第96話 東北の老人
今日も夕餉は皆でわいわいがやがやと和やかなものであった。
「龍一郎様、龍一郎様は回国修行をしたべ、そんなに強いから勿論一度も負けなんだよね」
「平太、父上が申された様に儂も慢心の時があった、一度だけ負けた事がある」
この言葉にお早紀を始め他の話をしていた女衆たちも龍一郎の話に聞き入った。
「龍一郎様よりも強い人が居りましたか」
「お峰、居った」
「えー、負けた事がありますので」
「あー、あるぞ、三郎太」
「信じられませぬ」
「正直、儂も信じられなんだ、そのおりは儂も確かに慢心しておった・・・・出羽の山奥で合うた。儂と同じ様に山修行をしておった。儂も街から街へ旅をしその間は山へ入り修業をしておった。儂は十八でな、どの街の稽古場へ行っても負けなんだ。其れこそ自信満々でなぁ~、山に入り修行中に狩りに出た。気を消し獲物を見つけ近づき飛礫(ツブテ)を射ようとした時に後から声を掛けられた「もう少しできると思うたになぁ」と落胆の言葉をな。振り向くと一間もの側に人が・・・・老人が立っておった。儂はその老人に気が付かなんだ。一間もの近くに来たのにな。それに儂は獲物を獲るために気を消していたのじゃ。その儂を着けて来た。儂は二重(フタエ)に驚いたわ。儂は狼狽し「そんなはずは無い、有り得ぬ」と思い込もうとした。だが現実でなぁ、儂はそれを受け入れその場にて平伏し弟子入りを願うた。師匠はな「お前に耐えられるかのぉ~」と申された。儂は弟子入りした。修行は師匠の言うた通り過酷でなぁ。そうよなぁ~三日、四日何も食わず水だけは当たり前でな十日と言う事も有った。その間、ただただ山を走り廻り木を叩き時に岩場で座禅黙想するの繰り返しでな、其れまでの儂の修行など稚技に等しいもので有った」
-----------------------<出羽国>-----------------------
出羽国(デワノクニ)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つで、別名は羽州(ウシュウ)と言った。場所は現在の山形県と秋田県の一部を除いた地域で、享保六年(1721年)既に人口は八七万人を超えていた。
秋田と言う地名は出羽国の秋田城を専管した国司の役職名称とも言うべき秋田城介(アキタジョウスケ)に由来する。
山形と言う地名は山の近くという意味の町名、山方に由来すると言う。
山形は戦国武将・伊達政宗生誕の地・米沢があり、日本三大急流の一つ最上川が流れる。
(参考 ウィキペディア)
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師匠の元で三月修行した、もっと一緒に修行したかったが山で猟師に合い師匠が仕舞を言うた。
「お前に合い、今又猟師が山に来た、この地を修行の地とする事ももう終わりの様じゃ」
「別の山へ行かれますか・・・是非、ご一緒させて下さい」
「いいや、駄目じゃ、第一お前に教える事などもう無い」
「・・・・・解かりました、では最後に師匠のお名前をお聞かせ下さい」
「・・・・儂の名な・・・・俗名は長く口にせなんだ・・・・・儂の名は百地三太夫と申す」
「そんな、そんなはずは、失礼で御座いますが何代目でしょうか」
「儂以外に居るのか」
「再度、失礼をお許し下さい、師匠はお幾つで御座いますか」
「儂の歳か・・・・・齢(ヨワイ)百を超えて数えるのを止めた、解からぬ」
「師匠、短くも長い間、ありがとう御座りました、何時までも御壮健で有ります様に祈願申し上げます」
「それで儂は師匠の元を去り回国修行に戻った。後にその山へ行って見たが師匠はおらなんだ」
「龍一郎様、もしその者が百地三太夫本人なれば伊賀国の忍びの者にて齢二百に御座います」
「三郎太、幾ら長生きしてと申せ齢二百は無理じゃぞ」
「平四郎殿、世の中解からぬものよ、この世には我らの知らぬ魑魅魍魎もおろう」
「爺、魑魅魍魎とは何だ」
「魑魅魍魎とはな、化け物の事じゃよ、舞」
「そうかぁ、化け物はちみもうりょう・・・かぁ」
「では、年寄りの豊富な知識の一旦を披露しようかのぉ~魑魅魍魎(チミモウリョウ)とはな、山の怪物や川の様々な化け物、妖怪変化の事でな、魑魅は山の怪、魍魎は川の怪でな、山河すべての怪として魑魅魍魎と言うのじゃ、鬼とも言うのぉ、悪いばかりで無うて魑魅は山の神、魍魎は水沢の神ともされておる」
「爺、爺は物知りじゃ、でも鬼が神様なのか」
「舞、可笑しな事じゃろ、だがな、舞は深い森に入った時、神社、寺に行った時に怖い様な気持ちになったり、心が清らかになったりはせぬかな」
「儂は森は怖くないぞ、寺はなにやら居る様な気がするぞ」
「舞、何ですね女子がもそっと言葉に気を付けなされ」
母のお駒が叱ると
「これ端女、わらわの事か」
この返答に皆が大笑いした、お駒の負けである。
「こりゃ舞、端女など何処で覚えたな」
「お早紀様と街歩きをなした時に女官が連れの娘に言うておったのでお早紀様に教えて貰ろうた」
「お早紀様、教える事を選んで下さいな」
「お言葉なれど、お駒さん、知識は有って損をする事は無しと私は思うております。例えそれが錠前破りの手口であろうともです。何時何に使うかは本人の心持ち次第、牢屋に閉じ込められたおりに役立つやも知れませぬからな。それにね、お駒さん私はその女官が鼻持ち成りませんでした。如何に我が使用人とは言え端女などと申す女子(オナゴ)がね、端女とは召使いと言う事です奴隷と同じです、許されぬ呼び方です。私は舞に言葉の意味を知り人をその様に呼ぶ女子になってほしくは無いと思いました」
お早紀には珍しく憤慨を露にした。
「・・・・はい、お早紀様、私の考え違いに御座いました」
ここで皆の気持ちを変える様に小兵衛が話しを戻した。
「話を戻すぞ舞、怖いものと尊い神は紙一重じゃ、解かったかな、舞や」
「爺様、良う解かりました」
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