第78話 変わった手裏剣

「お久殿、そなたも娘御と同じ様に手裏剣が得意かな」

夕餉が終わり茶を飲んでいるおりに小兵衛が問うた。

「橘様、娘のお峰は格別に御座います、私は構えを教えただけに御座います」

「では、お久殿はあれ程の技は無いと申されるか」

「有りませぬ」

「橘様、なれど私は母上の太刀捌きには到底及びませぬ」

「親子でも人それぞれに向き不向きがあるのかのぉ~」

「されど、龍一郎様、お佐紀様には不向きが見当たりませぬ」

「倅夫婦は別者じゃ我ら凡人には当てはまらぬわ」

「義父上、お言葉を返す事をお許し下さい、私はご存知の様に町屋の生まれです、武術は旦那様の処に嫁に着てからに御座います、決して私に才が有ったとは思えませぬ」

「では、何が今のそなたの技前の助けになったのじゃな」

「はて、龍一郎様何で御座いましょうか」

「お佐紀、義父上はとうに答えを知っておる」

「何でございますな」

「其れは繰り返しの修練、鍛錬以外ない」

「龍一郎、だがな儂も儂なりに厳しい修行をした積りであったがそなたに会って既に過去の自分の絶頂期の業前を間違い無く越えておる、これをどう説明するな」

「義父上、お言葉ながら修練一つでも目的、課題を知り且つ定めての物と、只闇雲の修練に大きな隔たりが生まれます。其の違いだけと思うております。それ故修練日毎に目的と課題を知らせております」

「それだけか」

「はい、確かに生まれ持った素養も御座います。三郎太の様に丈の大きい者、親御殿もさぞや偉丈夫でしょう、これは血筋に御座います。某の父上も母上も丈は普通で御座います故に三郎太の様な丈には成りませなんだ、血筋に御座います。他に育ちも御座います、お久殿、お峰殿は父上が剣者故幼き頃より修練を見慣れ耳にし育ちました。故に知らず知らずに技が身に染み込んでおりましょう。今後皆がいろいろな人に化ける機会も御座いましょう、そのおり平太は何の苦も無く十手者の言葉使いを致しましょう。何故かは言わずもがなに御座います。されど血筋、育ちよりも確かな物は修練、繰り返しの何の為の所作かを心した繰り返しの修練に勝るものは御座いませぬ」

「・・・・・・」

皆は只黙って龍一郎のただ今の言葉を噛み砕く様に黙していた。

「龍一郎、儂は剣術一筋に生き気が付いたら年寄りに成っておった。それからは何のやる気も起きなんだ、そこへお前が養子に来てくれた。そして儂の剣儀を高めてくれ、娘もでき今又孫まで・・・・・儂は幸せ者じゃ、龍一郎・・・・礼を申す」

小兵衛が深々と頭を垂れた。

龍一郎とお佐紀は返礼で答えた。

「父上、孫だけと言わずひ孫、玄孫(ヤシャゴ)も御覧にいれます」

「おぉ、それはそれは長生きせぬばならぬのぉ」

「父上、いっそ御自分の御子を持たれてはいかがですか」

「なに、この儂に子とな、龍一郎こればかりは儂一人の力では如何にもならぬわ」

「奥方を持たれませ、一緒に奥向きを致しとう御座います、父上」

「お佐紀殿にも言われてしもうた」

「ほほほ」

一同も合わせる様に笑っていたが一人お久だけは俯いていた。

話題を替える様に富三郎が龍一郎に手裏剣を差し出した。

「この様にして見ましたが如何でしょう」

それは奇妙な形をしていた、八っつの突起があり根元は楕円でその先に矢尻が二段に着いた何とも奇妙不思議な形だった。

龍一郎は右手の平でぽんぽんと上に跳ね上げ重さを量っていたが、突然、手から消え正面右の柱に衝き立った、目にも留まらぬとはこの事である。

ぽんぽんと何度か上に上がったと思ったら手に下りずに消えていた。

この仕草に気づいた者は三郎太、小兵衛、それにお佐紀だけで後の者たちは突き立った音で振り返った。

「儂には厚み大きさともに丁度良いが、皆にはどうかのぉ、身体も力も違うでな、じゃが形は工夫されておる。作りが大変ではないか、貴重な物との思いは躊躇い(タメライ)を生み狙いの瞬間を失うでな」

「三郎太さんが鋳物作りの経験がありましたので鋳型作りから教えて戴きました、勉強になりました」

「いいえ、私の知恵など僅かなもので富三郎さんの型作りの上手さと土の知恵で出来ました」

「富三郎、型は土か、焼き物用の土か、型は一度に幾つ作る型じゃな」

「龍一郎様、併せ土を使うております、型は無論一度に一つですが」

「明日は型作りに河原の砂を使こうてみよ、水の配分が決め手じゃ、型じゃがな、お佐紀、硯を願おう」

龍一郎はお佐紀が持って来た筆で半紙に大きな四角を書き中に○を三つ書きその円を二重線で繋ぎ一つの円から二重線を四角の外枠に繋いだ。

「型をこの様に致せば一度に三つ出来る、じゃが後の方の刃先に鉄が届かぬ恐れは増そう、が、構わぬ敵に手傷を負わせるだけの事と思えば八つの先が円で無うても良い、四角、三角でも構わぬ」

