第5話

「何だよ? 黒!」


「みんなを呼び出したってことは、何か思いついたのか?」


「……眠い」


 善之が朝送ったメール通り、竜一、勝也、優介が屋上へ続く階段へ集まっていた。

 昼食の時間のため、それぞれが持ってきていた弁当を広げて食べ始めていて、優介は眠そうにパンをかじっている。

 同じクラスの海と共に階段を上ってきた善之に、3人は呼び出した理由を問いかける。

 この学校の校舎は3階建てになっており、1階がE・F組、2階がC・D組、3階がA・B組になっている。

 2年生・3年生も同じ校舎で同様の配置になっていて、特進コースだけ職員室がある別の棟で授業が行われている。


「勝……お前授業サボってないだろうな?」


 自分が呼び出したので質問を受けることは分かっていたが、それよりも先に聞きたい事がある。

 A組で教室が3階の竜一と、善之たち同様2階が教室の優介は分かるが、教室が1階の勝也が先にこの場所に来ているということだ。


「失礼な……美術の時間だったんだよ」


「あっそ……」


 善之たちも同じ教師から美術の授業を受けているので、どうして勝也が速く来れたのかが分かった。

 美術教師の飯塚は、授業の残り20分くらいになると課題を提出した者から休み時間にして良いというタイプの教師で、早々に課題を提出した勝也はここに一番乗りで着いたということだった。

 当然課題はただ出すだけでなく、飯塚のチェックが入るのだが、勝也は絵が上手いためあっさりと通過したのだろうと、善之たちは納得した。


「……っで? 何か部を創る方法を思いついたのか?」


“ヒョイ!”


「あんまり荒事は勘弁だぞ……」


“ヒョイ!”


「………………海、知ってる?」


“ヒョイ!”


「俺も聞いてないんだ」


“ヒョイ!”


