電子音が響き、善之たちはコート内に戻る。

 同じくサッカー部員も戻ってくるが、どことなくスッキリした表情をしているように思える。

 今までルールが分からず、迷いながらのプレーだったせいで、善之にいいようにやられた部分がある。

 それが瀬田のルール説明によって解消されたのかもしれない。


『……パスも安定した速さに変わって来た』


 サッカー部が変わったのは表情だけではなかった。

 再開されてからサッカー部の選手たちのパス回しの連携がスムーズになっていた。

 それに気付いた優介は、内心で気を引き締めた。


『本腰入れないとだめそうだな……』


 竜一も、優介と同様に気を引き締める。

 サッカー部のパス回しについてくのがやっとだからだ。

 ここまでの戦いはある意味ハンデのようなもの、ここからが本気の真剣勝負になると感じた。


「クッ!!」


 サッカー部のパス回しによって、竜一のマークがズレる。

 そこを突くように、サイドからドリブルでカットインした津田がシュートを放つ。


「……チッ! 正面かよ!!」


 しかし、その津田のシュートは正面に飛んできたため、勝也は難なくキャッチをする。

 折角のチャンスと思ったのに、そんな結果になったため、津田は悔しそうな表情をする。

 そんなことよりも、キャッチをしたらすぐに攻撃。

 勝也はキャッチしたボールを、走り出した善之へと放り投げた。


「ウッ!?」


 勝也のキャッチ後すぐさま敵陣へ走った善之が、飛んできたボールをトラップする。

 しかし、ゴールへ向けてドリブルを開始しようとした善之の前に、敵の一人が目の前に立ちはだかった。


『切り替えも速くなっている……』


 どうやら、善之が走り出すと同時に攻めから守りへ意識を変えて追走したようだ。

 タイムアウト前と比べると、ワンテンポ攻守の切り替えが速くなったようだ。

 これも瀬田が教えたのだろうか。


『これじゃあ、得点はなかなか入れられないかもな……』


 速攻を阻止された善之は、フォローに向かってきた海へパスを戻す。

 その海へもすぐにマークが付いたのを見ると、これまでと同様に点を入れることは難しそうだ。

 それに気付いた善之は、他の仲間に視線を向ける。


『ってことは次の策だな……』


“コクッ!”


 そして、善之の視線の意味を理解したのか、海たちはみんな無言で頷きを返した。






「……何だ? 何かパスを回している時間が長くなったか?」


「その通りです」


 善之たちのアイコンタクトの後、その後の試合展開を見ていた学年主任の山田がその変化に気付く。

 山田が気付いた通り、善之たちのパスを回す時間が長くなっている気がする。

 それに対し、海の兄である陸が同意の言葉を返す。


「何でだ?」


「……海たちは時間稼ぎを始めたんですよ」


 解説を求められた陸は、少し言いにくそうに山田へ告げた。

 サッカー部と試合をすると聞いて、善之たちがどういう策を取るのかと考えると、陸にはすぐに理解できた。

 今善之たちがパス回しを始めた理由は、時間稼ぎ。

 それが陸が出した答えだ。


「まだ前半だぞ?」


「仕方ないんですよ。勝つためには……」


 たしかに、山田が言うように試合が開始されて前半6分を過ぎたばかり。

 前半10分、後半10分の合計20分が1試合のフットサル。

 つまり、まだ14分もの時間が残っていることになる。

 そんな状況で、何故時間を稼ぐ必要があるのだと思うだろう。

 そう思う山田に、陸は言葉短く答える。


「どういうことだ? 」


「それも、後々分かりますよ」


 善之たちの考えと陸の予想が同じなら、恐らく後半に答えが出るはずだ。

 そのため、陸は詳しく説明することはやめた。

 山田もそのうち分かるならと、深く追及はせず試合に集中することにした。






“ピッ!”


「コーナー!」


 回していたパスがカットに動いた敵に当たり、そのままゴールラインを割る。

 それを見て、善之はこっちのボールだと確認するように審判へ目を向ける。

 その判断通り、審判がコーナーを指さした。


「1シー!」


 コーナーキックを蹴る役の海は、右手の人差し指で1を、左手で英語のCを作り、コーナーへ向かいながら仲間に手で指示を出す。

 それに対し、善之たちフィールドプレイヤーの3人は頷く。

 フットサルのキックイン、コーナーキック、フリーキックの場合、蹴る準備ができてから4秒以内にボールを蹴らないといけないという4秒ルールが存在する。

 4秒は、はっきり言って短い。

 そのため、カウントが開始されてから打ち合わせていたのでは、4秒過ぎて相手ボールになってしまう可能性もある。

 それを回避するために、善之たちにはコーナーキック時にどう動き、どこにボールを出すか打ち合わせていた。

 それを手で合図するのが、キッカーの海の役目だ。


「GO!!」


「「「「「っ!?」」」」」


 ボールをセットした海の合図に、善之たちは敵のペナルティーエリアの外から中へと走り込む。

 セットしたボールのファー(遠く)からニア(近く)へ走り込む竜一、センターからファーへ走る善之、ニアからセンターへ走り込む優介。

 その迷いのない動きに、人数の多いサッカー部の方が反応が遅れる。

 そこへ海が蹴り込んだボールが、中央に走り込んだ優介へ合う。


“ドンッ!!”


“ピピーッ!!”


 マークがズレていれば後は合わせるだけ、速い速度で蹴り込まれた海のボールに、優介は右足のインサイドでゴールへ向かってボールを蹴る。

 至近距離で蹴られたボールに、敵のゴレイロは反応しきれない。

 優介のシュートが敵のゴールのサイドネットに入り、審判はゴールの合図の笛を鳴らした。


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