「畏まりました、皆の分を揃えるのですね、重しと手裏剣供にで御座いますね」

「左様、手裏剣の研ぎは如何したな」

「三郎太様と二人で研ぎました」

「それでは数は無理じゃのぉ、何か手立てはあるか」

「御座いませぬ」

やおら龍一郎が筆を取り半紙に図面を書き出した。

「金ヤスリはあろうな」

二人の頷きを見て龍一郎が続けた。

「これは足踏み式の磨きを為す物じゃ横軸に縄を巻き両端を足踏みの板に開けた穴に通し結ぶ、交互にこの板を踏めば上の横軸が回る、この横軸に丸い板を付け周りに膠(ニカワ)で砂を貼れば良い、砂は研磨材と申し一番良いのは柘榴石(ザクロイシ)じゃ、次は水晶じゃな硬ければ良い、石を砕き粒にして布切れに膠で貼りそれをこの丸い板に貼るのじゃ、膠が手に入るかな」

「はい、膠なれば麓の村にも御座いましょう、どうですか三郎太さん」

「はい、猟師も居りますので必ず御座います」

「龍一郎、何故にそなたはあれもこれも知っておるのか」

小兵衛の言葉に三郎太、富三郎が大きく首肯し龍一郎が回りを見ると皆が龍一郎を見返し頷いていた、其の中にはお佐紀の顔も有り返事を期待する目をしていた。

「・・・・先に皆に申した様に私は皆に隠し立てをするつもりは御座らん、父上、私は八年もの間、国中を巡りました。北は陸奥、南は薩摩まで参りました、四国、佐渡にも参りました。その全てをお話するとすれば八年係りましょう・・・・その中で堺港で鉄砲加治の手伝いを致しました。又日の本で只一つの諸外国の窓口足る長崎にも参りました。長崎では三年の長き住いを為しました。そのおり蘭学、医術を学び外国の道具を多々見て参りました、そのおりの知識に御座います」

「龍一郎、今蘭学と申したか医術と申したか、そなたは医師か通詞か」

「父上、長崎を出立するおりには通詞であり医師で御座いました」

「龍一郎、そなたは・・・そなたは・・・底知れぬ・・・・」

この言葉は回りの皆の気持ちを代表するものの様で、皆が呆けた様に龍一郎を見つめていた。

「龍一郎様は加賀の殿様の長兄ですよね、かか様」

舞がお駒に尋ねた。

「そのはずだけど・・・・」

「お駒さん、間違えありません、龍一郎様は加賀の殿様の嫡男です、私は千代田のお城で上様と旦那様がお話している場に居りました、間違いございませぬ」

「なななんと、上様と知り合いと申すか、龍一郎」

「父上、幼き頃に供に遊んだだけに御座います」

「とんでも無いお方と知り合ったもんだ、な、お駒」

「嫌かい、お前さん」

「嫌じゃねいが・・・びっくりしただけだ、ね、平四郎さん」

「私は小藩の出ですしそれも下役でした上様は雲上人です」

「あっしら江戸に生まれた者でも同じですよ、平四郎さん、そこへ行くと誠一郎さんは違うでしょ」

「違うか同じかは解りかねます、が、先日父上にお会いしたおりに誠一郎、お前を上様に合わせたい、と申されました。父上曰く上様は龍一郎様に似ているそうです。見た目では無く剣の技でも無く心がです」

「龍一郎様と上様がで御座いますか」

「はい、お佐紀様、父上がそう申しておりました」

又皆の目が龍一郎に集まった。

「・・・そう見つめられてもなぁ~、こればかりは本人には解らぬ、お佐紀どうであったな」

「旦那様、佐紀は上様とは一度だけしかお会いしておりませぬ、解りかねます」

これまで聞き役を通していたお久が言った。

「お二方を知る誠一郎様のお父上が申されたお言葉で御座います、間違い無いと存知ます」

「お久殿、その通りじゃ」

「橘様は母上の言葉は何でも賛同成されます、信じられませぬ」

お久の娘のお峰にからかわれた。

「まあまあお峰さん惚れた男の弱みですよ、良く見て覚えなせい」

清吉にまで揄われた(カラカワレタ)。

「お前さん御武家の橘様を揄っちゃ駄目だよ、その首を跳ねられるよ」

「お駒さん、儂はそれ位の事で怒りゃせぬ、第一当たっておるでな」

小兵衛はお久に惚れている事を認めた。

このような他愛もない会話が厳しい修行の後の夕餉の後の憩いの一時だった。

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