 食べながら話をしようとして善之が弁当を広げて少し目を離した隙に、他の4人は話をしながらおかずを1品ずつかすめ取った。


「お前ら……人のおかず盗んでんじゃねえよ!!」


「「「「お前の弁当美味いんだもん!」」」」


 4つもおかずがなくなり、一気に寂しい弁当になってしまった自分の弁当を見て、善之はこめかみに青筋を立てて文句を言う。

 しかし、奪ったおかずを頬張りながら、声をそろえて言葉を返したのだった。






「っ!?」


 授業が終わった放課後、掃除当番の海を善之たち4人が待っていると、見るだけで不愉快になる奴が善之の視界に入った。

 あちらの方も善之のことが目に入ったらしく、すぐに奴がにやけた顔をしたのが見えた。


「おい! 黒田~」


「あ゛っ!?」


 かけてきた声のトーンもわざとこちらを煽っているような感じで、本気で腹が立ってくる。

 そのため、善之が返した声に怒気が混じっていても仕方がないことだ。


「おいおい、また停学にでもなるつもりか? 学習しねえ奴だな……」


 他に人がいないのを確認しているのか、津田は裏の顔全開で善之たちに近付いてきた。

 こういったところが巧妙なため、津田が教師に悪印象を与えないのかもしれない。

 しかも、人をイラ立たせることもかなり上手い。

 一番喧嘩っ早い竜一は、もう血管浮きまくりの顔をしている。

 それを見ると、仲間ながら自分の方が我慢強いと思え、何故か冷静になれた。


「お前ら生意気にフットサル部を作るっていってるんだってな?」


「……てめえに関係ねえだろ? また殴られたくなかったら失せろゴミ!」


 案の定、善之たちが創部できずに困っていることが耳に入っているのか、津田はヘラヘラしながら問いかけてくる。

 津田がこの顔を出している時は、他に人がいないということ。

 そのため、善之も辛らつな言葉を返して津田を追い払う。


「っ!? てめえ……」


 まるで虫を払うかのジェスチャーのおまけつきに、津田は怒りに震える。

 しかし、それもすぐに治まり、またいつものいやらしい表情に戻る。


「まぁいいや。お前みたいなのがいる部なんて、作れるわけねえだろうな……。そういや、お前だけじゃないんだっけ?」


「……どういう意味だ!?」


「お前ら4人が暴行犯の集まりだって言ってんだよ!」


「てめっ!!」


 自分だけのことならまだ我慢できたが、他の仲間のことまで悪く言われたらさすがにもう我慢の限界だ。

 このムカつく面を2、3発ぶん殴ってやろうかと、善之は拳を握った。


「黒っ!!」


「海……」


 掃除が終わらせた海が丁度来たため、善之は殴ることを止める。

 この状況で津田を殴ってしまえば、関係ない海にまで問題が降りかかるかもしれないため、善之はどうにか怒りを抑え込んだ。


「帰ろうぜ! 兄ちゃんたちが人数足んないって言ってたんだ……」


「……君、誰だか知らないけど、彼らとつるんでると巻き添え食うぞ?」


 海以外にも校舎から人が出てきた。

 ジャージ姿の所を見ると、部活に行く者たちなのかもしれない。

 それにより、裏の顔から表向きの顔に戻った津田は、優しい声で海に話しかける。


「とりあえず山田にもう一回相談にいこうぜ!」


「おい! 無視してんじゃねえぞ!」


 海の方は津田を無視しており、創部のための顧問を探すために山田に会いに行こうと誘う。

 色々と周到な津田のことだから、海のことも知っているのだろう。

 他の人には聞こえないように、小声で文句を言ってきた。


「……誰?」


「サッカー部のアレだ……」


「あぁ、こいつか! 下手なくせに外面のいい糞野郎って有名な津田って言うのは……」


 まるで他の生徒に聞こえるように、海は津田の裏の顔のことを暴露した。


「……なっ!?」


 そんなことをされるとは思ってもいなかったのか、津田は驚き、慌てたような表情に変わった。


「どうせ黒に入られたらレギュラーがとれないとか思ってんじゃないのか?」


「下手らしいからな……」


「……バ~カ!!」


 その海の暴露に乗っかるように、勝也、竜一、優介の順で津田の怒りを煽るようなことを続ける。


「……てめえら、上等だよ! なら勝負しやがれ!」


「やだよ! 大体なんの勝負だよ?」


 今度は津田の方が怒りの限界に達したのか、周りのことが目に入らないらしく勝負を吹っ掛けてきた。

 しかし、善之たちはそれに乗っかるようなことをしない。


「勝負たって俺たちにメリットなんかないだろ?」


「そんなことも分かんねえのかよ!」


「……バ~カ!」


 彼らが言っているように、ここでそれに乗ってもこちらにメリットがないからだ。

 さっきの憂さを晴らすかのように、勝也、竜一、優介は津田をさらに煽るようなことを言い放つ。


「だったら、てめえらが創ろうとしているフットサルで勝負してやるよ!」


「ハイ! 言質とった!」


 フットサル勝負という言葉を津田が言った瞬間に、善之はこちらの言い合いを見ていた野次馬たちを指さした。

 野次馬の中には同じ1年も紛れていたので、顔はすぐに覚えた。

 これで、津田が善之たちにフットサル勝負を吹っ掛けてきたと言うことが証明できる。


「……まさか、これのために……」


「今更かよ……」


 いつも用意周到な津田でも、まだまだ未熟な高校生。

 頭に血が上ってしまえば、いつもならすぐに分かることも思い至らなくなるものだ。

 たしかに、善之たちは掃除当番の海を待っていた。

 しかし、待っているだけなら別にここじゃなくていい。

 むしろ、自販機がある食堂とかの方が良いに決まっている。

 それなのにここで待っていた理由は、サッカー部の部室へと向かう津田が通るかもしれないと思ったからだ。

 善之たちが部を創ろうとして上手くいっていなことを知っている津田なら、善之の顔を見た瞬間に必ず突っかかってくると思っていた。

 やり取りをしていたら、思っていたよりもムカついて殴りかかりそうになってしまったが、昼飯の時に話していたように、上手いこと津田から勝負を吹っ掛けさせることができたので、結果オーライだ。


「じゃあ、猪原先生と話を詰めてきますね!」


「「「「チョロ!!」」」」


 こちらから勝負を吹っ掛けても、一蹴されるのがオチだ。

 だが、サッカー部員の方から人が大勢いる前で勝負を吹っ掛けて来たのだから、無かった事にはできないはず。

 善は急げと、5人は職員室にいるサッカー部顧問の猪原の所へ向かうことにした。

 津田の横を通り抜ける時、海以外の4人はめちゃめちゃバカにするように声をそろえて呟いた。

 そして、怒りで肩を震わす津田1人を残して、善之たち4人は海の後を追っていったのだった。


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