第8話

 サッカー部との試合当日。


「やっぱりハンドボール場か……」


 試合会場となる体育館に足を踏み入れた善之は、納得したように呟く。


「サイズはほぼ同じだからな」


「予想通りだ」


 その呟きに、海と竜一も反応する。

 この高校には体育館が2つあり、バスケットボール部とバレーボール部が主に使う第1体育館と、ハンドボールとバドミントン部が主に使う第2体育館がある。

 その第2体育館のバンドボール部が使っているコートが、今回の試合会場に選ばれた。

 丁度ハンドボール部が試合の遠征に出るため、その日にこの場所を借りて試合をするということだ。

 フットサルとハンドボールは、コートの大きさがほぼ同じで、ゴールのサイズも同じ。

 試合会場を選ぶとなったら、ここが選ばれるのは当たり前のように予想できた。


「……土曜だってのに、どうしてこんなに観客がいるんだ?」


 ハンドボールがいない日しかここを試合会場として使えないため、休日である土曜に行うことになったのだが、何故か観客がコートの側に集まっている。

 他の部活の人間が来ているのはなんとなく分かるが、そうでないような生徒まで来ているのは、勝也が言うように理解できない。


「「「優介く~ん!」」」


「………………」


 どうやら、部活で来ているわけでもなさそうな女子の目当ては優介らしく、黄色い声援を送ってきた。

 優介の方も、その女子たちに無言で手を振って答える。


「……優!! お前敵だな!?」


 そのやり取りを見ていた竜一は、こめかみに血管を浮かび上がらせて優介に詰め寄る。

 目付きが悪いせいか、女子人気がない竜一からすると優介の今のやり取りはなんとなくイラッと来る。

 完全にモテない男の僻みだ。

 詰め寄りはしないが、善之と勝也も竜一の後ろで不機嫌そうにしている。


「…………フ~……」


「「「おのれ!!」」」


 その3人の視線に、優介は無言で溜息を吐いた。

 しかも、欧米人のように肩をすくめて両手の手の平を上に向けるジェスチャー付きだったため、明らかに小馬鹿にしたような態度だ。

 それを見た3人は、怒りが込み上げ優介を取り囲んだ。


「まぁ、まぁ、優がモテるのは昔からだろ?」


 試合前から軽く揉め始めたため、海は仲裁をするため4人の間に入った。


「……貴様、彼女持ちだから余裕だな?」


「えっ!?」


「「ここにも敵か!!」」


 仲裁に入った海に対し、善之は半目で睨む。

 善之が言うように、海には中学時代から付き合っている彼女がいる。

 彼女は高校が違うので休日くらいしか会えないとは言っても、女っ気無しの3人からしたらう羨ましいこと限りない。

 折角仲裁に入ったというのに、火に油を注いだ形になってしまったらしく、海は優介と共に3人に囲まれることになった。


「なにやってんだ!? こっちは時間割いてやってんだからよ!!」


 善之たち5人がゴチャゴチャしている所に、サッカー部3年の津田がイラつきながら近寄ってきた。

 そもそも、善之たちに試合を吹っ掛けて来たのは津田の方なので、時間裂いているのはどちらかというとこっちの方だ。


「お前らなんかさっさと……」


「近寄るな!!」


「っ!?」


 まだ何か言ってこようと近付いてくる津田に対し、善之は真面目な顔をして制止の声をあげる。

 その声に何かあるのかと思った津田は、言われた通りに動きを止める。


「臭くてかなわん!」


「なっ!?」


 善之が止めたのは、単純に津田をバカにするためだ。

 腹を立てるとボロを出すことが先日のことで分かったので、善之は津田のことをバカにすることにしたのだ。

 案の定、バカにされた津田は、怒りで頭に血が上ったように顔を赤くした。


「おっ!? ベ〇ータだ!」


「ドラゴン〇ールのアニメでも見たのか?」


「流石! 最近見たばっかりだったんだ」


 そのやり取りを側で見ていた竜一と海は、すぐに何のシーンを真似たのか分かった。

 有名アニメではあるが、かなり昔に放送されたアニメオリジナルの1シーンだ。

 アニメ好きでなければ気付かないようなマニアックなシーンのチョイスに、2人は軽くテンションが上がった。

 どのシーンのことだかすぐに気づいてもらえた善之の方も、津田のことは完全に無視して話し始める。


「……てめえら」


 バカにされた上に無視をされて怒りが限界に来たのか、津田は怒りで震え始めた。


「何だ?」


「……トイレか?」


「バカだから場所わかんねえのか?」


 津田をバカにするのが楽しくなったのか、怒りで震えているのを見て、勝也、優介、善之の順で問いかけた。


「このっ!!」


 3人によるバカにした質問に限界が突破したのか、津田は拳を握って善之に殴りかかろうとした。


「津田!! 何をしてる!!」


「っ!?」


 善之を殴ろうと津田が一歩踏み出したところで、サッカー部顧問の猪原が津田を呼び止めた。

 他の部の部員や、顧問の猪原がいるということを怒りで忘れていたことに気付いたのか、津田は握った拳を開いて怒りを沈めた。


「チッ!」


 呼ばれたからにはすぐに戻らないといけない。

 そのため、津田は舌打をして善之たちに背を向けた。


「すいませーん、バカなので……」


「ププッ!」


「ダサッ!」


 猪原に止められて殴るのをやめたのを分かった上で、善之たちはわざと津田にしか聞こえないように追撃する。


「くっ!!」


 折角沈めた怒りが再燃し、津田は怒りで血管が切れそうなほど眉間にしわを寄せる。

 しかし、殴りかかる訳にもいかないので、我慢しながらサッカー部員の集まる所へと向かって行ったのだった。


「そうだ! 優介!」


「……んっ?」


「今度一人紹介しろよ!」


「……自分で声かけろよ」


 邪魔者の津田がいなくなったので、善之たちも試合に向けての準備を始めることにした。

 しかし、善之たちは女子たちのことを済ませる気がなかったらしく、さっき声援を上げていた女子の紹介を優介に求めた。

 何のことで呼び止められたのかと思ったら、そんなことをいつまでも言っているので、優介は呆れながら正論を返してやった。


「「「………………」」」


 正論を返されたことで、善之、竜一、勝也の3人はぐうの音も出せなくなる。

 そして、ふざけるのはそこまでにして、5人は真面目に着替えとアップを始めたのだった。


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